【原発事故汚染水の海洋放出】結局いくらかかるのか? 青天井の放出コスト

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 東京電力福島第一原発にたまる汚染水(※)の海洋放出には、どのくらいのお金がかかるのでしょうか。順を追って書いてみたいと思います。(ウネリウネラ・牧内昇平)
(※政府は原発敷地内にたまる水の一部を「ALPS処理水」と呼びますが、筆者はそれらを含めて『汚染水』と呼びます)

当初の試算は「34億円」

 汚染水は原発事故後のかなり早い時点で問題になっていました。多核種除去設備(ALPS)で処理してもトリチウムが取り除けないことは分かっていて、政府(経済産業省)は有識者を集め、このトリチウム水をどう処分するか話し合いました。2013年のクリスマスにはじまった「トリチウム水タスクフォース」という会議です。

※余談ですが、この会議の特徴は「多核種除去設備(ALPS)で処理後の水にはトリチウムしか残らない」という“前提”で話し合われた点です。実際には、炭素14などの放射性物質も取り除けないことが後から広く知られるところとなりました。したがってこの会議は重要な前提が欠けてしまっていると筆者は考えます。

 話を戻します。会議では「地層注入」「海洋放出」「水蒸気放出」「水素放出」「地下埋設」の5つの選択肢が出てきました。これら5案について、2016年6月にまとまった報告書は処分にかかる「時間」と「費用」を試算しました。

処分方法処分に要する期間(月)費用(億円)
地層注入69~156177~3976
海洋放出52~8817~34
水蒸気放出75~115227~349
水素放出68~101600~1000
地下埋設62~98745~2533
経済産業省「トリチウム水タスクフォース報告書」を基に筆者作成

 そしてマスメディアはこの試算結果を大きく報じました。

2016年4月20日付福島民報1ページ
「海洋放出など初試算 第一原発トリチウム 経産省が処分期間と費用」
地層注入、海洋放出、水蒸気放出、水素放出、地下埋設のうち、海洋放出が最も短期間で低費用とした。五種類の処分方法の試算は今後、政府決定の参考になるとみられる。
2016年4月20日付朝日新聞7ページ
「トリチウム除去困難 福島第一の汚染水 経産省部会評価」
除去が難しい放射性物質トリチウム(三重水素)について経済産業省の作業部会は19日、(中略)五つの処分方法を検討した結果、水で薄めて海に放出する方法が最も短期間で安く処分できると評価した
2016年4月20日付毎日新聞6ページ
「専門家部会が了承 トリチウム『海洋放出が最安』」
浄化処理で取り除けない放射性トリチウム(三重水素)の処分方法に関して、海に流す方法が最も短期間で、低コストとする試算結果を示し、了承された。

 これをきっかけとして、世間には「時間と費用のどちらをとっても、海洋放出がリーズナブルなんだな」という相場感ができたと筆者は考えています。

 トリチウム水タスクフォースの報告書にはこう書いてあります。

試算結果は一定の仮定の下での概算であり、実際の処分内容を保証するものではない。

 でも、こういう分かりやすい数字が出てくればマスメディアが注目し、いわゆる「数字の独り歩き」が始まるのは予想されることです。経済産業省は「あくまで試算」と逃げつつ、あえて「数字の独り歩き」を作り出し、世論を誘導していったと言えると思います。

実際にはどのくらいかかるのか?

 では、実際にはどのくらいの費用がかかるのでしょうか。まずは海洋放出のための工事費用です。工事は東京電力が行います。

処理水放出に430億円 福島第1原発 東電見通し

 東京電力は12日、福島第1原発の処理水海洋放出の関連費用が、2021~24年度の4カ年で計約430億円に上る見通しだと明らかにした。費用全体の見積もりを示すのは初めて。

2022年4月13日沖縄タイムス

 各種報道によると海底トンネルなどの工事に350億円、放射性物質のモニタリング設備に30億円…などとお金がかかるようです。(※東電のプレスリリースによると、2022~24 年度の3年間で約437億円かかると書いてありました。)

