皆さん、こんにちは。本日もうねりうねら。久しぶりにお日さまが顔を出し、雪だるまくんがやせ衰えてしまった福島から報告でございます。我々はきょうも頼みの綱の印刷所さんに顔を出してきました。かの「コウセイ」をいただいて参りました。

 コウセイとは校正刷りのこと。つまり確認用の試作品ということです。ぺらぺらの紙を使って一冊分、大きさを実物に合わせて作ってくれたということです。

 年の瀬に時間を割いてくれたのは、今日も担当のねむ田さんでした。

「はい、これ」

 と眠たそうな目で軽く渡されたコウセイを受け取って、とうとう私たちの文章が本のかたちになった、といい気分になろうとしたのもつかの間、あるものに気づいた私たちはわきの下から汗がじわりと出てきた気がしたのです。

 真っ白いはずのコウセイにはなんと、色とりどりの「ふせん」がついていたのです。

 この段階でふせんを目にするとは思っておりませんでした。でーた入稿の前に二人で目を皿のようにして間違いがないか確かめたはずなのです。こんびにに何度も通ってねっとぷりんとなるものをして変なところを直していったはずなのです。ふせんはもう卒業したはずなのです。それなのに。

「な、なにか間違いでも……」

とおずおず尋ねましたら、ねむ田さんがにこにこ顔で教えてくれました。

「このページ、文章が少しノド側に寄っています」

「こっちはタイトルが他のページよりもノド側ですね」

 云々、云々……。コウセイをめくりながら矢継ぎ早のご指摘をいただきました。矢を放ってから次の矢を弓に継いでまた放つまでが速かったのでございます。「矢継ぎ早」の「早」の字は「速」でなくていいのかなどと素人考えしました。

 さらに言えば速さよりも指摘の中身でございました。ノド側とはなんでございましょう。ノドと言えば魚のノドグロと某公共放送のノド自慢くらいしか知らない私はとりあえず「ほう、ほう」「はい、はい」と適当にあいづちを打ってその場を退散することにいたしました。もちろん、ほとんど誰の手も借りず何となくつくってきた私たちの本に玄人の目をきちっと通してくれたねむ田さんに心の中で手を合わせながら、でございます。

 とりあえず年の瀬に向けてノドの手入れをすればいいのだなと気を取り直したところ、ねむ田さんから藪から棒に重大発表がありました。

「それでは、できあがりは年をまたぎますね」

 というわけで、私たちの本が御目見えするのは早くても松の飾りが取れてから、ということになりました。心待ちにしている方、心から待っておられる方は私たち二人の他にはいないかもしれませんが、もう少々お待ちくだいませ。

 追伸。いんたーねっとで調べてみたら、「のど」とは本を開いたときの内側の部分、右の頁の左側と左の頁の右側、ということでした。なぜ「のど」と言うのかは適当にぐぐっただけでは分かりませんでしたが、反対の部分、本を開いたときの外側は「小口」と言うことは分かりました。

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