【釧路赤十字病院・新人看護師自死事件】③労災認定めぐり、訴訟へ

報道

 北海道の釧路赤十字病院(釧路市)で2013年9月、一人の新人看護師が自ら命を絶った。村山譲さん、当時36歳。両親は裁判を起こし、真実を求めて闘い続けている。3月15日、労災認定訴訟の判決が言い渡される。

 両親は信じている。「仕事が原因で亡くなった」と認められることが、譲さんの尊厳回復への一歩になる。そして、誰もが安心して働ける医療現場づくりにつながる。(ウネリウネラ・牧内昇平)※写真は遺族提供


医師によるパワハラ疑惑

 もう一つ事件のポイントが残っていた。医師が暴言を浴びせたのではないか、という疑惑だ。

《A先生に「お前はオペ室のお荷物だな」と言われて確信しました》

 譲さんが遺書で指摘した「A先生」とは、釧路赤十字病院の眼科の医師だ。看護師たちの間では「仕事に厳しい人」という評判だった。譲さんが亡くなった後、A氏自身は譲さんの両親に手紙を書き、「お荷物発言」を否定している。

〈私は本当に、なかなかお合い(※原文ママ)する事はなかったとは言え、彼にいつも合ったときには声かけをするよう努力して参りましたし、激励してまいりました。ですから、決して私の口から彼をおとしめるような言動は、天に誓って申しておりませんし、もちろん、彼に対し、病院のお荷物などとは決して言ったことはありません。冗談でもそのようなことを述べる状況はございませんでした。私は、彼との会話の頻度は少ない上に、さらにそれも短い文章でしたが、すべて彼を励ます内容で、決して愚弄する内容は一度たりともございません。ですから、どうして彼が、遺書にこのようなことを書かれたか、書くに至ったかは、私にも皆目見当がつかないのです。本当に、私は彼に対し、遺書にあるような言動をしたことはありませんし、なぜ急にこのような言葉が私の言葉として出てきたのか、本当に苦慮しております。〉

 A医師から両親への手紙

 A氏は否定している。

 しかし、筆者はなおも疑問である。これから命を絶つという人が、わざわざ遺書にでたらめを書くだろうか? 一言一句同じではなかったとしても、譲さんが自分を責めるきっかけとなることが、本当に何もなかったのだろうか?


 また、別の医師から叱責を受けていた可能性もある。

 譲さんが2013年7月に受けた「新人フォローアップ研修」。研修の中で新人たちへのアンケートがあった。

質問項目 
[ いつ、どんな内容にストレスを感じたのか記載してください ]

譲さんの回答
[ ストレスを感じた場面はない ]

 譲さんは青字のボールペンでこう書いていた。ここまでは普通だ。しかしそのすぐ下に、赤字でこうも書いていた。

[ B先生がブチ切れたとき。器械出しや検体の受けとりのタイミングが彼の思い通りにならず、大声でブチ切れたとき ]

 これはどういうことか。母の百合子さんに聞いた。

「青い字も赤い字も息子の筆跡です。間違いありません。研修のときは青い字で書いて提出し、あとで回答用紙が自分のところに返却されたとき、赤ペンで書き足したのだと思います。その証拠に、病院の方々は『青字の記載しか読んだ覚えがない』と話していました」

 職場でおおっぴらにはできないけれど、腹にすえかねることがあったということか。譲さんと「B先生」。二人の間に何があったのか。残念ながらはっきりとしない。しかし、譲さんの心中が穏やかでなかった。それだけは明らかだろう。


労災請求

 父豊作さんと母百合子さんは、息子の死の手がかりを拾い集めていった。小さく、か細いものばかりだったが、それらをひとつも取りこぼすまいと、両親は奔走した。過労死・パワハラ事件の経験が豊富な東京の弁護士たちにも調査を依頼し、得た結論は、こうだ。

「職場上司による質問攻め・無視・暴言・罵声・被災者のみ仕事を与えられなかったなどのパワーハラスメントがくり返された。これらの業務上のストレスを原因として、村山譲さんは遅くとも2013年9月頃にうつ病その他の精神障害を発症し、同年9月15日、実家車庫内で自死した。」

