【汚染水海洋放出】経産省のニュースリリース訂正について

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 東京電力福島第一原発にたまる汚染水(政府は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出について、太平洋の国々は「放出を許容できるかどうか判断するためのデータが不足している」と言っています。米軍の核実験によって甚大な被害を被ってきた(今もその被害は継続している)国もあるだけに、その思いは切実なことと思います。

 今年2月、これらの国々の代表団が訪日し、岸田文雄首相らと会談しました。会談結果を調べていて気になったことを紹介します。(ウネリウネラ・牧内昇平)


日本政府の海洋放出に異論があるPIF諸国 

 PIFとは太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum)の略で、フィジーやサモア、マーシャル諸島など16カ国と2地域が加盟する公的な組織です。現在の議長はクック諸島のマーク・ブラウン首相が務めています。PIF諸国の中には、汚染水の海洋放出は時期尚早だとうったえている国が多数あります。たとえば国連人権理事会の対日審査でも、上記の国々のほかバヌアツや東ティモールから、「PIFが許容できると判断しない限り、放射性廃水を放出しないこと」などを求める勧告が出たことは先日書きました。

 米軍は太平洋で核実験を繰り返してきました。1946年~58年にかけて、マーシャル諸島のビキニ環礁とエニウェトク環礁では合計67回の核実験が行われ、その威力は広島型の原爆に換算すると7000発以上に相当します。54年3月1日のブラボー実験は特に規模が大きく、死の灰を浴びた住民は健康障害を起こし、故郷である島々を追われてしまいました。現地では「われわれの人生を永久に変えた」と語り継がれているといいます。(竹峰誠一郎著『マーシャル諸島 終わりなき核被害を生きる』)

 こうした国々が海の放射能汚染に慎重になるのは当然のことです。

PIF代表団と日本政府首脳との会談

 このPIFの代表団は今年2月上旬に訪日し、岸田文雄首相、林芳正外相、西村康稔経産相と会談しました。主な協議のポイントは、まさしく海洋放出問題です。外務省のホームページを基に、会談結果の一部を紹介します。まずは2月7日夕に行われた岸田首相との会談について。

岸田総理大臣から、ALPS処理水の海洋放出に関し、日本国民及び国際社会に対して責任を有する日本の総理大臣として、自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはないことを改めて約束する旨述べました。これに対し、PIF側は、ALPS処理水の海洋放出の安全確保に対する岸田総理大臣の決意を歓迎するとともに、引き続き日本と緊密なコミュニケーションを希望する旨述べました。両者は本件に関する集中的な対話の重要性につき一致しました。

外務省ホームページ
外務省ホームページのスクリーンショット(一部をトリミングして使用)

 次は6日午前の林外相との会談について。

林大臣から、福島県の復興の重要性を強調するとともに、ALPS処理水の海洋放出は、PALM9のコミットメントに基づき、環境及び人の健康に害がないことをしっかり確保した上で行われる旨説明しました。また、林大臣から、同放出は、国内外の安全基準に従うとともにIAEAのレビューを受けつつ放出前後のモニタリングを実施し、これらの情報は、透明性をもって公表することを改めて説明しました。両者は、本件に関する集中的な対話の重要性につき一致しました。

外務省ホームページ

気になったのは経産相との会談

 筆者が気になったのは原発を所管する経済産業省の西村康稔大臣との会談です。経産省は2月6日にプレスリリースを出し、以下のように会談結果を発表しました。

経産省ホームページのスクリーンショット

西村大臣から、第9回太平洋・島サミット(PALM9)で菅前総理が約束したとおり、引き続き、IAEAによる客観的な確認を受け、太平洋島嶼国・地域に対し、高い透明性をもって、科学的根拠に基づく説明を誠実に行っていくことを再確認しました。

経産省ホームページ

 林外相と似たようなことを西村経産相も話した、ということが分かります。本題はここからです。

 パソコンでこのプレスリリースを見ていた時、右上に「English」と書かれたボタンを見つけました。文章の英語版を読むことができる機能でしょう。

経産省ホームページのスクリーンショット。赤い↑は筆者

 試しに押してみたら、不思議なことに気づきました。先ほど紹介した文章の内容が、異なっていたのです。

経産省ホームページのスクリーンショット画像。下線は筆者

 Minister Nishimura also reconfirmed that he takes seriously the concerns expressed by the Pacific Island countries and regions,

 この一文は日本語版のニュースリリースにはありませんでした。英語版と日本語版で内容が変わるのはおかしいです。

ニュースリリースを訂正した経産省

 筆者は経産省の担当者に問い合わせました。担当者は「ひょっとしたら事務方のミスかもしれません」と言い、「内部で詳細を調べて対応します」と返事をしました。

 筆者が電話をかけたのは4月17日です。その後連絡がなかったので20日にホームページを閲覧したところ、ニュースリリースは以下のように変更されていました

経産省ホームページのスクリーンショット画像

 【リリースの英文と和文の記載内容に差異があったことから、和文も英文に合わせて修正しました】という注意書きが入りました。該当箇所には「西村大臣は、太平洋島嶼国・地域から表明された懸念を真摯に受け止め」という文言が加わりました。

