2007年5月、新潟市水道局の男性職員(当時38)が自死しました。亡くなったのは職場でのいじめ・ハラスメントが原因だとして、遺族が水道局を訴えています。
2015年に始まった裁判はとうとう山場を迎え、2月28日、新潟地裁で証人尋問がありました。証言したのは直属の上司だった「A係長」。いじめ・ハラスメントの加害者だと疑われている人物です。法廷の模様をレポートします。
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2月28日、新潟地裁1号法廷。A係長への証人尋問は2時間半を超える長丁場になりました。
①いじめ・ハラスメント言動は全否定
裁判の最大のポイントは、A係長から亡くなった男性に対していじめ・ハラスメントがあったかどうかです。原告(遺族)側の裁判資料などによると、以下のような情報があります。
- 2006年夏頃、男性は「係長の態度ががらりと変わった。おれが何をしたと言うんだ」などと話していた。(男性の妻Mさんの話)
- 2007年の秋頃、「係長から威圧感のある嫌な風が吹いてくる」と男性が話していた。(同僚の話)
- 2007年の年末、男性が家族旅行のために年休を取った時、係長から叱られた。男性は「年休のことでいろいろ言われた。係長から完全に干された」と話していた。(妻Mさんの話)
- 仕事の進捗状況についての打ち合わせで、男性は係長から不当ないじめを受けていた。「あなたはどうせできていないんだろう」などと言われていた。(同僚の話)
これらに対してA係長の認識はどうだったのか。原告(遺族)の弁護団が追及しました。
弁護士 男性に対して、2006年頃から態度が変わったということはありませんか?
A係長 ありません。
弁護士 「『係長から嫌な風が吹いている』と話していた」という同僚の話がありますが、ちがいますか?
A係長 ありません。
弁護士 男性は2007年末に家族旅行のために年休を取りましたね。
A係長 年休を取ったのは把握していますが、家族旅行をしたのは知りませんでした。
弁護士 男性が年休を取った時、あなたは男性に何か言いませんでしたか?
A係長 男性の担当していた仕事に(係の外の人から)問い合わせがあったことを伝えました。
弁護士 男性は奥さんに、「旅行のおみやげを渡そうと思っていたけど、(あなたに)注意されておみやげを出せなかった」と話していますが?
A係長 注意ではなく、指導したということはあります。
弁護士 男性は奥さんに「係長から完全に干された」と。突き放した表現をしたことは?
A係長 してません。
弁護士 仕事の進捗状況の打ち合わせ会議で、男性に「あなたはどうせできてないんだろう」と言ったことはありませんか?
A係長 ありません。
弁護士 ねちねちと指導していたように聞きますが、それは必要だったんですか?
A係長 そういった認識はありませんでした。
弁護士 あなたと男性が二人で車に乗って移動中に、ずっと注意したことは?
A係長 記憶にありません。
弁護士 男性が亡くなる前、多くの人が「元気がない」などと変化に気づいていたのに、あなたは気づかなかったと?
A係長 はい。気づきませんでした。
【傍聴者ウネリウネラの感想】
要するに「全否定」です。これは予想通りと言えるでしょう。裁判の被告(新潟市水道局)側は、「いじめ・ハラスメントはなかった」ということで、遺族への損害賠償を拒み、この裁判に発展しているのですから。
しかし、ほかの同僚が「男性の元気がない」と気づいていたのに、A係長が気づいていなかったというのは不自然です。もしこれが真実だとしたら、やはり少し、部下への目配りが欠けていたと言えるのではないでしょうか。
②同僚たちからの評判は?
A係長の人柄、部下への接し方について、同僚たちは辛口な評価をしています。このことについては、係長自身はどう考えているのでしょうか。原告側弁護団の尋問は続きます。
弁護士 部下のあなたの評価を知っていますか? 「人の意見に耳を傾けない。異なる意見に語気を荒げる」という評価があります。
A係長 そういうことはありません。
弁護士 「やさしい声をかけてもらったことがない」という指摘もありますが?
A係長 それはありません。
弁護士 「気に入らなければ無視する」とも。
A係長 それもありません。
弁護士 「職場で挨拶もなかった」というのもありますが?
A係長 挨拶をしたことがない、ということはありません。
弁護士 あなた、謙虚に聞く姿勢はないんですか? 否定するだけ。そういう態度に問題があったのではないかと思いますが、ちがいますか?
