【子ども脱被ばく裁判】控訴審の前に知ってほしいこと③(「山下発言」裁判での展開)

 明日から控訴審が始まる「子ども脱被ばく裁判」のポイントの一つが、いわゆる「山下発言」です。

「放射線防護の専門家」と言われていた山下俊一・当時長崎大学教授は、原発事故直後、福島県から招かれて県内各地で講演を行ったり、マスコミ対応を行ったりしました。

 その時の発言について、子ども脱被ばく裁判の原告団はこう指摘しています。

放射能の健康被害に関する科学的知見に著しく反した放射能安全論を県民に振りまき、原告ら県民に無用な被ばくを浴びせた。県民の被害感情を理解しない軽率な発言をしばしばくりかえすことにより、原告ら県民の原発被害者としての尊厳や心情を著しく傷つけた。

原告側「最終準備書面」より

 当時の「山下発言」の内容については過去、様々なメディアが取り扱ってきました。ウネリウネラが特に「いかがなものか」と思っているポイントについては、今年3月の記事でまとめたので、ぜひお読みください。

【子ども脱被ばく裁判】「山下発言」問題をふりかえる

 今回は、この「山下発言」について、子ども脱被ばく裁判の第一審(福島地裁)での展開を紹介します。2020年3月、山下氏は裁判の証人として呼ばれました。その時の内容と、判決がこの問題をどうジャッジしたかを書きます。


【そもそも「山下発言」の問題点とは】

 ウネリウネラが考える問題点は2つです。

問題点①【事故直後に「安全」言説をふりまいた】

1mSvずつ100回、すなわち累積として100mSv浴びるのと、一回に100mSv浴びるのでは影響は全く違います。一般の人はまったく心配いりません。

(2011年3月22日、外国人記者クラブでの記者会見で話した内容)

→「100m㏜以上被ばくするとがんなどの健康被害リスクがあること」は証明されています。一方で、「100m㏜より少なければ健康被害リスクがないこと」は証明されていません。つまり、「これ以下なら安全」という「しきい値」は、放射線被ばくについてはありません。

 たとえ100回に分けて被ばくしたとしても、「一般の人はまったく心配いりません」と言い切ることはできないはずなのです。だから「100m㏜以下の『低線量』であっても被ばくは避けよう」ということになっています。これは、本シリーズ②で疑問を提起したICRPも採用している考え方です。

問題点②【福島の人、広島、長崎の人たちに“失礼な”発言をした】

今、皆さん方が最も信頼できるデータは何かということです。好むと好まざるとに関わらず我々は日本国民です。戦争で敗れ、そして原子力産業を支え、今の復興を成し遂げたこの日本において、我々が少なくとも民主主義国家として信じなくてはいけないのは、国の方針であり、国から出る情報です。(中略)これから福島という名前は世界中に知れ渡ります。福島、福島、福島、何でも福島。これは凄いですよ。もう、広島・長崎は負けた。福島の名前の方が世界に冠たる響きを持ちます。ピンチはチャンス。最大のチャンスです。何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です。

(2011年3月21日、福島市内での講演)

→ウネリウネラはこの発言内容を知ったとき、大きなショックを受けました。戦争の反省が何も生かされておらず、多方面の人びとに対して失礼ではないでしょうか。


【証人尋問】

 上に挙げた問題点に関連して、2020年3月に行われた証人尋問の中から印象に残る場面をピックアップします。

問題点①【事故直後に「安全」言説をふりまいた】について

  • 弁護士(被告側):100m㏜という数値がどのような意味のある数値であるのかについて、説明をお願いします。
  • 山下:1回の被ばくの100m㏜、年間の積算100m㏜、生涯の100m㏜、生物学的な影響が全く異なります。その中で、100m㏜以下のリスクについても、ゼロとは言えませんので、よく分かっていないというのが立場であります。しかし、クライシスのときには、上限値をはっきりとして白黒打って、話をしてまいりました。

→山下氏はさすがに科学者ですので、「100m㏜以下のリスクはよく分かっていない」と認識しておりました。しかしそのうえで、原発事故というクライシスの渦中だったために、「はっきりと白黒打った」と証言しました。

  • 弁護士(原告側):(ICRPの考え方は、)総数で同じだけの被ばくをしても、長期にわたる被ばくの場合は、影響としては短期の被ばくの2分の1と評価すると、そういう趣旨ですね。
  • 山下:はい。
  • 弁護士:そうなると、長期にわたる被ばくでも、短期にわたる被ばくの最低2分の1は、やはりリスクがあるということで評価しなければならないんじゃないでしょうか。
  • 山下:はい。防護の考え方はそうです。
  • 弁護士:あなたが外国人記者クラブで言われた、一般の人が100m㏜浴びても全く心配要りませんというのは、その考え方に抵触しますね。
  • 山下:正確に覚えてませんが、横軸の問題だと思います。時間軸。たとえば1年、生涯では全く影響がないという風に考えます。
  • 弁護士:1年で100m㏜だと全く影響がないと。
  • 山下:健康リスクと防護の考え方は違うということが重要なポイントだと思います。
  • 弁護士:先ほど、100m㏜(以下なら安全だということは)証明されてないと言われたんじゃないですか。
  • 山下:はい。
  • 弁護士:しかし一方で、まったく健康に影響はないとおっしゃるわけですか。
  • 山下:恐らく、このときは非常事態、緊急事態での説明だったと記憶してますので、3月22日、そういう風に説明をしたという風に思います。
  • 弁護士:いえ、科学的にどう考えるかをお尋ねしています。
  • 山下:科学的にはゼロとは言えません。

→非常事態、緊急事態であればこそ、「よく分かっていない」ことは「よく分かっていない」と正直に伝え、その情報を受け取った市民一人ひとりに選択をゆだねる必要がある。ウネリウネラはそう考えますが、山下氏は逆のようです。

