2017年10月、福島第一原発(イチエフ)の構内で、自動車整備士の猪狩忠昭さん(当時57)が過労死しました。放射能に汚染された車両を整備する、過酷かつ長時間の労働でした。ご遺族は裁判を起こし、東電を含めた職場の責任を追及しています。
昨年3月の福島地裁いわき支部判決は、猪狩さんの直接の雇用主だった「いわきオール」(本社いわき市)の責任は認めたものの、イチエフの最終責任者である東電ホールディングスの責任は認めませんでした。納得のいかない結果だったので、遺族が仙台高裁に控訴しました。高裁判決の日が近づいてきましたので、これまでの経緯を紹介します。
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判決の内容(2021年3月30日)
地裁判決のふり返り
この裁判の原告は猪狩さんのご遺族。被告は「いわきオール」「宇徳(本社・横浜市)」「東電ホールディングス」という3つの会社です。
猪狩さんは「いわきオール」の社員でしたが、実際に働いていたのは「東電」が最終責任をもつイチエフ内の、「宇徳」が管理していた車両整備工場でした。東電(発注元)ー宇徳(元請け)ーいわきオール(下請け)という「多重請負構造」のもとで働いていたのです。
裁判で遺族は3社ともに責任があると訴えました。
いわきオールには社員の健康を守らなかった責任がある。東電はイチエフ内の救急医療態勢を整えなかった責任を負う。宇徳はその両方に絡む。こういう主張です。
昨年3月の福島地裁いわき支部判決は、いわきオールに対しては損害賠償を命じたものの、宇徳と東電については「責任なし」としました。このため遺族は、宇徳と東電に対する部分のみ、仙台高裁に控訴していました。
イチエフの救急医療態勢
「イチエフ内の救急医療態勢を整えなかった責任」とは何か。
猪狩忠昭さんは2017年10月26日、イチエフ内の整備工場で午後の作業に入る直前に苦しみはじめました。同僚たちがER(救急医療室)に運び込んだものの、亡くなってしまいました(死因は「致死性不整脈」)。この時の対応を遺族側は問題視しています。
猪狩さんが倒れた時、同僚たちには連絡手段がありませんでした。私有の携帯は構内に持ち込んでおらず、東電や宇徳から事務連絡用の携帯貸与もありませんでした。このため同僚たちは「ERのドアをたたき、中にいる職員に気づいてもらう」という原始的な方法で、急病人がいることを伝えるしかありませんでした。東電の職員でさえ「これで2~3分の遅れが生じた」と認めています。
イチエフという過酷な労働環境において、このような対応は余りにもお粗末ではないか。東電と宇徳も猪狩さんの死の責任の一端を負うべきではないか、というのが遺族側の主張です。
仙台高裁での展開
仙台高裁での控訴審は昨年9月に口頭弁論が開かれました。遺族を支援する「福島第一原発 過労死責任を追及する会」の会報にその様子が詳しく書かれていました。ウネリウネラはこの日傍聴できなかったので、この会報を紹介させてもらいます。追及する会の事務局次長、牧野悠氏の文章です。
弁論は11時から始まりました。まずは、遺族のお二人(猪狩忠昭さんのお連れ合い、息子さん)が意見陳述を行います。おふたりは、「事前に連絡がなかったので慌てた」とERの医師(当時)が証言したことや、東電が配布した連絡カードにERの電話番号が書かれているのに誰も携帯電話を持っていなかったことを述べ、「作業員の命を軽視しないで下さい」と原発労働者の環境改善を訴えました。
「追及する会」会報
牧野氏はこのあと「さて、ここからが驚きの展開でした」と書きます。どんな展開になったのか。
裁判長は、地裁判決に触れながら「いわきオールの責任が明らか。その職場を提供していたのが東電と宇徳」と前置きをして、全員に語りかけるように話し始めました。
同上
(中略)
東電・宇徳が提出した「死亡当日の経緯」を示しながら、「『13:03 作業員らが除染室に連絡し、ERの職員が物音に気付く』と書いてある」「ERの職員が物音に気付いて初めて、緊急事態だと気付いた。これが現代の最先端の原発の救急のあり方なのか。そのことを普通の人は疑問に思わないのだろうか。『物音に気付く』とはいったい何なのか!」と疑問を呈しました。
裁判長の東電追及はさらに続いたようです。
