5月9日の記事で、経済産業省資源エネルギー庁「廃炉汚染水対策官」木野正登氏との質疑応答を紹介しました。
この記事について原子力市民委員会事務局の細川弘明さんから応答をいただきました。紹介します。
【細川弘明さん(原子力市民委員会事務局)からのご指摘】
題名: (1)安全基準を整えるのに要する時間という要因(2)リスクと「がまん」について
メッセージ本文:
記事拝読、政策立案者からの重要な発言を引き出す質問をして下さったことに感謝。
(1)経産省の汚染水タスクフォースでの複数案を絞りこむのに、「やったことのない方法」について安全基準をあらたに作るのに時間がかかりすぎる、という理由でいくつもの選択肢(可能性)が排除された、という説明には、やや驚きました(これまで、コストが一番安い海洋放出が選ばれた、という説明や報道が多かったので)。実際のところ、今回の海洋放出も初めてのことなので、規制委員会が安全基準を新規に整えたわけですが、せいぜい2年くらいしかかかってないと思います。コンクリ固化やモルタル固化の場合、米国のできあいの基準があるので、それをもとに作れば、一から実験しないと基準がつくれない、というような馬鹿なことはない筈です。「一番安あがり」な方法として宣伝されてきた海洋放出ですが、経費が当初想定をはるかに超えてしまったため、別のロジックを前面に出そうとしているのでしょうか?
(2)ゼロリスクが実現できない性質の有害物(たとえばダイオキシンなど)についての安全基準は、本質的には「がまん」基準ですが、その設定に際して必要なのは①安全マージンを十分に大きくとることと②情報公開とひらかれた議論によって社会的合意をとりつけること。放射線ひばくリスクについては、①と②をすっとばしている点が問題です。1mSv/年という現行基準は「1000人あたり5人(0.5%)の死者」(増癌死)を許容する(がまんする)というものですが、化学物質の場合は10万~100万人に1人の発がん(致死性)というレベルで許容基準が設定されています。放射線リスクの「がまん」要求度は度外れて高い。こうした「がまん」の是非について社会的合意の議論もしていない(逃げてる)のです。(コロナ5類化に際しても同様のすっとばしが起きていますが。)
【ウネリウネラから一言】
細川弘明さんから重要なご指摘をいただきました。ありがとうございます。ウネリウネラから少し補足します。
原子力市民委員会とは?
細川さんが所属する「原子力市民委員会」は、脱原発社会の構築をめざす市民グループや科学者、弁護士らが集まってつくった組織です。
福島第一原発の事故から2年後にでき、汚染水の海洋放出についても、声明や提言を行っています。
海洋放出の代替案
原子力市民委員会は海洋放出に代わる具体策を2つ提案しています。①「長期タンク保管」と②「モルタル固化」です。以下、委員会が発行する『原発ゼロ社会への道』(2022)を参考に紹介します。
①長期タンク保管案
①は、石油備蓄用などに使う大型タンクに汚染水を長期保管するという案。数十年~100年単位で保管し、トリチウムの量が減るのを待ちます。
※トリチウムの半減期は12.3年だから保管中にかなり量が減る。ただしトリチウム以外の汚染水中に微量含まれる核種(炭素14など)はこんな年数では全然減らない。
容量10万立法メートルのタンクの建設費用を20~30億円とすると、今あるすべての汚染水を保管するのにかかる費用は300~400億円くらいでしょうか。コスト的には安いように思いますが、地震や老朽化によってタンクから汚染水が流出するリスクはあるようです。
※タンクからの流出については、現存の石油備蓄基地と同様、全量が漏れ出してもあふれない高さの「防液堤」をタンク周囲に設置する、という対策も可能だそうです。
②モルタル固化案
②は、汚染水をセメントや砂と共に固化し、コンクリートタンクの中に流し込むという案。木野氏によると、「やった経験がない」ことを理由に経産省の会議では却下されました。しかし、原子力市民委員会によると、この方法はすでに、米国のサバンナリバー核施設というところで大規模に実施されているそうです。
そういう実例があるので、「一から実験しないと基準がつくれないというような馬鹿なことはない」と細川さんは指摘しています。一方で、モルタル固化の弱点は、セメントや砂と混ぜるため、水として保管するよりも約4倍の容積を必要とするそうです。
①「長期タンク保管」と②「モルタル固化」。どちらの案も一長一短あるようです。
幅広く議論を
以上のような内容を示したのち、『原発ゼロ社会への道』(2022)はこう指摘します。
原子力市民委員会としては、環境への放出リスクを将来にわたって遮断できるという観点からモルタル固化処分のほうがより望ましいと考えるが、大型で堅牢なタンクで保管を継続することも合理性のある選択肢である。最終的な決定にあたっては、事業者と政府からの十分な情報公開を前提に、地元関係者を中心に、広範に意見聴取をおこない、公開での論議を尽くしたうえでの社会的合意が必要である。
『原発ゼロ社会への道』(2022)
後半部分、ウネリウネラはとても大切だと思います。たとえば、経産省の木野氏と原子力市民委員会の科学者たちが公開で議論し、お互いの意見をテニスのようにラリーさせる。人々がそれを聞き、「どうすればいいか」を自分の頭で考える。海洋放出を「強行」する前にそういうやりとりがたくさん必要だと思います。
皆さまのご意見を募集します
細川さん、ご投稿ありがとうございました!
引き続き海洋放出についてのご意見をお待ちしております!(すでにいただいている方、アップ作業が遅れており、申し訳ありません…。)
コメント