問題点②【福島の人、広島、長崎の人たちに“失礼な”発言をした】 について

  • 弁護士(被告側):証人は講演会の中で復興についてもお話しされていますね。
  • 山下:はい。
  • 弁護士:復興についてお話しされた趣旨について教えていただけますか。
  • 山下:私たちがチェルノブイリに入ったのは事故後5年でした。同時に何が起こったかというと、ソ連が崩壊しました。私がここ(福島)に来た時に最初に思ったのは、日本の中における原発事故に対し、どう対応するか。もちろん、健康のリスクも重要ですけど、当然、二次的な影響を及ぼす日本という国の在り方、あるいは今後の復興というのを強く思いました。そのため、常に復興を視野にして発言をしたというふうに思います。
  • 弁護士:県民や国民の健康よりも県や国の復興が大切だ、そういった意図はあったんですか。
  • 山下:いいえ、全くありません。
  • 弁護士:各種講演会でさまざまな発言をされています。何を思って、一番何を伝えたかったのかを教えていただけますか。
  • 山下:長崎の原爆被爆者、あるいはチェルノブイリの被災者と接し、そういう経験をここに生かすことを運命づけられたと思いました。ですから、大変な困難の中でそういう活動をすることを、私自身は嫌だと思いませんでしたし、ある意味で、ここの人たちと一緒に努力をしたいというふうに思って活動してまいりました。
  • 弁護士:県民の皆さんに対して何か伝えたいことはあったんでしょうか。
  • 山下:一番伝えたかったことは、覆水盆に返らず、転禍為福、災いをいかにして福に変えるかということで、いずれにしましても今、大変な時期にありますし、復興に対しては、かなりの部分、自己決定が重要な要因になると思います。自助、互助、公助、我々みたいな者が来る外助、そういうものを総合して、福島の復興に貢献したいという風に思ってます。
  • 弁護士:復興に貢献したい、その前にまず国民の健康が第一、それはあるんですかね。
  • 山下:はい。

→山下氏の考え方がとてもよく表れている部分だと思います。覆水盆に返らず、転禍為福。しょうがなく最後、被告側の弁護士が「国民の健康が第一、それはあるんですかね」と聞き直していますね。


【地裁判決】

 次に、判決結果です。2020年3月の証人尋問を踏まえ、今年3月の地裁判決は「山下発言」にどのようなジャッジを下したのでしょうか。判決の中身を一言で書くと、以下になります。

いろいろ不適切なところはあったかもしれないけど、違法ではない。

 地裁判決は、山下発言の問題をいくつかのポイントに絞り、その一つ一つについて違法かどうかの評価をくだしました。以下のような結果になりました。

1)100m㏜/年までの被ばくであれば発がんリスクはない旨の発言

一般の参加者向けに平易に説明したものと言える。異なる意見はあるにせよ、だからと言って、放射線の健康被害に関する科学的知見に著しく反する内容であるとか、混乱を避け福島県の経済復興を最優先課題とする発言と評価することはできない。

福島地裁判決より

2)100μ㏜/時の被ばくであれば健康影響の心配はいらない旨の発言

一般聴衆に対する誤解を招く内容といえ、問題があるとの指摘を受けてもやむを得ない発言であった。しかし、県内の住民に対する放射線に対する警戒心を解き、多くの住民が福島県外に避難することによる混乱を回避する意図があったと認めるに足る証拠はない。

同上

3)放射線の影響はニコニコ笑っている人には来ず、クヨクヨしている人に来る旨の発言

不快に受け止めた聴衆がいたであろうことが推測されるし、不適切であるとの批判もあり得るところであり、被災者が当時置かれた状況を思えば慎重に言葉を選ぶべきであったと言えるが、積極的に誤解を与えようとする意図まではうかがえない。

同上

→以上です。地裁判決は「違法ではない」としつつも、「問題があるとの指摘を受けてもやむを得ない」とか、「不適切であるとの批判もあり得るところ」などと書いています。要するに、判決は「損害賠償を命じるような話ではない」と指摘しているだけで、けっして「山下発言」を「OKだった」と言っているのではありません。このことは覚えておくべきだと思います。

 この件は仙台高裁でももちろん再度議論になるところだと思いますので、要チェックです。


【「山下発言」問題の意味】

 この問題を考える時、「結局今も同じようなことが起きている」と思ってしまうのです。ウネリウネラが山下発言の問題点を指摘するとしたら、「科学者が、たちの悪い政治家のようなことまでしている」ということだと思います。

 低線量被ばくの健康リスクは「よく分かっていない」。それなのに、”復興”を視野に入れすぎたために「一般の人は全く心配要りません」と明言してしまった。科学には不確実な部分があり、科学者はその点については慎重で曖昧な物言いをしなければならないはずですが、「政治」を意識するとそれができなくなります

 「権力」と「科学」の癒着はよくないと思います。

 原発の汚染水についても同じようなことが言えないでしょうか。

 「トリチウム水は科学的には安全だ」と言い切る学者・専門家の方がたくさんいますが、「山下発言」を経由してこの問題を考えると、本当にそう言い切れるのだろうかと心配になります。

 たとえば日本政府が「トリチウム水の安全は完全には証明されていないから海には捨てない」と表明した、と仮定します。このとき、政府に対して「科学的には安全なんだから海に捨てていいんだ」と反論する学者・専門家がどれほどいるでしょうか。

 事故から10年たった今も、とりわけ原発をめぐる物事には、「山下発言」が潜んでいる可能性があります。そういう意味で、この山下発言問題は、何度も何度も蒸し返さなければならないと考えています。

子ども脱被ばく裁判ホームページ (kodomodatsuhibaku.blogspot.com)

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