ウネリウネラ本をつくる④でーた入稿

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はい、みなさん、こんにちは。うねりうねらでございます。ひらがなで書くと読みづらくなるものですね。私どもの本づくりもいよいよ佳境。相撲でいえば十四日目くらいでございます。

先日は印刷所さまに稿を入れて参りました。

ここ福島に今のようなどか雪が降るとは思いもつかないような、冬うららの朝でありました。こどもを保育園に見送ったあと、二人で印刷所を訪ねまして、「これでつくってください」と、すべて渡してきたのです。文章も表紙の絵柄なども、一切がっさい納めました。ちなみに「いんでざいん」というそふとを使っておりまして、そのでーたを手渡すかたちになりました。めあての印刷所は歩いてすぐのところにありますので、ほんの十分前まで我が家で手直ししていたでーたです。言うならば出来たてほやほやの、触ればまだほんのりと温かい、かわいいでーたでございました。

稿を入れた感慨に浸るひまもなく、こんどは紙えらびがはじまりました。印刷所には紙見本というものがありまして、色や厚みや手触りなど、いろいろな紙を手にとることができるのです。緑系だけでも鶯、浅緑、常磐、青竹……。見本をめくっているだけで、楽しくなって参ります。新型ころなういるすも広がる昨今、見本をめくるときに指先をなめないよう気をつけておりました。「少しざらついた感触を」とか、「表紙と本編の間にはこの色を」などと、二人で好き勝手さまざまな意見を出したのでした。特にこだわったのは中表紙、いわゆる「とびら」でございました。はとろん紙のようなぺらぺらした、少し透き通った紙を使ったうえで、そこへさらに挿絵を加えたかったのであります。

お目にかかった印刷所の方を、ここでは「ねむ田さん」と呼びましょう。特に理由はございません。私たちよりも少し年上の、細面のふくろうのような顔をした、やさしく親切な方でした。見たところわいんよりも日本酒が似合う方です。ねむ田さんはとても丁寧に、私どもの放言に耳を傾けてくれました。そして別れる間際にこう言ったのです。

「それでは、これでコウセイを出しますので、数日お待ちください」

 私たちはとっさに「はい、お願いします」と答えました。しかし、本心では「コウセイ」というのがよく分からなかったのです。私たちがいた新聞業界には「校閲」という言葉がありまして、事実関係の誤りを直したり、表記のばらつきを整えたりすることです。「校正」という言葉もあると思いますが、私たちはそちらは使っておりませんでした。あらっぽく校閲と同じ意味だろうくらいに考えておりました。そんなことで私たちは、ねむ田さんの言う「コウセイ」がなんなのか、よく分からぬまま「お願いします」と申したのでした。それはともかく、自分たちが懐であたためてきた原稿をお渡しするのはとても気分のいいことでした。「今日は乾杯しよう」などと言いながら、上機嫌で家に帰りました。

 そして昨日、そばがき色に沈んだ空に雪が舞っているのを眺めていると、ねむ田さんから電話がかかってきました。

「お待たせしました。コウセイができあがりました」

「それはよかったです。コウセイ、ありがとうございます」

「そちらにお届けしましょうか」

「いえいえ、もちろん私どもが取りに伺います」

「それでは、二日後の午後ということで」

 といったやりとりの後で、ねむ田さんが少し困った声になりました。

「実はですね……。紙のことで相談なんですけどね」

「はいはい、どうぞ」

「とびらに使いたいとおっしゃっていた紙、ありますよね」

「少し透き通ったやつ」

「そう。あれね、調べてみたらとっても高いんですよ」

 ここで私たちはぎくりとしてしまいました。きまった仕事につかず、手元不如意な折。ぜいたくなことは言っていられない身分です。

「おいくらくらい、なんでしょうか……」

「サンゴーですかね」

 ねむ田さんは急に業界人っぽく言うのでした。三十五円なのか、三百五十円なのか。

「三万五千円ですよ」

「三万五千円! 単位は……」

 あまりにこちらの理解が浅いので、噛んで含めた説明をしてくれました。

「一枚の大きな紙を切って使うわけです。五百部刷っても千部刷っても、その規模なら紙の材料費は変わりません。あの少し透き通った紙は一冊につき一ページしか使わないですから、紙の量としては少ないんですけど、単価がとても高いので、あの紙だけで三万五千円になってしまうということなんです」

 それでも私はなんと返事したらいいか分かりませんでした。全体が十万円のうちの三万五千円は高すぎるけれど、五十万円のうちの三万五千円なら致し方がないような。もともと利益度外視、私たちなりの実験で作っている本なので……。

「ま、いずれにせよちょっと高すぎますので、もう少しお手頃な紙の提案もさせていただきますので。どうぞよろしく」

 こちらがもごもごしているうちに、ねむ田さんは電話を切ってしまいました。

 電話を切って少々身構える気持ちになりました。全体でいくらくらいになるのか、お金のことをほとんど考えていなかったことに気づいたのです。はたして、いくらくらいの出費になるのでしょうか。いくら、くらい。二つの言葉は同じ三つの文字でできている。もしかしたら語源は同じなのだろうかと、いらぬことまで考えをふくらませておりました。

 そしてせっかくねむ田さんから電話をいただいたにもかかわらず、「コウセイ」とはなにか聞けずじまいだったのでした。気になって広辞苑で調べたら、「校正」とは①文字の誤りをくらべ正すこと。②校正刷を原稿と引き合わせて文字の誤りや不備を調べ正すこと。そして「校正刷」とは校正するために仮に刷った印刷物。ゲラ刷。つまり、ねむ田さんがおっしゃっていたのは「校正刷」のことだと思い至りました。そんなことも知らずに本づくりをはじめている自分たちが、ばかばかしいような頼もしいような、なんとも言えない気持ちになった、今日この頃のうねりうねらでした。

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