【新潟市水道局職員自死事件】市当局は誠意をもって遺族と向き合っているのか

報道

 新潟市水道局に勤めていた男性職員が、2007年5月に自ら命を絶ちました。38歳でした。上司である「係長」からいじめを受けていたとして、公務災害(仕事が理由での死亡)が認められました。2011年11月のことです。

 ところが新潟市は、第三者を介さない「身内による調査」を行い、その調査結果に基づいて「いじめはなかった」と反論を始めました。遺族はやむを得ず、2015年9月、新潟市に損害賠償を求める裁判を起こしました。裁判は今も続いています。

 新潟市は亡くなった方とその遺族に対して、誠実に向き合っていると言えるのでしょうか。取材しました。


【ある男性職員の自死】

 訴状などによると、亡くなった男性は1990年に新潟市水道局に採用され、20年近くにわたって浄水課や維持管理課などで働いていました。2005年4月から男性の直属の上司になっていたのが、「係長」のA氏でした。男性の妻は翌2006年の夏ごろ、男性がこう口にしたのを聞いています。

「ある日突然係長の態度ががらりと変わった。いったいおれが何をしたというんだ。どうすればいいんだ」

 それからというもの、男性はくりかえし、A係長との関係についての悩みを、妻に話しました。

「A係長に完全に干された」

「(年休取得についてA係長から叱られ、)年休を取ってこんな目に遭うのなら、『年休を取るな』と前もって言ってくれたらよかった」

 年が明けて2007年になると、男性の悩みはいっそう深まっていったようです。妻が覚えているは、男性のこんな言葉です。

「自分は馬鹿だ。ダメな人間だ」

「自分さえいなければ、みんなうまくいく」

 2007年5月、男性は自ら命を絶ちました。自宅のパソコンにメモが残されていました。

<どんなにがんばろうと思っていてもいじめが続く以上生きていけない。(中略)人を育てる気持ちがあるわけでもないし、自分が面白くないと部下に当たるような気がする。…いままで我慢してたのは、家族がいたからであるが、でも限界です。>

男性は卓球が得意で、社会人の大会にも出場する腕前だった=遺族提供

【公務災害と認められる】

 地方公務員のけがや病気は、「地方公務員災害補償基金」(以下、基金と略します)という組織が、仕事が原因の「公務災害」かどうかを判断します。

 基金の新潟市支部はいったん男性の自死を「公務外」(仕事が原因ではない)と認定しましたが、遺族が再び審査を求めたところ、2011年11月、基金の新潟市支部審査会は元の判断をくつがえし、「公務上」(仕事が原因である)としました。

 「公務上」に判断が変わったのは、遺族の代理人となった弁護士たちが、男性の同僚たちから「いじめ」を裏づける証言を引き出し、それを陳述書にまとめて基金に提出したからです。陳述書によると、同僚たちはこんな証言を行っています。

「2007年1月以降は、A係長が在席していると、●●さん(男性)の挙動がおかしく、仕事の話でさえ、係長がいる前では落ち着いて会話ができない様子でした」

「●●さんが作成した議事録について、些細なミスに過ぎないにもかかわらず、明らかに馬鹿にしたような口調で、何度も突き返して一言一句修正をさせた挙句、最後には、『こっちで作ったからもういい』と述べて、●●さんの成果品の受領を拒んでいたことがありました」

「A係長の行動は誰が見ても異常であり、管路課のB課長、C課長補佐も維持管理係の雰囲気の異常さには気づいていましたが、C課長補佐は、『俺も(A係長のことは)苦手なんだよね』と述べて、具体的な対応がなされることはありませんでした」

 基金の新潟市支部審査会は、この陳述書の内容を重視し、「A係長の被災職員(男性)に対する言動は、著しく理不尽な『ひどいいじめ』であった」と結論づけました。そして、男性の死を公務災害と認めたのでした。

【市が「いじめはなかった」と反論、裁判へ】

 遺族によると、公務災害の認定後、一時期は新潟市が遺族に損害賠償を行う方向で、話し合いが進んでいました。しかし、認定の翌年、2012年秋ごろから新潟市の態度が変わり、「いじめはなかった」と言い出したそうです。のちの裁判で、新潟市はこのように述べています。

<そもそもこの裁決書(地公災基金の決定)の内容に対し不服があった。(中略)聞き取り調査を行った結果、裁決書記載の認定は誤っているとの結論に至ったため、代理人(弁護士)同士のやり取りでは、賠償に応じられない旨連絡した次第である。>

 A係長や同僚職員らに「聞き取り調査」を行ったところ、職員たちが陳述書に書かれた内容を否定した。当のA係長も否定した。だから、「いじめはなかった」。というのが、新潟市の言い分です。 

 当然遺族は納得できず、新潟市を相手取り、損害賠償を求める裁判を起こしました。新潟市はその後も「いじめはなかった」との主張をくり返し、現在に至っています。

【A係長が定年に】

 そうした中でこの3月、「男性をいじめたか」が問われているA係長が定年になります。

 裁判が終わる前にA係長が退職したら、どうなるのか。遺族はそれを危ぶんでいます。裁判でいじめが認められたとしても、新潟市は責任をもってA係長に謝罪させるのか再発防止の取り組みに対して、A係長に協力を義務付けることはできるのか。遺族はとても心配しています。

 このため、遺族は昨年11月、新潟市長と水道局トップに宛てて、「早期解決」を求める要請書を提出しました。要請書には4000筆以上の署名もつけられています。

 しかし、市側の対応に変化はありません。

遺族は昨年11月、「早期解決」を求める要請書を新潟市に提出した=遺族提供

【ウネリウネラの考え】

 以上が、「新潟市水道局職員自死事件」のこれまでの経緯です。ウネリウネラは新潟市の対応を看過できません。特に、新潟市が行った「聞き取り調査」は、非常識、かつ不誠実です。

