福島の子どもたちのことを大切にしてほしい。行政には、子どもを被ばくから守る責任がある――。「子ども脱被ばく裁判」で原告となった福島の親子たちが、そう訴えています。福島地裁で7年にわたって続いた裁判は、3月1日、住民側敗訴という結果に終わりました。地裁判決を不服として控訴するかが注目されます。原告団長の今野寿美雄氏に、いまの心境や裁判にこめる気持ちを聞きました。
ウネ 3月1日の判決の感想を教えてください。
今野 まったくもって、ひどい判決だった。不当判決そのものだ。あまりにもひどすぎて、コメントしようがない。言葉に困っちゃうよ。あれだけ証拠を出したのに、裁判官はいったい何を見ていたのか。
ウネ これからどうしますか。
今野 おれは最後まで争うしかないと思っている。原告の数は減ってしまうかもしれないけど、控訴する方針は固めている。「20ミリシーベルト」(※①)という政策を続けさせたら、のちのちの子どもたちに影響するから。
※ウネ注①
体の外から浴びる放射線の量が「年間20ミリシーベルト」を下回れば避難は終わり、というのが国の基準です。しかし、日本の法律は、一般の人が浴びてもいい放射線を「年間1ミリシーベルトまで」ときめてきました。なぜ福島の人びとだけ20倍もがまんしなければならないのか、という疑問があります。
今野 県民健康調査(※②)も今のままではだんだん縮小されて、「勝手に病気になったやつが悪い」ということになっちゃうからね。そんなことを認めるわけにはいかないよ。政策がまちがっていた、今もまちがっている、ということを裁判で認めさせなければいけない。そうしないと、子どもは守れない。
※ウネ注②
原発事故のあと、福島県はいろいろな健康調査を行ってきましたが、縮小・廃止論が高まっています。おなかの中の赤ちゃんの調査は、今月末で終わります。また、この調査の一つに、子どもの「甲状腺検査」があります。これまでの検査では、252人が甲状腺がん、またはその疑いがあると診断されました。
ウネ 今野さんは原発事故の前はどこに住んでいましたか。
今野 おれの家は浪江町にあった。妻と息子と3人で住んでいた。息子は幼稚園の年中クラスだったな。地震のとき、おれは女川原発(宮城)で働いていた。道路が寸断されてしまい、女川を出発できたのは4日後の3月15日だった。茨城県内の親戚の家で家族と再会して、それからは二本松市内の避難所や、猪苗代町の旅館で寝泊まりした。8月末に福島市の飯坂町にある温泉ホテルの社員寮に行った。そこで5年ほど暮らした後、同じ飯坂町にできた復興公営住宅に入った。
ウネ 福島県内で子どもを育てている親の一人として、この裁判に参加しているわけですね。
今野 子どもは飯坂町にある幼稚園に途中から入れてもらって、地元の小学校に進んだ。いまは中学3年生。今日もこれから家に帰って息子の夕食をつくるよ(笑)。
ウネ 今野さんのほかには、どんな人が原告に加わっていますか。
今野 正確に言うと、この裁判は二種類の訴えをしている。安全なところで義務教育を受ける権利を確かめるための「子ども人権裁判」と、事故後に無用な被ばくをさせられたことへの賠償を求める「親子裁判」の二つ。「子ども人権裁判」の原告になれるのは、福島県内の小中学校に通う子どもがいる家庭だけ。だから、うちも今年の4月には原告から外れるし、これまで40人くらいいた原告は、14人になっている。「親子裁判」は事故が起きた時、県内に住んでいた親子はみんな資格がある。158人の原告がいる。
ウネ 事故から10年がたちましたが、これまで子育てしてきた苦労は察するに余りあります。
今野 みんな大変な思いをしてきた。多くの親たちは、事故直後のことを深く悔やんでいる。大量の放射性物質が降ってくるなかで子どもを外で遊ばせたり、水を求める列に一緒に並ばせたりしてしまったから。もちろん、十分な情報がない中では仕方がなかった。親が悪かったわけじゃない。原告の中には、事故のすぐ後に3人目の子どもを出産した人もいる。その人は「福島の水を子どもたちに飲ませて本当に申し訳なかった」と言っている。
ウネ 原発から数十キロ離れた県内の内陸部では、放射線量が高いのに行政の避難指示が出なかった地域がありました。そこに住んでいて、被ばくを心配する人の中には、「自主避難」の道を選んだ人たちもいますね。
今野 自主避難の人には補償が出ない。お金が続かず、福島に戻らざるを得なかった人もたくさんいる。夫は仕事のために福島に残る『母子避難』の家庭もある。母子避難では、避難中に妻と夫の間に溝ができ、離婚してしまった人もいる。みんな、とにかく大変だ。
ウネ この裁判は、福島に住む親子にこんな思いをさせたこと、国や福島県が十分な対策をとらなかったために、無用な被ばくをさせられてしまったことの責任を追及する裁判ですね。
