【子ども脱被ばく裁判】「山下発言」問題をふりかえる

報道

 しばらく間があいてしまいましたが、「子ども脱被ばく裁判」続編です。

 先日は今野寿美雄・原告団長へのインタビューを紹介しました。記事は下のようなやりとりで終わっています。 

ウネ でも、これまで7年間の裁判での収穫もあるのですよね。


今野 もちろん。これまでやってきたから、得たものもたくさんある。一番はやっぱり、「あの二人」を証言台に引っ張り出したことだね。

 今回はここから始めたいと思います。

 今野氏が言う「あの二人」。そのうちの一人は、山下俊一氏です。原発事故当時、山下氏が福島で何を話したのか、その発言にはどんな意図があったのか、地裁判決は「山下発言」にどのような評価を下したのか。数回に分けてふり返りたいと思います。

 第一回目は「当時、山下氏は福島で何を話したのか」です。


【「100ミリ以下は安全」発言の山下氏】

 山下氏は2011年当時、長崎大学の教授です。放射線防護、放射線から身を守ることの専門家、スペシャリストと認識されていました。

 福島県は原発事故直後の3月19日、山下氏を県庁に招き、「県の放射線管理リスクアドバイザーになってください」と頼みました。県の依頼を引き受けた山下氏は、この日以降、県内各地で講演をして回ったのです。

 その時の話の内容が、物議をかもしました。

 当時最も問題になったのは、「100ミリシーベルト※以下は安全」発言ではないでしょうか。「子ども脱被ばく裁判」原告団の書面から引用します。
※「シーベルト」は、体の外側から浴びる放射線量を示す単位です。「ミリ」は千分の一という意味なので、1000ミリシーベルトで1シーベルトになります。

「具体的に1000人被ばくをすると、100ミリシーベルトで5人くらいのがんのリスクがあがるということが、私たちが長年研究をしてきたデータであります。じゃあ、100ミリシーベルト以下は、実は、分かりません。100ミリシーベルト以下は明らかな発がんリスクは今観察されていませんし、これからもそれを証明することは非常に困難であります」

(2011年5月3日二本松市での講演)

 実際には、被ばくが100ミリシーベルト以下の発がんリスクは、「ある」とも「ない」とも証明されていません少なくとも「リスクを否定することはできない」状況なのです。むしろ、学説的には、「100ミリ以下でも被ばく量が増えるのに従ってがんのリスクが高まる」という考え方が優勢のようです。

 厳密さを欠き、安全であることを一方的に刷り込もうとするような発言は、当時から一部の人びとの反発を招いていました。

判決を聞きに裁判所に入る「子ども脱被ばく裁判」原告団=3月1日、福島地裁


【本当に驚いた山下氏の講演録】

 上のような「山下発言」の問題については、ウネリウネラもかろうじて報道などで知っていました。

 ところが、実際の講演内容は、もっと衝撃的なものでした。

 これから紹介するのは、山下氏が2011年3月21日に福島市内で開いた講演会の話の中身です。

 一緒に登壇した髙村昇氏(※)の話や、聴衆との質疑応答なども含めると、全体で3万文字ほどありますので、全文掲載はあきらめました。ぜひ読んでいただきたい山下氏の講演の後半部分、約1500文字を引用します(※)。

※髙村昇氏は、山下氏と同じ長崎大学の教授です。被ばく医療の専門家ですが、なぜか福島県双葉町にある「東日本大震災・原子力災害伝承館」の館長も務めています(なぜでしょう…)

※こういうことをすると、「いいように切り取られた」などと反論する人がいますが、この1500文字の部分は、講演録に残っている言葉を省略せず、そのまま掲載していますので、心配しないでください。


【2011年3月21日、福島市内での山下俊一氏講演内容】

 今、日本で一番理科の知識が高いのは、ここ福島市の皆さん方です。こんなことを話をされて首を振って、もっとわかったような感じでいらっしゃいますけれども、なーんもわかっとらん、だいたい。それでいいんです。そんな、何でもかんでもわかったら我々の商売上がったりですよね。こんな話を一度でわかると皆さんはもう大学院卒業、単位をやります。わからんでいいんです。

 唯一お願いしたいのは、皆さんと我々、あるいは皆さんと県、あるいは国の信頼関係の絆をつくるということです。今、何を信用していいのかと。今、皆さん方が最も信頼できるデータは何かということです。これは、好むと好まざるとに関わらず我々は日本国民です。日本で戦争で敗れ、そして原子力産業を支え、今の復興を成し遂げたこの日本において、我々が少なくとも民主主義国家として信じなくてはいけないのは、国の方針であり、国から出る情報です。これをきちんとオーディット、監査して、正しいのか正しくないかを説明する、実は機関が我が国にはありません。中立的に国の出す情報を正しいか正しくないかということを評価する機関がないんです。一方的な国寄り、一方的な反対、一方的な、即ち、そこに恣意が入ったり利益誘導の考え方が入るがために、国民は何となく不信、あるいは不安、疑いの目を向ける訳です。お墨付きがいるんですよ。水戸黄門が印籠を出すように、これは大丈夫だと。そういうふうな関係を、この福島原発を契機に日本はつくり直す必要があります。残念なことに JCOの事故でも、チェルノブイリの事故でも、それがなされて来ませんでした。

 これから福島という名前は世界中に知れ渡ります。福島、福島、福島、何でも福島。これは凄いですよ。もう、広島・長崎は負けた。福島の名前の方が世界に冠たる響きを持ちます。ピンチはチャンス。最大のチャンスです。何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です、まず。震災、津波で亡くなられた方々。本当に心からお悔やみを申し上げますし、この方々に対する対応と同時に、一早く原子力災害から復興する必要があります。国の根幹をなすエネルギー政策の原子力がどうなるか、私にはわかりません。しかし、健康影響は微々たるものだと言えます。唯一、いま決死の覚悟で働いている方々の被ばく線量、これを注意深く保障していく必要があります。ただ、一般の住民に対する不安はありません。