A係長 そんなことはなかったと思います。
【傍聴者ウネリウネラの感想】
原告側弁護士の「謙虚に聞く姿勢はないんですか?」という指摘はもっともだと感じました。本人にとっては身に覚えがないことなのかもしれません。でも、まわりの上司や部下たちがそう言うのだったら、自分にもどこかまずい点、反省すべき点があったのではないか。そのように一切考えないのは、少し不自然に感じました。
③男性の死亡直後、別の職員が異動していた
男性が亡くなった直後、同じくA係長の部下だった別の職員が、異動していきました。異例の人事異動で、A係長の指導に問題があったようです。この点を本人はどう受け止めていたのか。
原告側弁護士 男性が亡くなった後、あなたの仕事が余計にかたくなになった、今までよりも厳しくなった、と言う人がいますが、変わりはなかったですか?
A係長 はい。
弁護士(A係長の上司である)課長から呼び出され、〇〇さん(異動した職員)のことで話をしましたね?
A係長 課長に別室に呼び出され、怒鳴られました。
弁護士 何を怒鳴られたんですか?
A係長 私の責任だと。「なんで、こういう風になるんだ」という言い方で怒鳴ったと思います。
弁護士 課長は怒鳴る理由を言わなかったんですか?
A係長 理由は「〇〇さんが、仕事がきつい」と。
弁護士 仕事じゃなくて、あなた(の指導)でしょ?
A係長 いいえ。そうではないと思います。
弁護士 事実と違うことを言ってもダメです。〇〇さんはあなたのことで苦情を言った。それが理由で課長があなたを叱った。(課長が叱った理由は)あなたの指導の仕方でしょ?
A係長 はい。
弁護士 これに反省して、あなたが変えたことは?
A係長 気をつけていたと思います。
弁護士 どういうことに気をつけたんですか?
A係長 誤解を招かないように、部下と話をするように、ということだったと思います。
このことについては、裁判官もA係長に質問しました。
裁判官 男性が亡くなってすぐ、〇〇さんもあなたの係を出たいと課長に言ったのですよね?
A係長 はい。
裁判官 課長はあなたの指導が悪いと叱ったんですよね。
A係長 はい。
裁判官 それは〇〇さんのことだけなんですか? (亡くなった)男性のことは?
A係長 〇〇さんのことだけです。
裁判官 〇〇さんのことだけで怒鳴られたのですか?
A係長 そうだと思います。
【傍聴者ウネリウネラの感想】
男性が亡くなった直後、ほかの職員が異動になったのは重大な事実だと思います。A係長は当初、自分の指導とは関係がないような証言をしましたが、原告側弁護士が「事実と違うことを言ってもダメです」と注意した結果、指導の仕方が問題だったことを認めました。
さらに続いたのが裁判官の質問です。「課長が怒った理由は〇〇さんに対する指導だけなんですか? 亡くなった男性のことも含めて怒ったのではないですか?」とA係長を問い詰めました。
裁判官もA係長の指導に問題を感じているのではないかと、筆者は傍聴席で感じました。
④男性の仕事へのサポートは十分だったのか?
男性は亡くなる前、「給水装置修繕工事単価表」の改訂、という作業をしていました。この仕事が大変だったかについても、原告と被告で意見が分かれています。おおざっぱに双方の主張をまとめます。
- 原告(遺族):「男性にとっては不慣れな仕事で、十分な引継ぎや上司の指導もなく、男性を精神的に苦しめる原因になった」
- 被告(新潟市水道局):「男性のこれまでの経歴によれば、単価表作成業務は十分にこなせる仕事だった。困難な仕事ではなかった。」
たとえ大変な仕事だったとしても、前任者からきちんとした引き継ぎがあり、職場全体でフォローしアドバイスする雰囲気があれば、男性は苦しまなかったかもしれません。要するに、まわりの人がきちんとサポートしていたかどうかだと思います。直属の上司であり、単価表の仕事を任せたのはA係長です。サポートする役割も当然担うべきだったでしょう。
適切にサポートしたのか。A係長の証言は以下です。
原告側弁護士 あなたは、亡くなった男性が前任者から単価表作成業務の引継ぎを受けたかどうかを確認しましたか?
A係長 確認しました。
弁護士 どんな確認をしたんですか?
