【裁判レポート】原発事故の責任を追及する「生業訴訟」③

 原発事故の責任を追及する運動は、今も盛んに続いています。5000人超の市民たちが原告団に加わる「生業を返せ、地域を返せ! 福島原発訴訟」、いわゆる「生業訴訟」は、7月1日、福島地裁で口頭弁論がありました。

1本目の記事→原告団に加わった伊達市在住、高橋さんの思い
2本目の記事→違和感があった東電の主張

 法廷で「意見陳述」を行った原告の方をもう一人、紹介します。南相馬市原町区に住む40代の男性です。


「平凡で、平和で、充実した生活を奪われた」

 男性は法廷でこのように語りはじめました。

「両親、妻、2人の息子とともに、原町にある実家で暮らしていました。私たち家族は、原町にて、平凡で、平和で、充実した生活を送っていました。幼い頃から海釣りが好きで、仕事の前後の時間には浪江町、大熊町、南相馬市小高区などの堤防や砂浜で、よく釣りをしていました」

 南相馬市原町区は、一部が福島第一原発から20キロ圏内ですが、男性の実家はそこから少し離れて、20~30キロ圏内に位置していました。

 「仕事の前後の時間には釣りをしていた」と言う男性。その「仕事」は、福島第一原発の点検・整備でした。1999年から原発事故が起きるまで、東電の下請け作業員として、イチエフ内で計器類の点検業務を担い、2006年ごろには現場責任者の「職長」になったそうです。

「東電からは、原発は多重防護がされているから絶対安心安全であると教わりました。私は、これを素直に信じていました」

 2011年3月11日、5号機の定期検査業務をしている最中に、地震に襲われました。4時間かけてようやく帰宅。翌日からは地元の原町で、消防団の遺体捜索活動に参加しました。その最中に、原発の爆発音を聞きます。

「『もう終わった』と思いました。爆発の恐怖を感じながらも、捜索活動があるのに逃げるわけにはいかないと思いました。しかし家族は避難をしたがっており、葛藤に苦しみました」

 一家で福島県の内陸部、会津坂下町に避難。仕事がなくなり、経済的に不安な状況に陥りました。

「当初は賠償の話も一切分からず、家族全員が収入を得る糧を失い、どうやって暮らしていけばよいのか、不安ばかりが募りました」

 以前の勤務先からの紹介で、南相馬市の北隣、相馬市内にある火力発電所の復旧工事に加わりました。避難先の会津坂下町と職場とを片道3時間かけ車で往復する日々でしたが、2012年末にその復旧工事が終わると、また失業状態となってしまいます。

 ハローワークに通って仕事を探すなか、男性は釣り船の運行を始めようと思い立ちました。2015年に開業。ようやく軌道に乗ってきた今年の春、またもや大きな障害が目の前に立ちはだかりました。

 福島第一原発の汚染水を海洋放出する方針が発表されたのです。

 仕事の面では大打撃です。釣り客からは「海洋放出されたら、また魚が汚染されるよね」と言われたそうです。国や東電は汚染水に含まれるトリチウムは安全だと言いますが、男性はそれを信じられないといいます。

「私は、原発は絶対安心安全だと東電に教えられ、それを疑うことなく信じて働いてきました。ところが事故が発生し、信じてきたのに裏切られ、原発での仕事もなくなりました。国と東電の説明を信用することはできません。海洋放出は絶対にやめてほしいです」

 男性は意見陳述の最後に、このように語りました。筆者(牧内昇平=ウネリ)の印象にいちばん強く残った部分です。

「特に仲の良かった10名の友人たちは、みんな原町から避難したままです。友人たちは避難先で仕事を見つけ、こどもの育児や進学もあり、避難先で生活を続けています。原発事故は、私から平凡で平和で充実した生活を奪い去りました。今は将来の不安に押しつぶされそうになりながら、日々暮らしています。人生を返してほしいというのが私の願いです」

 男性は家族と離れ離れにならないように、必死にがんばってきたのだと思います。しかし、仲のよい友人たちとは離れざるを得なかった。それぞれに家族があり、仕方がありません。けれど、家族同様、友人たちも、男性にとってかけがえのない存在です。一体なぜそんなつらい思いをしなければならないのでしょうか。何も悪くない人々が、「平凡で平和で、充実した生活」を奪われる理不尽さを痛感しました。

 男性は終始よどみなく、太いけれども穏やかな声の調子で意見陳述を行っていました。

 でも最後、「今は将来の不安に押しつぶされそうになりながら」というところで、その声が少しか細く、途切れそうになりました。

 筆者は、男性の心に十年間たまってきたものを、そこに見たような気がしました。

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