 「評価表」にあった〈伝わりませんでしたか?〉〈何が不足だったのか、わかりますか。〉などが「上司による質問攻め」だ。医師による「お荷物発言」の疑惑もある。新人看護師の中で1人だけ、当初の予定通りにカリキュラムが進まなかったことも心の負担になっただろう。それらが重なり合って譲さんは苦しんだ。そのような結論だ。

 2015年9月、両親は釧路労働基準監督署に労災を請求した。「仕事が原因で亡くなった」と認められることが、譲さんの尊厳回復への一歩になると考えたからだ。

 それに対して労基署はどう応えたか。まずは一般的な、うつ病など心の病による自死の場合の労災認定基準を書く。

 労災請求を受けた労基署は、専門医らの意見をもとに、「心理的負荷」を「弱・中・強」の3段階で評価する。負荷が「強」と判断されれば、仕事が原因の労災と認定。「中」「弱」ならば労災と認めない。負荷が強いかどうかの判断には一定の基準がある。

 たとえば「達成困難なノルマ」が原因で心の病になった可能性がある場合、以下のように考える。

  • 客観的に、相当な努力があっても達成困難なノルマが課され、達成できない場合には重いペナルティがあると予告された。  →心理的負荷は「強」
  • 達成は容易ではないものの、客観的にみて、努力すれば達成も可能であるノルマが課された。                 →心理的負荷は「中」
  • 同種の経験を有する労働者であれば達成可能なノルマを課された。ノルマではない業績目標(達成を強く求められるものではない目標)が示された。  →心理的負荷は「弱」 

※しかし、ひとの心のことを「弱・中・強」と簡単に区分けできるものだろうか? 行政として何らかの基準が必要なのは分かるとしても、筆者にはいま一つ分からない。)

 ともかく、労災認定にはこのような基準がある。2016年3月、釧路労基署はこの基準にもとづき、村山譲さんの自死について「労災とは認めない」という判断を下した。主なポイントは以下だ。

  • 薬剤の過剰投与などのミス →心理的負荷は「中」
    主な理由)患者への影響はなく、譲さんが事後対応に当たった事実も確認されず、職場の人間関係が悪化した事実も確認されない。減給・降格などのペナルティが課されたわけでもない。
  • 医師によるパワハラ発言疑惑 →心理的負荷は「評価なし」
    主な理由)上司、同僚および医師らからの業務指導の範囲を逸脱した言動、人格や人間性を否定する言動は確認されなかった。
  • 先輩・上司との人間関係 →心理的負荷は「弱」
    主な理由)関係者は「振り返りで指導者からきつい口調で言われているのを見たことがある」と話しており、業務指導の範囲を逸脱した言動、人格や人間性を否定する言動は確認されないものの、一定の指導を受けていたことが確認される。

 心理的負荷が「強」となる要素が見つからなかったので、労災とは認めない。そういう結論だった。

 労基署の決定に不服がある場合、各都道府県の労働局へもう一度審査を求めることができる。労働局で申請を退けられても、こんどは労働保険審査会(東京都)へ再審査請求が可能だ。3回チャンスがある。村山さんの両親は3回トライしたが、結論は変わらなかった。

 行政への請求の道が断たれたのだから、司法の場に進むしかない。両親は、労災を認めない国に対して訴訟を起こした。2018年4月のことである。裁判を支援する人たちが横断幕を作ってくれた。

新人看護師のパワハラ自死事件 国は労災を認め、医療現場に安全と安心を!

(次回に続く)

コメント

  1. 大利英昭 より:

    いろんなことを思い出しながら、読ませていただいています。
    背景には人手不足があり、とにかく新人さんが独り立ちしてくれなくてはいけない現場の貧困があります。
     墨東病院の薬剤師裁判のように、超が付くほど優秀な新人さんでも押しつぶしてしまう現場の理不尽があります。
     経験から言って、指導する内容のない人ほど、抽象的なことを言い新人を混乱させます。紹介されていた看護師長や指導者の言葉は、まさにそれで。理由はわからなくても見てまねろという方がよっぽどましで、私はそのように指導してきました。根拠、根拠という人ほど、根拠をわかっていないものです。そして、なんかの拍子で雰囲気が一変すると、新人さんの悪いところばかりを探して排除するようになってしまいます。
     新人さんを押しつぶす職場は、結局ベテランを育てられず、医療の質も上がらない職場になってしまいます。

     

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