 しかしながら、それでも不安はある。誰に不安がある?女性、妊婦、乳幼児です。次の世代を背負う子供達に対し、私たちは責任があります。だから、全ての放射線安全防護基準は、赤ちゃんの被ばく線量を基準につくられています。いいですか。子供を守るために安定ヨウ素材の投与、あるいは避難・退避ということの基準は作られています。大人は二十歳を過ぎると放射線の感受性は殆どありません。もう限りなくゼロです。大人は放射線に対して感受性が殆どないということをまず覚えてください。そのくせ、一番心配するのは大人。これは間違いです。特に男は大間違い。我が身を省みれば、自分はタバコを飲んだり、酒を飲んどるのに、放射線より遥かにリスクが高いのに。男はまず心配いらないです。守るべきは女性、女子供、妊婦、乳幼児です。もし、この状態が悪くなるとすれば、逃げるのは妊婦と子供でいいんです。男は戦わなくちゃ。復興に向けてここで福島県民として、会津の白虎隊です。それくらいの覚悟はあって然るべきです。

 放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています。酒飲みの方が幸か不幸か、放射線の影響少ないんですね。決して飲めということではありませんよ。笑いが皆様方の放射線恐怖症を取り除きます。でも、その笑いを学問的に、科学的に説明しうるだけの情報の提供がいま非常に少ないんです。是非、今の私の話を聞いて、疑問が沢山あると思いますから沢山質問してください。これは講演でも講義でもないんです。皆様と私のキャッチボールなんですね。


【看過できない山下氏発言】

 いかがでしょうか。先ほども書いた通り、ウネリウネラはこの講演録を読んで衝撃を受けました。正直言って、ここまでの内容だとは知りませんでした。福島をはじめ、広島の人、長崎の人、いろいろな人に失礼な言葉だと思います。

 「子ども脱被ばく裁判」の原告団は、これらの「山下発言」について、以下のように批判しています。

県民の被害感情を理解しない軽率な発言をしばしば繰り返すことにより、原告ら県民の原発被害者としての尊厳や心情を著しく傷つけた。

「子ども脱被ばく裁判」の弁護団=3月1日、福島市内

 「100ミリ」発言など、科学的に正しいか、正しくないかが議論になる発言だけでなく、上に紹介したような「周囲の話」もひっくるめて考えない限り、原告団の批判の本当の意味は見て取れないような気がします。

 福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーに就任した山下氏が本来すべきことは、何だったでしょうか。福島の人びとに正しい知識を伝え、被ばくから身を守るための方法を伝えることだったと思います。

 しかし、実際の話で強調された(少なくとも本人の講演の最後に語った)のは、「国の方針を信じろ」、「復興に向けて戦え」、です。まるで出来損ないの政治家のような言葉でした。


【皆さんはどう感じましたか?】ご意見募集しています

 とはいえ、ウネリウネラは原発事故当時、福島に住んでいたわけではありません。福島の人たちを襲った不安がどんなものだったか、当時の福島の人びとがこの「山下発言」をどう捉えたか、私たちは正確に想像することができません。ぜひ、この点については、サイト読者の皆さまのご感想も聞きたいところです。3月21日福島市講演の全文は、「子ども脱被ばく裁判 弁護団のページ」より見ることができます。(該当部分)→甲C88-山下俊一H23.3.21福島市講演動画反訳書-

 一連の「山下発言」を読んでどう感じるでしょうか。(もしかしたら、「山下さんに勇気づけられた」という感想をお持ちの方もいるかもしれません)。

 福島以外にお住まいの方も含め、ぜひ皆さんのご意見をお聞かせください。以下のフォームより、必要事項を明記し、紺色の「送信」ボタンで投稿完了です。

※子ども脱被ばく裁判の記事一覧はこちら→子ども脱被ばく裁判 – ウネリウネラ (uneriunera.com)

※フォームでの送信がうまくいかない場合や長い論考などはuneriunera@gmail.comへお願いします。コメント欄などもお気軽にご活用ください。

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    コメント

    1. […] 【子ども脱被ばく裁判】「山下発言」問題をふりかえる […]

    2. […] 原発事故直後の2011年3月19日、福島県は「放射線健康リスク管理アドバイザー」の役を山下俊一氏、高村昇氏、神谷研二氏の3人に頼んだ。3氏はその後県内各地で講演を行った。(※筆者注。3氏はいずれも放射線被ばくに詳しい“専門家”。この講演で「放射能安全言説」が振りまかれたことはすでに指摘されている。「山下発言」の詳細は、こちらの記事で↓)https://uneriunera.com/2021/04/04/kodomodatsuhibaku8/                               https://uneriunera.com/2021/10/21/kodomodatsuhibaku12/ […]

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    4. 田中 豊 より:

      或雑誌で山下俊一氏の存在を初めて知り、問題発言と言われている過去の発言を知ろうと思い、ここに辿り着いた次第。此処までの途上、事故直後の二本松市での講話での地元民との質疑応答の動画で、質問に対する弁明とも言える答の中で違和感以上の疑念を抱いたのは、「国が基準値を決めた以上、国民の義務としてそれを遵守しなければならない」旨の発言。この発言は、純粋に科学者の立場からの知見を期待する地元民を裏切る発言であり、御用学者と見られても仕方ないと思った。

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