 この時点で2016年当時の試算から約10倍になっています。

 しかし海洋放出に伴う費用は”本体工事”だけではありません。本サイトで書いてきた通り、政府はテレビCMなどを使って「理解醸成」や「風評(※)対策」のためにさまざまな事業を行っています。※筆者は「放射性物質に対する正当な不安」だと考えています。

 こうした費用はいくらになるのでしょうか。主な出費は、経産省がつくった2つの基金です。

基金①「ALPS処理水(『汚染水』)の海洋放出に伴う需要対策基金」:300億円
テレビCMなどの海洋放出PR事業を行う(30億円)。また、海洋放出後の需要減に備え、水産業者に対して、水産物の一時買い取りや事業資金の借り入れを支援する(270億円)。 
基金②「ALPS処理水(『汚染水』)の海洋放出に伴う影響を乗り越えるための漁業者支援基金」:500億円
全国の漁業者に対して「新しい漁具の購入経費」「燃油コスト削減に向けた取り組み」「省エネ機器の導入」などを支援する。

 本体工事だけでなく、テレビCMなどの広報事業と漁業者支援のために合計800億円が投じられることになります。基金①は直接の「売り上げ減」対策になっていますが、基金②はごく一般的な漁業者支援です。原油価格の高騰などで全国の漁業者が打撃を受けているのは間違いありませんが、海洋放出の問題と絡めて支援するところに疑問を感じます。

 この800億円、正確に言えば広報事業の30億円をのぞいた770億円は、海洋放出に反対する漁業者たちへの「懐柔策」と言えるでしょう。

 これら2つの基金だけではありません。経済産業省は他にもいろいろな政府予算が「海洋放出のために使える」と言っています。政府会議の資料をもとに、その一例を紹介します。

  • 原子力災害等情報発信事業費補助金(1.9億円)
    原子力災害伝承館における理解醸成活動を支援
  • 風評(『正当な不安』)払拭・リスクコミュニケーション強化対策(20億円)
    風評(『正当な不安』)の払拭、ALPS処理水(『汚染水』)に対する理解醸成、諸外国・地域における日本産品に対する輸入規制撤廃などのための国内外への情報発信
  • 水産業復興販売加速化支援事業(40.5億円)
    福島県をはじめとした被災地域における水産加工業の販路回復を促進する取り組みなどを支援
  • 被災地次世代漁業人材確保支援事業(7億円)
    漁業の新規就業者への長期研修や漁船・漁具の導入支援について、福島県に加え近隣県でも実施できるよう対象地域を拡大
  • ブルーツーリズム推進支援事業(2.7億円)
    ALPS処理水(『汚染水』)の海洋放出による風評(『正当な不安』)への対策として、岩手県から茨城県における海の魅力を高めるブルーツーリズムの推進のための取り組みを支援

 ごく一例を挙げました。詳しくは政府の資料を読んでください。
ALPS処理水の処分に伴う施策について(「行動計画」に対応した各省庁の政府予算案等の概要)

 これらの事業がすべて「海洋放出のため」というわけではないでしょう。だから「合計でいくら」という表現はできませんが、800億円を超える予算を使って政府が海洋放出をプッシュしようとしているのは明白だと思います。

ふりだしに戻って考えるべきでは……

 原発事故汚染水の海洋放出にかかる費用は、現時点では以下になります。

東電による本体工事(437億円)+広報/漁業者支援の基金(800億円)+その他の政府予算

 海洋放出案は当初、「34億円」という触れ込みで世に出てきました。それがいつの間にか「1200億円」を超える大出費になっています。これからさらに増えることも考えられるでしょう。

 こうなってしまうと、セメントなどで固めて埋める「地下埋設」と費用面であまり変わらない状況になります。本当に海洋放出しか方法はないのか、もう一度ふりだしに戻って考えるべきだと思います。

みなさんの意見を募集します

海洋放出問題について、皆さまのご意見を募集します。長いものも短いものも、支持する意見も反対する意見もすべて歓迎です。お待ちしております。

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