東京電力福島第一原発事故で発生している汚染水の海洋放出について、前回に続き、ペンネーム「オカイゲ」さんから8月上旬にいただいていたご投稿(ご執筆は昨年秋)を紹介します。ぜひお読みください! ※画像は福島の海
【オカイゲさんからのご意見(その2)】
トリチウム汚染水(政府、東電は処理水という) の中で飼育されるヒラメが安全なワケ
利尻昆布と海底湧水 遠い遠い昔、寝付かれずにテレビをつけると、NHKが利尻島の豊かな自然を紹介する番組を流していました。標高1700mほどの休火山、利尻富士を中心に、周囲50キロほどのほぼ円形の島で、周辺の海では有名な「利尻昆布」が採れます。この昆布は京料理のダシには必須とされるほど高い評価を受けています。なぜ、利尻島の周辺でとれる昆布は、それほど高い品質を持つのか、番組が解明していました。 利尻島の数十メーターから数百メーターの沖合に、水深15~25mの海底から湧水があり、その水が湧き出している海底にあの利尻昆布が繁茂している様をカメラがとらえていました。利尻富士に降り積もった雪や雨が火山の地下へ浸透、数十年かかって海底に達し湧き出しているのです。このミネラル豊富な湧水によって利尻昆布はたっぷり栄養を蓄え育ちます。その利尻昆布を食べて育つウニやアワビ毛ガニは利尻島の特産品となっています。さらに利尻昆布の森に育まれたプランクトンが魚のえさになり、豊かな漁場も形成しています。カメラは昆布の森を泳ぎ回る多くの魚の姿を映していました。 トリチウム汚染水の海底放出 福島の原発事故から10年たった2021年、トリチウム汚染水を、海底トンネルを掘削して福島原発の沖合1km、水深12mの海底から放出する案が東電から発表されました。そして2022年8月2日福島県と大熊町・双葉町が海底トンネル工事の本体着工を条件付きではありますが承認しました。 政府、東電はトリチウム汚染水(政府、東電は処理水という)を海底に放出する理由を以下のように述べています。 第一に、福島第一原発の敷地内にはタンク増設の余地がなくなり、1~2年内にトリチウム汚染水を貯蔵することが不可能になる。 第二に、トリチウムは水素元素と置き換わる元素で自然界では水の形で存在する。普通の水とほとんど区別・選別することができず、分離することは技術的に難しい。 第三に、放射性物質といってもベータ線という弱い放射線しか出さない。 第四に、トリチウム汚染水を生物が取り込んでも水と同様にすぐ排出されるので生態系への影響はほとんどない。 第五に、トリチウム汚染水を海水で十分に薄め規制値以下にして海洋放出すれば問題ない。 第六に、多くの国の原発もトリチウム汚染水を恒常的に海洋放出している。 トリチウム汚染水放出に対する素朴な疑問 素朴な疑問がいくつか浮かびます。 1)今までトリチウム汚染水を海洋に放出せず、多大の費用をかけ保管をしてきたのは、なぜか。「処理水」に何ら問題がないのであれば、なぜ当初から海洋放出しなかったのか。 2)「処理水」に何も問題がないのであれば、沖合1キロまでトンネルを掘り海底で放出しなければならないのはなぜか。福島第一原発の眼前に広がる海に放出すれば費用はほとんどかかりません。が、いずれ「風評」でなく「実際」の被害が発生することが予測され、その時、トリチウム汚染水が原因として確定できないように沖合で拡散・希釈してしまうのでは、という疑念が生じます。 3)トリチウムを除去する技術はすでに開発されているのにそれらを試さないのはなぜか。もちろん政府、東電の関係者はそれらの技術について十分に検討されていると思いますが、「費用がかかるから試さない」のではないようです。トリチウムを除去する技術を河田昌東(かわたまさはる)氏がインターネット上で紹介しているので引用します。(いっしょに考えよう!福島原発のトリチウム汚染水(2)要約) ①GE日立核エネルギー・カナダ㈱:カナダダーリントン原発の排水を処理している実績あり。福島原発について設備設計済み ②アメリカのニュークレア・ソリューション:軽水とトリチウム水の融点の違いを利用した分離技術 ③近畿大学と東洋アルミ㈱:軽水とトリチウム水の質量の違いを利用した分離技術 ④京都大学:酸化マンガンがトリチウム水を酸化分解する性質を利用した技術 ⑤アメリカのキュリオン㈱:電気分解による分離技術。福島原発の汚染水処理について設備面積、費用、処理期間について提案済み 上記以外にも国の機関である国際廃炉研究技術開発機構チームが、2013年に汚染水対策を国際的に公募、世界中から182件応募がありました。しかし同チームはこれらの提案を詳しく検討することなく、すべてはまだ実験段階だと判断し、現実的な対策は海洋放出しかないと結論しました。 