【汚染水海洋放出】憧れの人からの励ましのメッセージ

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 4月13日にいわき市小名浜で行われた海洋放出反対スタンディングで、筆者は参加者の一人、嶋崎剛さん(65)と出会いました。嶋崎さんは、ある著名人からのメッセージを伝えようと、スタンディングでマイクを握りました。(ウネリウネラ・牧内昇平)


 4月13日午後0時半、いわき市小名浜の水族館「アクアマリンふくしま」の前で、海洋放出反対スタンディングがはじまりました。嶋崎さんは仲間と共に、海の生き物をたくさん描いたブルーの旗をかかげます。

STOP! 汚染水

No Dumping Radioactive Water into The Ocean!

 いわき市常磐湯本町で喫茶店を経営する嶋崎さん。エプロン姿のままです。

 30人ほどの参加者たちがリレー形式のスピーチをはじめました。マイクを渡された嶋崎さんが語りはじめました。

「みなさん、最近、反原発運動の先頭に立ってきた著名な方々が、亡くなってしまいました…」

スタンディングで話す嶋崎剛さん(右)

 嶋崎さんは5年前まで、いわき湯本温泉の老舗旅館「斎菊」のオーナーでした。2011年3月11日以降、旅館は原発作業員と被災地支援のボランティア、取材に入るジャーナリストたちが泊まる場所になりました。13年の冬、市民たちのために放射能汚染の調査を行っていた研究者から「大人数で第一原発を視察するので部屋を予約したい」という話があり、個室をいくつかおさえておきました。すると、新聞記者らと共にやってきたのが、音楽家の大友良英さん、遠藤ミチロウさん、そして嶋崎さんの憧れの人、坂本龍一さんでした。

坂本さんが東京芸術大学の大学院生だった時、詩人・作家の富岡多恵子さんが出したアルバムの作曲・編曲を手がけたことがありましたよね。私は十代の頃にあのアルバムを聞きました。それ以来、ずっと憧れの人でした。私も学生時代からロックを中心に音楽をはじめておりまして…。でも、素直に「うれしい」と言っていいのかはよく分かりませんでした。震災と原発事故がきっかけで自分の憧れの人に会えたというのは、皮肉なものでした。

嶋崎さん

 震災の年に亡くなった実母も坂本さんの大ファンでした。親子で大事にしていたCD「UTAU」(大貫妙子さんとの共作)を坂本さんに渡すと、サインと共にひと言書いてくれました。

「これからも自分は福島の人に寄り添っていきます」

その時は感激してサイン入りのメモを受け取っただけでした。でも、後から考えてみれば、「これからも寄り添う」という坂本さんの言葉は本物だったんだなと感じます。

嶋崎さん

 その後、嶋崎さんはSNSを通じて坂本さんとのやりとりを続けました。年末年始の挨拶をする程度でしたが、メッセージを送ると必ず、「その後どうですか?」などと返事があったといいます。汚染水の海洋放出が問題になってきた頃、東電が安全性のアピールのためにヒラメの飼育を計画していることを告げると、坂本さんからは「あ然として言葉になりません」という返事があったそうです。

 14年夏、坂本さんが中咽頭がんであるとの発表がありました。その後もがんは臓器のあちこちで再発し、大手術がくり返されたといいます。嶋崎さんは18年に長年経営してきた旅館を売却し、すぐ近くで喫茶店をはじめました。今年の1月、テレビで坂本さんのピアノ演奏を聞き、メッセージを送りました。「全身音楽家ですね」。坂本さんからは「ありがとう」との返事があったそうです。

 嶋崎さんはこの時、自分が音楽をやってきたことを初めて坂本さんに伝えました。実は嶋崎さん、楽器の演奏だけでなくアマチュア作曲家としても活動していて、16年に「一柳慧コンテンポラリー賞」で最終選考に残った実績がありました。自分の作品を献呈したいと伝えると、坂本さんはよろこんで受け取ってくれたそうです。坂本さんがどこを拠点に暮らしているのかも分からなかったので、嶋崎さんは楽譜をデータにして、インターネット上で送りました。

嶋崎剛さん

 いわき市小名浜の海洋放出反対スタンディングは、毎月13日に行われています。政府が海洋放出の方針を決めたのが21年4月13日だったためです。今年3月13日のスタンディングに参加した嶋崎さんは、その時の写真を仲間からもらい、坂本さんに送りました。

嶋崎「汚染水放出に反対するスタンディングを毎月13日にやってます」(3月14日)

坂本「頑張って!」(3月16日)

※嶋崎さんへの取材に基づき再現

 嶋崎さんが「がんばります!」と返信すると、ハートのマークが返ってきたそうです。

 2人のやりとりはこれが最後になりました。「これからもメッセージの交換を続けられると思っていた」と、嶋崎さんは話します。

坂本さんが亡くなったのは3月28日。私にメッセージをくれたわずか12日後です。最後まで、未来に対する思いがあったのでしょうね。この国がおかしくなっているという危機感を強く持っていたから、私のような者にまでメッセージをくれたのだと思います。

もちろん、坂本さんの「がんばって!」というメッセージは私だけに届けたものではないでしょう。坂本さんは原発のことや地球環境のことに取り組んでいるすべての人を励ましたかったのだと思います。

だから私は、この話を4月13日の海洋放出反対スタンディングで皆さんに伝えました。

嶋崎さん

(おわり)
※写真はすべて4月13日の海洋放出反対スタンディングでの様子。牧内昇平撮影。

コメント

  1. 飯塚盛康 より:

    チッソの排水が水俣病の原因ではないと言った当時の通産省の幹部に対して、住民が「そんなに安全というなら、この排水を目の前で飲んでみろ」と言われて、絶句して飲めなかった過去がある経産省職員が、まずは飲料水として、毎日飲んで、安全性を確かめてもらわなければ、海洋放出を認めるわけにはいかない

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