今年9月、福島県内にオープンした「東日本大震災・原子力災害伝承館」(伝承館)という施設の「あるべき姿」を考えていきます。企画の狙いについては、前の記事「企画のはじめに」をお読みください。

 議論の材料として、館内の展示フロアに掲示されている「文章」をアップしてきました。以下のページにまとめていますので、ご覧ください。

→ 伝承館は何を伝承するのか(展示資料の記録一覧)

 いよいよブログ読者の方からいただいた御意見、御指摘を紹介していきたいと思います。初回は、福島県内の高校教諭(国語科)、深瀬幸一さんにご登場いただきます。

 深瀬さんは、伝承館の来場者がまず最初に見る「オープニング映像」内のナレーション(展示資料の記録①)と、前半の展示エリア「災害の始まり」内の〈事故前の暮らし〉に関する文章(展示資料の記録②)について、気づいたことを書いてくれています。

 ぜひお読みください!


【深瀬幸一さんからいただいたコメント】

●オープニング映像のナレーションについて

 西田敏行は福島県の有名人です。その素朴さが売りの俳優です。『釣りバカ』シリーズなど僕も嫌いではありません。

 でも、1967年から始まる昔語りはあまりにも素朴過ぎやしないか。原発は地元に多大な雇用をもたらし、日本の経済成長を支え続けた。
そこから何と一気に2011年に飛んでしまう。
僕は1961年に生まれました。原発の歴史とほぼ重なっています。

 原発が作られたことは、地元に雇用を生み出しただけではありません。その地元にできた伝承館の入り口で、原発は地元に雇用を生み出し日本の成長を支え続けたとシレッと総括してしまうことにまず違和感を持ちました。
原発のカネをめぐって、地元の人々が分断されどんなに深い傷を負ったことか。同じ福島県に生きるものとして痛ましい思いでした。

●展示エリア<事故前の暮らし>について

 〈事故前のくらし〉の文章を読んで驚きました。これは「事故前のくらし」ではありません。「原発が作られる前のくらし」だと思います。原発こそが地元の生活を大きく変えてしまったのです。言うまでもなく原発の「事故」はその延長線上にあるのです。
原発によって地元の生活が豊かになったなどと臆面もなく言うのは誰なのでしょう。

 35年ほど前、僕が教員になったばかりの頃、軟式野球部の顧問として大熊町の野球場で何回か試合をしたことがあります。その時に大熊町に宿泊しました。町は箱モノなどの施設は立派なんですが、人の姿は見えず寂れた印象がありました。宿泊した旅館からは、小高い場所に、「原発建設関連の仕事をする人々用」(そう旅館の方はおっしゃっていました)の大規模なアパート群が見えました。でも、町に人々の姿は見えません。そのギャップが印象に残っています。


【ウネリウネラから一言】 

 事故前までは原発が地元経済にとって「いいことづくめ」だった、という印象を与える伝承館の展示にはウネリウネラも違和感をもちました。

 伝承館の展示パネルは以下の二つを主なデータとして、原発が地元に雇用を生み出したことを強調しています。(表・グラフとして掲示されているので、本ブログでは紹介していませんでした)

① 2010年時点の「第三次産業就業者に占める電気・ガス・熱供給・水道業就業者の割合」が、県内全体では「1.3%」なのに対し、双葉郡(双葉、大熊など原発の地元)は「9.8%」であること。

② 双葉郡内の人口が1970年から85年にかけて増加したこと。

 しかし、原発による景気浮揚効果は、実際には一時的なものに過ぎないのではないでしょうか。上記②の人口ですが、伝承館には1995年までの数字しか掲示されていませんが、実際には双葉郡でもちょうど90年代後半以降に人口の減少傾向が始まったようです。

 また、上記①のように地元の雇用が「原発一色」に近い状態になってしまうのは決していいことではないと思います。仮に事故がなかったとしても、双葉郡の将来は明るいものだったのでしょうか。

 1985年に発行された「大熊町史」には、すでにこのような記述があります。

住民たちも、原発がやがて耐用年数がきたとき、そこはまったく使用不可能な廃墟となるのではなかろうかということに「不安」を持っている。それこそ本当の意味でのポスト原発である。そうなったとき、現在の町の財政の歳入面の圧倒的部分をなしている原発からの固定資産税収入などもなくなるのである。

大熊町史 第四章「電力」より

 「原発華やかなりし頃」から、ポスト原発の問題は見えていたのです。原発はいったん建設されれば、どうしても地域の雇用を吸収します。当面はいいかもしれませんが、「原発以外の産業が地域に育たない」ということにもつながると思います。

 伝承館の展示は、原発が地元経済に与える「負の影響」について全く触れていません。もちろん、経済以外のこと、地域の文化的営みなどについても説明は乏しいです。

 この地域に原発が立った経緯や地域への影響は本来、伝承館でもっと語られる必要があると思います。どんなことを「伝承」するべきか。皆さんのご意見を伺いたいです。

 大熊町史のことは、福島市在住のジャーナリスト、小林茂さんに教えてもらいました。深瀬さん、小林さん、ありがとうございます。  


皆さまからのコメント、大募集中です!

 とうとう「みなさんの声」シリーズを始めることができましたが、まだ数名の方からしか、いただいておりません(涙)。このままでは、年内にも終了してしまいそうです。

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※フォームでの送信がうまくいかない場合や長い論考などはuneriunera@gmail.comへお願いします。コメント欄などもお気軽にご活用ください。

 これで館内の概ねすべての展示文章の掲載が完了しました。

 各エリアの展示文章はこちらの一覧にまとめています。→「伝承館は何を伝承するのか」

 多くの方からご意見をいただき、議論を深めたいと思います。ひと言コメントも歓迎です。投稿、お待ちしています。

ご意見、ご感想はこちらから↓

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