次に、ER職員であったM氏(地裁で証言予定であったが直前に取り消しとなった)の陳述書を示しながら、「『突然、除染室とER扉が叩かれる大きな音がした』『男性が慌てた様子で、身振り手振りで何かを伝えようとしていた…。それを見て(初めて)、傷病者発生に気付いた』これがその時の、救急・緊急事態を伝える方法だった。こんなことが現代社会にあるのか。それでいいのか。そんなことがあるのか」と、重ねて疑問を発していました。
同上
(中略)
再びER職員M氏の陳述に触れ、「『(事前の連絡がなかったので)準備に『2~3分を要す』(と記してあるが、)東電は、準備書面でもそのことは争っていなくて『2~3分の時間短縮になったかもしれない』と認めている。(しかし)救急医療の2~3分の遅れが、遺族の立場からは『仕方がない』と納得できないのではないか」と遺族の心情をやむをえないと是認していました。
これが現代の最先端の原発の救急のあり方なのか。「追及する会」の会報によると、裁判長はかなり厳しく、東電の医療態勢を追及したようです。その後、双方に和解の話し合いをするように促し、この日は閉廷しました。
判決を求める
裁判長の促しによって、遺族と東電・宇徳は和解協議を行いました。しかし遺族は最終的に和解を拒否。判決を求める決心をしました。いまどのような心境なのか。ウネリウネラにコメントを寄せてくれました。
この度、三回の和解協議を経て最終和解案に納得する事が出来ず、判決を求める回答を仙台高裁へ申し出ました。5月19日が判決日になります。
亡くなった猪狩忠昭さんの妻
控訴の原点に立ち返り、救急医療体制の不備を問い判決を求める決断を致しました。
福島地裁判決は「携帯電話の持ち込みは禁止していない」と言う東電、宇徳の主張を認めました。しかし昨年7月の全労協の申し入れでは、夫の死亡当時、原発構内に「携帯電話の持ち込みを禁止していた」と東電は回答しました。これを新たな証拠として提出しておりますが、東電、宇徳は反論を行っていません。
私はこの重要な証拠の充分な審理がなされていない状況で和解する事は出来ません。
公正な判決を求める為に、わずかな日数しかございませんが、ご署名にご協力と広く呼びかけをお願い申し上げます。
原発労働者がいなければ、廃炉収束はあり得ません。多重請負構造による責任転嫁は許されません。原発労働者の命を守る為に、どうか皆さまのお力添えを宜しくお願い申し上げます。
署名活動を開始
遺族側はこの条件での和解を拒否し、裁判所に判決を求めることにしました。5月19日の判決言い渡しを控え、遺族側は仙台高裁に対し、署名活動を始めました。「公正な判決を書いてください」とうったえるためです。
東電に責任はないのか?
猪狩忠昭さんが亡くなったことについて、ウネリウネラは東電にも何らかの責任があると考えています。高裁での最大のポイントは「イチエフ内の救急医療体制が十分に整備されていなかったのではないか」ということです。この点について、地裁の判断は不十分だったと思います。
遺族側は、①架電なしで救急医療室にスムーズに入室できるような仕組みの構築、②作業員に携帯電話などの通信機器を持たせること、などの対処が当然必要だったと指摘しました。それに対して地裁判決はこう述べました。
イチエフで勤務する作業員は私用の携帯電話を携帯することが禁止されていなかったこと、イチエフにおいては1日あたり4千人~6千人程度の作業員が勤務していたことが認められ、作業員全員に携帯電話を支給するためには、相当な維持費の支出おおよび管理が必要となることをも踏まえると、イチエフにおける作業が特殊な環境下であるとみる余地があるとしても、原告(遺族)らが主張するような体制がイチエフにおいて構築されているとの期待が、一般に広く共有されているとはいえない。
福島地裁いわき支部判決
遺族側がこの判決に納得できないのは当然だろうと思います。地裁判決直後の記者会見で、代理人の斉藤正俊弁護士はこう話しました。
猪狩さんが亡くなった翌年の2018年4月、東電はイチエフ構内で働く作業員数千人に携帯電話を貸与しています。東電ほどの会社であれば、やる気になればやれたのです。被ばくの危険性のある作業現場まで私物の携帯電話を持ち込むことなど、普通の感覚ではできないですよね。裁判官が通常の人の感覚で判断しているのか、疑問を持たざるを得ません。
斉藤正俊弁護士
地裁判決の前提は崩れた?