「実験段階」でなく「実施段階」の提案も数多くあるようです。いま、もう一度これらの提案に関して検討し議論の詳細を公開すべき時です。また、新たな提案の再募集も必要です。 4)「海水で希釈すれば毒性は問題なくなる」とは、これまで汚染物質を海洋放出して公害を引き起こしたすべての企業の決まり文句ではなかったか。海水で希釈して海洋放出するのと、希釈せずそのまま広大な海洋に放出し海洋全体で希釈するのとどう違うのか。 5)多くの国が恒常的にトリチウム汚染水を海洋に放出しているから問題ない、とは「赤信号みんなで渡れば怖くない」の典型です。そもそも、正常に稼働している原発からでる汚染水とデブリが溶解している異常な状態の原発が生み出す汚染水は同じではありません。 トリチウム汚染水放出、最大の問題 政府、東電が述べているトリチウム汚染水を海洋放出する理由のうち、もっとも大きな問題は、政府、東電が「トリチウム水を生物が取り込んでも水と同様にすぐ排出されるので生態系への影響はほとんどない」としていることです。 既に述べたように、トリチウムは水素元素と置き換わる元素で自然界では水の形で存在します。トリチウム水は自然界の通常の水とほとんど区別・選別することができません。トリチウム水は、通常の水H₂OのHがトリチウムTに代わりT-O-HまたはT-O-Tで存在し、普通の水と化学的性質は全く変わりません。ただし、物理的性質は異なり、通常の水H-O-Hの質量は18、これに対してトリチウム水T-O-Hの質量は20、T-O-Tの質量は22と重くなっています。 福島原発のタンクからトンネルを通り海底から放出されるトリチウム汚染水は、質量の違いから通常の水の下に沈みこみ海底にたまることになります。利尻の海底同様、福島の海底にも海藻類は立派に育っているはずです。トリチウム汚染水が放出される海底付近は太陽光が十分に届く水深12m 、汚染水の中でも海藻類による光合成が活発に行われているからです。 光合成の分子式は 6CO₂+12H₂O→C₆H₁₂O₆+6O₂+6H₂O 二酸化炭素と水が光の作用で炭水化物と酸素を作り出す、あらゆる生命活動の出発点になる作用です。ここでは海底に沈みこんできたトリチウム水のTが水素Hを代替し、トリチウム入り炭水化物を生成して海藻を成長させます。化学式は以下のようになります。(T-O-Hがあるのでこのままでないこともあります。HがTに置き換わっていることにご注目頂ければと思います。) 6CO₂+12T₂O→C₆T₁₂O₆+6O₂+6T₂O このトリチウム光合成による海藻をプランクトン、魚が食べます。すなわち光合成を出発点とする食物連鎖を通じてトリチウムが生物間を伝わっていくことになります。食物連鎖の頂点は言うまでもなく人間です。水素の代わりをするトリチウムは人間の体内でタンパク質や遺伝子の中の水素にとって代わります。政府、東電が言うように、体内で水として存在するトリチウム水は短時間で排出されますが、水素の代わりに細胞の構成成分となったトリチウムは、長期間にわたり体内にとどまることになります。一説によれば15年以上体内にとどまるといわれています。 トリチウムはベータ線を出します(半減期12年)。ベータ線のエネルギーは小さく、外部被曝ではほとんど問題になりませんが、内部被曝の場合、遺伝子を傷付けるには十分すぎる線量になります。水素原子の代わりのトリチウムは遺伝子の構成元素として人体の深奥まで入り込み、そこでベータ線を放出し続けるのです。どんなに線量が低いベータ線であっても細胞内部の分子から出る放射線によって、生体は深刻な影響を受けることになります。染色体異常を引き起こし致死性がんを発病させ、胎児への影響はとりわけ深刻で、死産、早産、先天性異常などを引き起こすことになります。 さらに深刻な問題があります。河田昌東(かわたまさはる)氏の「一緒に考えよう!福島原発のトリチウム汚染水(1)」から引用します。 トリチウムは遺伝子DNAの中の酸素や炭素、窒素と結合し、化学的には通常の水素原子と同じ振る舞いをしますが、半減期とともに電子(ベータ線)を放出して周囲を内部被曝させ様々な分子を破壊します。 しかしそれだけではありません。遺伝子DNAの中のトリチウムが壊れヘリウム原子に代わると、トリチウムと結合していた炭素や酸素、窒素、リン等の原子とトリチウムとの化学結合(共有結合)が切断されます。ヘリウムはすべての元素の中で最も安定している元素で他の元素とは結合しないからです。その結果DNAを構成している炭素や酸素、窒素、リン等の原子は不安定になり、DNAの化学結合の切断が起こります。 