ウネリウネラ本をつくる~新世界より~

落書き帳

 すみませーん。甘夏ミルク珈琲、ワンモアおねがいしまーす。


 うんそうよねそうよね。もうすぐクリスマスよね。え? わたしのうち? そんなにやらないわよ。ほどほどよ。だってさ、イエスが生まれたのは二千年以上も前のことだけど、もみの木の飾りつけは十九世紀にはじまったのよ。サンタクロースのじいさんなんて二十世紀はじめにアメリカからフランスにやってきたっていうじゃない。だいたいどうしてサンタのばあさんはいないのよ。それ聞いたらたいしたことやる気なくならない? まあまあ、ほどほどにやりましょうよ。うちでは七面鳥二羽焼くくらいよ。


 それよりさ、けさのこと話すね。ぬる湯街道を走ってたらむこうからどでかいトラックがきたのよ。土けむりをもうもうと上げてさ。真っ黒なトラック。乗ってるのは全身黒ずくめのハンター。こわいっ、ブキミって思ったら、フロントガラスの下に銀色でなんか書いてあるのよ。なんて書いてあったと思う? 「夜露四苦」? ブブ―。古いわねあんた。答えはね、「故郷は遠くにありて思ふもの」。うん、そうそう。ふるさとは漢字だった。ひらがなだと車幅越えちゃうのよね、たぶん。どっちにしろおどろいたわ。ちょーびっくりした。そんなこと書いてあるって思わなかったもん。運転手さんどういう気持ちであの文字入れたんですかって思った。で、ちょうどそのときね、ラジオから流れてきたのよ。「新世界より」。やーね通天閣じゃないわ。ドヴォルザーク交響曲第九番よ。大音量。ダーン、ダッダッダーン、ダダーン……。どてっ。ちょい待ち。あんたいまなんて続けた? ぴーひゃらぴーひゃらりー? だめよそんなんじゃ。それじゃ笛じゃん。わしゃ敦盛か。ダーン、ダッダッダーン、ダダーンのあとはドゥルドゥル(ドゥッ)、ドゥルドゥーでしょ。あんたもなまったわね。ま、それはいいわ。ドヴォはいいわ。そんときひらめいたの。ていうか天から降ってきたのよ。ひらめきが。どんなひらめきかって? 一種の断想よ。本についての。それも本の一番外側。表紙カバーについての。


 だいたい表紙カバーってさあ、ぺったりのてりてりじゃない? あれがいやなのよ。なんか安っぽくない? 蛍光灯をぴかぴか反射しちゃってさ、目がちかちかするじゃん。あと、手を切るわよ。角がとがとがしてるから。本を開くたびにオロナインが必要。そのオロナインのせいでもっとぺったりてりてりになってしまうという。あと最悪なのはテーブルに長くおいとくと表面がべちぇりぺちぇりってくっつくところ。あれはもうどうしようもないわ。布巾じゃとれないとれない。いやんなっちゃう。だからカバーはしっとりのまったりがいいのよ。冬の手のひらにやさしい感じ。紫外線をはね返さないでうちにためこんでいくような。ピーピーじゃだめ。スピルバーグはピーピー好きみたいだけど。


 てことを思いだしたわけ。室生とドヴォのコンビネーションで。それでまずスピルバーグに電話して「表紙の材質の件は任せた」と言質をとって、すぐ行ったのよ。彼のとこに。一時間ばっかし世間話したあと、切りだしたわけ。その件を。こっちとしては清水の舞台からとびおりた気もちよ。だって、こっちの問題があるじゃない。なにそのポーズって? お釈迦さまかって? お釈迦さまじゃないわよ。ちゃんとよく見て。手首返してるじゃない。ネーカーよ。ネ・エ・カ・ア。ああマネマネねって、あんた。それは昔の呼び方。数年前。古いわ。いまはネーカーっていうの。ロサンゼルス・ネーカーズ。なんつって。とどのつまりさ、やっぱりこっちの問題なわけよ。内村鑑三さんも後世に遺すべきものと言ったらいの一番にネーカーだって言ったでしょ。言ってない? つまりよ。しっとりまったりにしたら、ぜったい高くつくわけ。あと万券何枚積むんだって話よ。ついこないだドンキホーテ価格でって頼んだのにさあ。いきなりの手のひら返しになるじゃない? ビバリーヒルズかい!って言われるよ。だからまあ、だいぶもじもじしたんだけど、思いきってあいつにぶつけてみたわけよ。ぺったりのてりてりは嫌です、しっとりまったりにしてください!ってさ。分かってもらうのに一時間くらいかかった。すんごくのどがかわいたわ。


 で、どうだったって? あんたはどうだったと思う? 当ててみなさいよ。なに? そんなクイズに答える気はない? あてどない旅に出るつもりはない? じゃあしょうがないわ。言うわよ。彼が言ったのはこうよ。


「マットニス加工ってことっすよね。オーケーっす。てゆうか、さいしょからそれで電卓たたいてましたから。なんせそれがいちばん安いですから、ええ。ピーピーより安いっすよ。最安です。どう~っも」


 だってさ。さいしょから分かってたのよ。ねむ田さんはすべてお見通し。あたし空いた口がふさがらなかったわ。はあさいですか、ほなサイナラと言うのがやっと。つんのめりながら階段をおりていったの。鵯越の逆落とし。わしゃ敦盛か。で、ぬる湯街道をとぼとぼ家に帰ってたら目の前をビューンと大型トラックが通りすぎたのよ。すごい土ぼこり。まったくなんなのよもうってにらみつけたらさ、見えてしまったのよ。書いてあったの。でっかいリアウィンドウのした、銀色の文字。「そして悲しくうたふもの」だってさ。どんだけ犀星ファンなんだよって。


 すみませーん。甘夏ミルク珈琲、ワンモアおねがいしまーす。


別件ですがお知らせです(ウネラ)☟

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