 遺族によると、調査を行ったのは、公務災害の認定から約1年後の2012年9月~10月。A係長や同僚たち、約40人が調査対象になりました。

 そして重要なのは、聞き取りを行ったのが「経営企画室長」など幹部を含む市職員4人だったことです。

一般的に考えてみて、この対応はおかしいのではないでしょうか。

 職員の「いじめ自死」はとても深刻な、市の不祥事です。市役所の幹部たちにはこの問題を「小さなこと」、あるいは「なかったこと」にしたいという気持ちがあってもおかしくありません。

 こうした人たちが聞き取り調査を行うのは、はたしてフェアでしょうか。

 聞きとりの対象となったのは、市役所の現役職員たちです。「証言しだいでは自分の立場に影響するかもしれない」と思う人もいたでしょう。しかも、職員1人に対して4人で聴取するという状況では、重圧を感じても不思議はありません。調査がどのような雰囲気で行われたのか、詳細には分かりませんが、市側の不利にはたらくことが言いにくい状況だったことは、想像に難くありません。

 このような「身内による調査」を根拠に、地公災基金が出した公務災害の認定を「誤りだ」と主張するのは、非常識です。新潟市は、市とも遺族とも一定の距離をおいた第三者に調査を任せるべきでした。市は「発言者を特定しない」ことを約束し、職員たちが思っていることを自由に言える環境を整えてから、調査を行うべきでした。そうでなければ、公正な調査とは言えません。

 そして、こうした調査は本来ならば、遺族と入念に打ち合わせを行った上で実施するべきです。遺族の意見を聞き、遺族の納得を得られる手法で、調査を進めるべきです。

 しかし、遺族によると、職員への聞き取り調査はいつの間にか行われていました。遺族は何も知らされないまま、ある日突然、「いじめはなかった」と言われたのです。これでは遺族に対して不誠実です。信頼関係を壊す許されない行為だと思います。 

【新潟市は対応を改めるべき】

 「いじめがあったかなかったか」について、新潟市に異論があるならば、それは「司法」の場で正当にジャッジされなければならない、とは思います。社会としてはそういう機能を残しておかなければなりません。それは、私たち自身が行政や権力のある者から不当な扱いを受けた場合に、異議申し立てができる場を確保しておかなければならないからです。

 しかし、その前に踏むべき段取りがあるはずです。

 上に書いたように、新潟市は裁判に入る前に、遺族と話し合いを重ねながら、第三者による調査を行うべきでした。遺族にきちんと説明せず、身内による調査を行い、その結果をもとに「いじめはなかった」という主張を展開するのは、あまりにも乱暴です。

 そもそも、基金という組織が調査の上で公務災害を認めた事案です。その調査結果を真摯に受け止めるという姿勢も欠けています。

 大切な家族を亡くした上、勤めていた職場にこのような対応をされたら、遺族はどう思うでしょうか。そのつらい心境は察するに余りあります。

 いま、新潟市ができることはなんでしょうか。

 まずは、事件の「早期解決」を図ることでしょう。裁判が続いているとはいえ、上に挙げたような「第三者による調査」を行うことは可能です。そこでいじめの事実が見つかれば、あえて裁判を続ける理由はありません。

 仮に裁判を続けざるを得ないとしても、裁判外で遺族の声に誠実に耳を傾けることはできます。具体的には、

<裁判が遺族勝訴で終わった場合、たとえA係長がすでに退職していたとしても、新潟市は責任もってご遺族に対してA氏に謝罪させ、再発防止のための取り組みにも最大限協力させる>

 このようなことを遺族に約束することはできるでしょう。

【新潟市の対応】

 このことについて、新潟市に取材しました。

 取材に対応した新潟市水道局の総務課長は、市が行った「聞き取り調査」について、以下のように答えています。

「たとえ内部調査であっても、十分に客観性があったと認識しています。職員個々の気持ちを考えながら、慎重に調査しました。職員を詰問するような調査ではありませんでした。市として、出来る限りのことをしたと考えています。調査のやり直しは、現段階では検討しておりません」

 この回答で一般の人の理解は得られないと思います。そのように総務課長には伝えました。

 続いて遺族が出した「早期解決」の要請書について、総務課長は以下のように答えています。

「裁判で係争中でございますので、真摯に対応したいとは考えておりますが、現段階ではそれ以上のことは申し上げられません」

 次に、A係長が3月末で定年になること、そのことで責任追及が甘くなると遺族が危ぶんでいること、についてです。総務課長ははじめ、以下のような紋切り型で回答しました。

「現在は裁判が進行中ですので、仮の話にはお答えすることができません」

 さすがにこんな回答では納得できないので、もう少し食い下がると以下のような回答でした。

「現役職員だったころの非違行為が退職後に発覚した場合、退職金や給与の返還を求めることになります。今回の場合、退職した職員に対して、ご遺族への謝罪を強く勧めることなども、選択肢として想定されるところではありますが、今の段階では具体的に申し上げられません」

 ということでした。裁判外で遺族ときちんと話し合うべきではないか、遺族のつらい心境を考えたことがあるか、などと質問を続けましたが、総務課長は「今の段階では具体的に申し上げられません」とくり返すばかりでした。

 これが、亡くなった人とその遺族に対する誠実な対応と言えるのでしょうか。はなはだ疑問です。

 亡くなった方も、元はおなじ市水道局の職員です。なぜ、「敵」のように扱われなければならないのでしょう。仮に「裁判」を行う必要があったとしても、裁判と「遺族への対応」は線引きして考え、両立させるべきだと考えます。

(取材・文 牧内昇平)

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