 筆者はもう一度経産省の担当者に問い合わせました。

経産省「ご連絡が遅れてすみません。先日ご指摘いただいたPIF代表団との会談を伝えるニュースリリースについては内容を修正しました」

筆者「やはりあの一文は必要だったということのようですが、なぜ日本語版から削除されてしまったのですか?」

経産省「先日のご指摘を踏まえて確認したところ、編集作業のどこかの過程で、意図せず、この一文が抜け落ちてしまったようです」

筆者「単なる誤字脱字ではなく、この部分だけきっちりと抜け落ちているのが気になります。しかも、PIF諸国が海洋放出に懸念を示していることを伝える重要な部分です。この一文がなければ、日本語版を読んでいる人はPIF諸国が海洋放出にどんな意見を持っているか分かりませんので。しかし、これは海洋放出を進めたい日本政府にとっては不都合な情報かもしれません。うがった見方かもしれませんが、経産省が隠そうとしたのではないかと思えてしまいました」

経産省「そのようなことは一切ありません。故意に削除したものではありません」

 経産省は意図的な削除を否定しました。しかし、結果的に言えば、経産省にとって都合のよい「ミス」になっていた点は否めないと思います。

 会談相手のPIF諸国は基本的に英語版を読むのではないでしょうか。すると、きちんと「懸念を受け止める」と書いてあるので納得する。日本の人は日本語版を読み、「政府は海外にもきちんと説明しているんだな」と納得してしまう。PIF諸国が慎重な意見を持っていることは日本人には伝わらない

 こういう状況を放置するのはよくないことだと思います。

PIF側の認識は?

 PIF側はこの会談結果をどのように伝えているでしょうか。

ブラウン首相は閣僚級の会議において、太平洋諸国が海洋放出計画の安全性について確信できるように、専門家への科学的データの提供を求めるというPIFの主張を繰り返し伝えた。

PIFのホームページ
PIFホームページのスクリーンショット

 PIF側はこれまでもずっと、汚染水の海洋放出に懸念を表明してきました。最近では、英ガーディアン紙(1月4日付)にヘンリー・プナ事務局長の寄稿が載っています。抜粋して紹介します。

日本政府は太平洋諸国と協力して海洋放出問題の解決策を見出さなければいけない。さもなければ、我々は災害に直面する。

海洋放出を許容するにはデータが足りない状況である。海洋放出は日本国内だけの問題ではなく、国際法に基づいてグローバルに検討すべき問題である。安全性に関する現在の国際基準が、福島第一原発事故というこれまでに前例のないケースを取り扱うのに十分なものかどうか、我々は時間をかけて調べなければいけない。

我々を無視しないでください。我々に協力してください。我々みんなの未来、将来世代の未来がかかっています。

PIFのホームページ

 この寄稿を読む限り、PIF諸国は日本政府首脳との会談の場でも、それなりの意思表明をしたと推察されます。PIF側の発表によれば、ブラウン氏は「安全性について確信できるようにデータの提供を求める」と日本政府首脳に言いました。これは日本政府が発表したような「集中的な対話の重要性につき一致」というレベルではなく、「我々はまだ安全だと確信していないし、海洋放出に納得もしていない」ということではないでしょうか。

経産省は自分たちに都合のいい伝え方をしていないか?

 今回の件に関連して思い出すのは、4月15、16日に札幌で行われたG7気候・エネルギー・環境相会合です。韓国の公共放送KBSのインターネット記事を紹介します。

共同声明では、福島第1原発について、「廃炉作業の着実な進展とともに、科学的根拠にもとづき、IAEAとともに行われている日本の透明性のある取り組みを歓迎する」として廃炉作業の進展を評価する一方で、汚染処理水の海洋放出については、「IAEAの安全性の検証を支持する」という表現にとどめました。
 
当初の声明案では、「IAEAの安全基準と国際法と整合し、科学的根拠に基づいた海洋放出への取り組みを含めた廃炉の着実な進展を歓迎する」としていて、海洋放出も含めて歓迎という表現になっていました。

KBSのインターネット記事

 日本政府は「海洋放出を含めて歓迎する」と共同声明に入れたかった。けれど、G7の合意点は「海洋放出そのもの」への賛意ではなく、「海洋放出をめぐるIAEAの検証には賛成する」点どまりだった、ということですね。

 この点について、筆者が経産省に問い合わせたところ、「否定も肯定もしない」という回答でした。マスメディア各社がこぞって報じ、事実と異なるのであれば否定する必要がある事柄ですから、こういう事実関係だったと認識してよいでしょう。

 そして会合後の日本、ドイツ、イタリアの閣僚による合同記者会見ではこのようなやりとりがあったと、KBSは伝えています。

西村経済産業大臣が、「処理水の海洋放出を含む廃炉の着実な進展、そして、科学的根拠に基づく我が国の透明性のある取り組みが歓迎される」と説明し、これを隣で聞いていたドイツのレムケ環境・原子力安全相が、「原発事故の後、東京電力や日本政府の努力には敬意を払う。しかし、処理水の放出は歓迎できない」と指摘する場面もありました。

同上

 西村氏はこの点について「私の言い間違いだった」と釈明しているといいます。しかし、こんなに大事な点で「言い間違い」をするでしょうか? 

 経産省は昨年末のテレビCMで<みんなで知ろう。考えよう>と打ち出しました。しかしCMやその後のPR事業の中で、海洋放出計画に不都合な内容を積極的に発信したことはありません。さらに先ほど紹介した不可解なニュースリリースの訂正も合わせて考えると、西村氏の発言を単なる「言い間違い」と判断するのは早計のように思います

皆さまのご意見を募集します

 海洋放出問題について、皆さまのご意見を募集します。長いものも短いものも、海洋放出を支持する意見も反対する意見も、なんでも歓迎です。お待ちしております。

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