そして、控訴審が行われるなかで新事実も分かりました。猪狩さんが亡くなった当時、東電は作業員に対してイチエフ内への携帯電話持ち込みを禁じていたらしいのです。
先ほどの遺族のコメントでもその点が指摘されていました。以下です。
福島地裁判決は「携帯電話の持ち込みは禁止していない」と言う東電、宇徳の主張を認めました。しかし昨年7月の全労協の申し入れでは、夫の死亡当時、原発構内に「携帯電話の持ち込みを禁止していた」と東電は回答しました。
亡くなった猪狩忠昭さんの妻
地裁判決後の2021年7月、労働組合の「全労協」が東電に「申し入れ」を行いました。全労協(全国労働組合連絡協議会)は当初から遺族を支援している組織です。先ほど紹介した「追及する会」事務局次長の牧野悠氏も、全労協の一員としてこの話し合いに加わっていました。もう一度、「追及する会」の会報から引用します。
全労協の申し入れに対応した井口氏(東電:原子力・立地本部立地地域部原子力センター所長)は質問に対して、忠昭さんが作業していた車両整備工場が「放射線管理区域」内であったこと、「放射線管理区域」内にはカメラ機能付き携帯電話の持ち込みは禁止していたこと、それは事故前からそうであり他の原発でも同様であることを事も無げに説明しました。また、忠昭さん死亡当時の運用として緊急時には、必ず電話でERに一報を入れるように教育を行っていたこと。そして携帯電話は各作業グループに一台ずつ貸し出せるようにしており、その貸出用の携帯を持っていくかどうかは作業責任者の判断に依っていたことを説明しました。
「追及する会」会報
少なくとも地裁判決が前提としていた事実は崩れてしまいました。猪狩さんやその同僚たちなど一般の労働者たちはスマホの持ち込みを禁止されていたのです。東電が携帯電話を貸し出していたのは現場管理者だけです。この場合は「宇徳」の責任者ということになるでしょう。では、猪狩さんが倒れた時にその携帯電話が使えなかったのは宇徳の責任なのか、このような連絡体制を作っていた東電の責任なのか。いずれにしても、地裁判決のこの部分は、高裁で書き替える必要があるように思います。
そもそも猪狩さんの仕事は、全身防護服に身を包み、汚染された車両を整備するという過酷なものでした。原子炉の間近ではないとしても、イチエフ構内で、常に放射線被ばくの危険にさらされる仕事です。こんな車両整備工場は、日本のどこを探してもないはずです。
そのうえ緊急時の連絡体制の不足が指摘されているのです。これでも東電に責任はないのでしょうか?
「下請けの責任」で終わらせていいのか?
最後に、猪狩忠昭さんの長男の言葉を紹介します。昨年3月30日、地裁判決後の記者会見での言葉です。
下請け、父の勤務先への判決については、僕も納得しました。ただ、今回の裁判で一番大事にしたかったのは、原発で過酷な労働をされている方の労働環境改善のきっかけにすることです。今回の判決は、全部の責任は下請けの会社にあるという形で終わってしまいました。イチエフ構内で働いている時点で、原発や東電、宇徳などの責任は絶対ゼロではないと思っております。一線を超えなければ彼らは責任を負う必要がないという風に聞こえてしまう所が、納得がいっておりません。おおもとが責任をとらない形をずっと続けてしまうと、下請け構造の仕組みは崩壊してしまいます。現場で働く人の安全管理は誰の責任なんだということを明確にしてから、多重下請け構造というものを作っていく必要があります。それができないのであれば、一つの会社として雇うしか方法はないんじゃないかなと。みんなが安全に働くためには。そうでないと、またいろんな家族だったり知人だったり、どんどん哀しみが増えていく一方だと思います。
猪狩忠昭さんの長男
5月19日の判決に注目したいと思います。
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