A係長 私が男性に「問題点は?」と聞くと、男性からは「ありません」との答えだったので、それ以上の確認はしませんでした。
弁護士 あなたは(裁判に証拠提出されている書面の一つに)「単価表作成の仕事がここまで負担だったことを分からなかったのは残念だ」と書いてますね。
A係長 覚えてません。
弁護士 「ここまで思い詰めてたことを分かってやれなかったのは残念だ」と書いてます。
A係長 覚えてません。
弁護士 「間に合わなければ、みんなでやろう」というようなことを、あなたは男性に言ってないでしょう?
A係長 言ったと思います。
弁護士 ではなぜ、その話は今まで(裁判に証拠提出されている書面の中の)どこにも出てきてないんですか? あなたはこれまで一度もそんなこと言ってませんよ。
職場の適切なサポートはあったのか。裁判官もこの点を指摘しました。
裁判官 単価表を作成する仕事について、あなたは誰かが男性に教えてやらないといけないと思わなかったんですか?
A係長 はい。前任者とか、私を含めた課のまわりの人間とかが。(男性の先輩にあたる)Hさんとかは同じ仕事の経験があるので、(男性の仕事にアドバイスができた)という風に思っていました。
【傍聴者ウネリウネラの感想】
少なくとも、A係長は部下へのサポートを重視する人物ではなかったことが推測できます。「問題点があったら報告するように」と言うだけでなく、こまめに声をかけたり、仕事の進捗を確認したりすることはできたはずです。裁判官の「誰かが教えてやらないとと思わなかったんですか?」という質問に対し、「自分が率先して教える、あるいは目配りするべきだった」という回答にならないのは、上司としてはやはりおかしいと思います。
A係長は男性に対して、「単価表の仕事が間に合わなければみんなでやろう」と声をかけていたのでしょうか? A係長は法廷で「言ったと思います」と証言しました。しかし、裁判はこれまで何年も続いており、A係長は複数の陳述書を提出しています。裁判の終盤になって初めてこうした会話があったことを言い出したのだとしたら、少し不自然ではないでしょうか。
⑤亡くなった男性のことをどう思っているのか?
原告側弁護団は法廷で、男性が自宅のパソコンや携帯電話に遺していたメッセージを読み上げました。部下が一人亡くなったことについて、A係長がどう思っているのかを確かめました。以下の場面です。
弁護士 〈あの人とはもうやっていけない。1年目はまあやさしかったが、2年目からはすごく変わり、自分のことしか信じない。答えがあるのに教えないで考えさせ、あげくに説教〉。ここに出てくる「あの人」とは、あなたじゃないんですか?
A係長 分かりません。
弁護士 あなただとは思いませんか?
A係長 思いません。
弁護士 〈どんなにがんばろうと思っていても、いじめが続く以上生きていけない。分からないのは少なくとも分かっているはずなのに、いじめ続ける。人を育てる気持ちがあるわけでもないし、自分がおもしろくないと部下に当たるような気がする〉。こう書いているんですが?
A係長 「いじめが続く」とは、私がいじめ? そうは思いません。
弁護士 彼はこういう遺書をのこし、命を絶っています。でも、いじめたという認識はないのですね。
A係長 ありません。
弁護士 あなたは、男性や、原告である男性の奥さんに、一度も謝罪していない。なぜですか?
A係長 至らないところがあったとは思っていないので、謝罪する気はありません。
【傍聴者ウネリウネラの感想】
自分に「いじめ・ハラスメント」の認識があったかどうかは別として、男性は遺書にそう書いていたのです。それを知った時、「自分に問題があったのでは」と少しも考えないのでしょうか? 筆者はA係長に対して違和感を禁じ得ませんでした。
証人尋問は、双方の弁護士や裁判官からの質問に答える場です。裁判の傍聴だけでA係長の心情をすべて理解したと考えるのは大きな間違いです。しかし、証言内容や話している時の態度から、心情の一端を読み取ることはできます。この尋問を傍聴する限り、尊い命が失われたことについて、A係長が重大なこととして受け止めているとは思えませんでした。
亡くなった男性の妻Mさんは、この証言を聞きながらどのように感じたでしょうか。原告席に座っていたMさんは、両手で顔をおおっていました。
次回は妻Mさんが証言
今回のレポートは以上です。
3月3日には亡くなった男性の妻Mさんが証言台に立ちます。今後も裁判をウォッチしていきたいと思います。
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