このようにトリチウムの影響はベータ線の被爆だけでなく、一般的な放射性物質による照射被爆とは異なる次元の、構成元素の崩壊による分子破壊をもたらすのです。 いわゆる照射被爆は確率論的現象ですが、遺伝子に入り込んだDNA破壊はトリチウム崩壊とともに100%起こります。 茶番、トリチウム汚染水によるヒラメの飼育実験 政府と東電は、風評被害対策として2022年9月から「処理水」によるヒラメを飼育する実験を開始します。ここまでお読みいただければこの実験が「茶番」である事はお分かりいただけると思います。 トリチウムがヒラメの細胞を構成する分子になるのは食物連鎖によってです。食物連鎖の出発点は光合成によって合成された炭水化物です。すなわちトリチウム水が二酸化炭素と光合成によって結合しトリチウム入り炭水化物=海藻類等となり、そこを始点としての食物連鎖によりヒラメ体内のたんぱく質にトリチウムが取り込まれるのです。この場合ヒラメのDNAは、DNA自身を構成する原子であるトリチウムが発するベータ線で大きな影響を受けます。つまりヒラメが、光合成を通過しトリチウムを分子レベルで組み込んだエサを食べない限り、問題は発生しません。またヒラメの口から入るそのままのトリチウム水もヒラメの細胞に影響を与える前に外に排出されてしまうだけです。 ヒラメの飼育実験では、光合成によってトリチウムを分子レベルで組み込んだエサは決して与えられないはずです。この実験の結果、ときの首相がこのヒラメは安全だと食して、「トリチウムは白」と笑って見せる、こんな芝居が演じられることは容易に想像できます。 結論 トリチウム汚染水を海底に放出する、海藻類の光合成によってトリチウムが炭水化物を構成する元素となる、食物連鎖によって人に至り細胞を構成する原子になる、トリチウムの発する放射能によって深刻な影響を人体に与えます。 そして体内に入ったトリチウムが原子レベルで細胞に組み込まれてしまえば、もちろん分離除去することは全く不可能になります。そしてトリチウムが体内にとどまる限り、人体に深刻な影響を与え続けます。 である以上、今回の政府、東電の選択は間違いです。 光合成には4つの要素が欠かせません。光、水、二酸化炭素、植物です。そのいずれもが福島原発沖にもそろっています。しかし利尻島沖の豊かな湧水とは違い、福島沖では海底トンネルからのトリチウム汚染水の放出によって、醜悪なトリチウム汚染をもたらすことになってしまいます。 水俣のチッソが有機水銀を水俣湾への排出を開始したのが1932年、水俣病患者のはじめての認定が1956年、厚生省が水俣病の原因をチッソの排出した有機水銀である事を認めたのが1968年、有機水銀の排出開始から公的な原因確定までに実に36年もかかっています。その後も裁判闘争等が繰り広げられたことは周知です。もちろん今の解析技術があれば原因特定までに、これほどの時間は要さなかったかもしれません。チッソと政府は必死になって抗弁を繰り返し、被害者団体つぶし工作を展開し、問題解決を気の遠くなるほど長引かせました。 トリチウム汚染水放出開始と実際の被害発生までの「時間のずれ」は曲者です。被害発生の原因究明にとって大きな壁となるはずです。トリチウム汚染水の放出が開始され、数年後にがん患者や胎児の奇形などが少しずつ報告され出し、さらに数年後、統計的に有意な水準まで病気や死産、先天性異常が発生し、ようやく原因究明の動きが出ても、原因についての論議が長々と繰り返され、裁判が始まり、……決着するまで途方もなく長い時間がかかることになる、その間も犠牲者は増え続けます。 私たちにはこの負の連鎖と痛みを後世に残すことの無いよう正しい判断が求められます。 トリチウム汚染水の海洋放出計画を取り止め、海底トンネル工事を直ちに中止し、トンネル掘削費用を汚染水からトリチウムを除去する開発費用に活用することが政府・東電のとるべき道です。 ※参考資料: 「一緒に考えよう!福島原発のトリチウム汚染水」 インターネット 「原発事故は終わっていない」小出裕章 毎日新聞出版
ウネリウネラから
オカイゲさん、示唆に富むご投稿をありがとうございました。掲載が遅くなり、大変申し訳ありません。
「負の連鎖と痛みを後世に残すことの無いよう正しい判断が求められます」というオカイゲさんの問題意識に深く共感します。そのために、個々が学び、多くの人たちと議論することが大事だと感じました。このサイトもそうした意見交換の場のひとつになればと思っています。
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