今野 うん。『親子裁判』のほうは、精神的慰謝料として一人10万円を請求しているけど、お金の問題じゃない。仮に裁判で勝ったって、うちはおれと妻と息子で合計30万円。たった30万円のために、おれは事故後の人生をぶち込んでいるようなものだからね(笑)
ウネ 東電を訴えていないのはなぜですか。
今野 東電は相手にしていない。相手は行政だ。東電相手は損害賠償請求でしょう。これは裁判所が東電に「払え」って言うだけの話だ。そうじゃなくて行政。国や県のでたらめ。いちばん、法律を守らなければならない国や県が、法律に違反しているわけだから。避難の費用とか慰謝料とかの損害賠償を求める裁判は多いけど、住民の被ばくに向き合っている裁判は少ない。特に子どもたちのことを第一に考えているのは、この裁判だけだ。だから、おれたちがやるしかない。
ウネ 「国や県のでたらめ」と言いましたが、たとえばどういう点でそう感じますか。
今野 やっぱり基準値だよね。「0.23」なんてまやかしの数字を出してきたりさ。
ウネ 体の外から浴びる放射線量が「毎時0.23マイクロシーベルト」以下なら、法律できまっている上限、「年間1ミリシーベルト」を超えない、という国の基準のことですね。
今野 本当は「0.114」で「年間1ミリシーベルト」になるんだよ。「0.23」では、2倍の「年間2ミリ」になってしまう。「家の中にいたら低い」なんて、そんなのは嘘っぱちだから(※③)。
※ウネ注③
今野氏の言う「0.114」の根拠となる計算式は、こうです。
年間1000マイクロ÷365日÷24時間=1時間あたり0.114マイクロ
(1ミリ=1マイクロです)
一方、国は「家の中にいれば壁が放射線をさえぎってくれるから被ばくの量が6割減る」と言います。ふだん家の中に16時間いるとして計算し直すと、「0.23まで大丈夫」となります。
今野 うちの浪江の家なんて、除染後は家の中の方が線量が高いんだからね。屋根やウッドデッキは放射性物質がしみ込んでしまうから、除染しようがない。いま現在、おれの家の中は0.8(マイクロシーベルト/時)くらいだ。庭は、除染する前には7~10マイクロあったけど、除染した後は0.3~0.5だもんな。家の中のほうが汚染されているという逆転現象が起きている。だから「屋内は低いから0.23でいい」、というのは嘘。国はこういう嘘を平気でついて、知らんぷりしているんだよ。
今野 福島県もひどいよ。安定ヨウ素剤は配らねえわ、SPEEDIの数値は隠すわ。いまの内堀雅雄知事は当時、総務省からの出向で副知事として福島県に来ていた。彼らは双葉病院の人たちを置いて、オフサイトセンターから逃げてしまったんだ。その後も、福島県は国と結託して、「いかに被害を小さく見せるか」ということばかりだ。「再安全神話」っていうかさ。「原発安全神話」がいま、「被ばく安全神話」になっちゃっているからね。
ウネ そういうところを変えたいということで、裁判を闘ってきたのですね。でも、地裁の判決結果は芳しくなかったですね。
今野 腹が立って仕方がない。判決を聞いてから、どっと疲れが出たよ。弁護団も「控訴以外の選択肢はない」と言っている。またやるしかない。
ウネ でも、これまで7年間の裁判での収穫もあるのですよね。
今野 もちろん。これまでやってきたから、得たものもたくさんある。一番はやっぱり、「あの二人」を証言台に引っ張り出したことだね。
(続く)
【ウネリウネラから一言】
「あの二人」とは誰か、裁判で何が分かったのか。今後もこのブログで書いていきたいと思います。
今野氏は、福島で子どもを育てる親の一人として、行政の対応に怒っています。恐らく原告団の多くの人も同じ気持ちでしょう。
”福島の親子が怒っている”。そのことを社会に伝えることが、この「子ども脱被ばく裁判」の最大の目的の一つだと思います。裁判を闘っている7年の歳月が、その憤りの深さを物語っています。
それを受け止めるか、無視するか。社会は問われていると思います。
コメント
裁判の概要は知っていましたが、お子さんたちのおかれた状況、それに対する今野さんの親として無念さと思いを伺い
改めてこの裁判を深く知り回りに伝えていくことの大切を実感しました。FBとからTwitterでも、多くの知り合いに
広げていこうと思っています。
岩坂さま
応援いただき、ありがとうございます。
私も福島に来るまでは恥ずかしながら不勉強でしたが、子どもの健康が蔑ろにされている事実を知り、愕然としております。
この裁判の詳報を通じて、できるだけ全国のみなさんに放射線被ばくへの心配や、子どもの健康を守ることの大切さを伝えていけたらと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。
牧内昇平
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