【伝承館企画へのご意見ご感想】~なぜ伝承するのか~

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福島県双葉町にある「東日本大震災・原子力災害伝承館」(伝承館)について考える企画を続けています。今回は、松田晃さんがご意見を書いてくださったので紹介します。

(企画の狙いについては、こちらの記事「企画のはじめに」をお読みください。)

【松田晃さんからのメッセージ】

なぜ伝承するのか

いつも誠実な文章に、背筋が伸びる思いで拝読しています。

伝承館は訪問したことがありませんが、ホームページを読むと福島県が設立主体である「教訓を伝えるアーカイブ」とあります。うっかりすると読み飛ばしそうなのですが、ウネリウネラさんにならってちょっと立ち止まってみました。

1)誰の、どんな教訓なのか
2)なぜ、何のために伝えるのか
3)「アーカイブ」の持つ意味

1)は、それこそ伝承館に行かねばわからないのかもしれません。ですが、それが自治体としての福島県にとっての教訓なのか、東京電力なのか、国なのか。あるいは住民にとっての教訓なのか。普遍的な教訓などありえないのですから、その主体を明確にし存在理由の柱として打ち出していくことはできるはずです。伝え方以前に、このあたりを曖昧にしたままである姿勢は信頼を損なっているところです。

2)は、1)と表裏の関係にありますが、3.11を「伝えるべきもの」として切り取ることの意図が明確でない、ということです。私が3.11を忘れてはならない、と思う意図と、この伝承館の企画意図は重なるところはあれど、おそらく大きく乖離しているのでしょう。乖離していること自体を否定するものではありませんが、一方で影響力のある、公的な「切り取り」は決して共通的なもの、まして「正しい」ものではないことは、意図を明確にすることを通じて示すべきだと思うのです。

3)は、なぜ「アーカイブ」であるのか、ということです。3.11以降に亡くなられた方、新しく生を受けた方は日を追うごとに増えていきます。ですが、多くの人々にとって3.11は直接の体験であり、その中でも、今も3.11と地続きに生きている、3.11は解決済みのアーカイブではない、と決意する人々も決して少なくはないはずです。「伝承館」はもちろん、そのような人々を支援し解決していく運動の拠点でもあり得ますし、私はそれがアーカイブの本質的使命である、と信じますが、はたしてこの伝承館はそのような企図を持っているものでしょうか。ホームページを読み、ウネリウネラさんたちの記事を読むほどに、むしろ封印し終わったこととするための装置として企図されているように思えてならないのです。

長くなりました。福島県には福島県の企図があってよい(あるべきである)し、いかなる企図であれ「伝承館」すらなければ3.11は解決済みどころか忘却の彼方に埋もれてしまうことでしょう。ですから、「この」伝承館そのものを否定する気はありませんが、「これ(だけ)」が誰にとっても普遍的に正しい伝承である、3.11の歴史であるというささやきは常に警戒しなければならない、と思うのです。

【ウネリウネラから一言】

伝承館そのものを否定する気はない。(展示内容を考える)福島県には福島県の企図があってよい。一方で影響力のある、公的な「切り取り」は決して共通的なもの、まして「正しい」ものではない――。

松田晃さんのご指摘はごもっともだと思いました。

補足しておきたいのは、公的なアーカイブ施設である伝承館の影響力はとても大きいということです。新聞報道によると、2022年度の来館者数は7万5千人を超えています。20年9月の開館から累計すると17万人を超えているそうです。

原発事故について考えたり、事故の経験を後世に伝えたりすることを目的とした施設は民間にもあります。代表的なのは、いわき市の旅館「古滝屋」にある「原子力災害考証館furusato」や、楢葉町の宝鏡寺にある「伝言館」です。どちらもすばらしい施設だと思いますが、「来館者数」だけで言えば、さすがに17万人にはかなわないでしょう。

影響力の大きさを考えれば、「伝承館の足りないところは民間の施設がカバーすればいい」というのでは不十分だと思います。民間の施設を大事にしながら、伝承館についても「この部分は違う」とか、「もっとこんな視点が必要だ」とか、そういう指摘は常に続けていかなければいけないと思います。人びとのそうした指摘の積み重ねによって、伝承館自体も、公的施設としての限界はありつつも、変わっていけるのだと思います。

松田さん、ご投稿ありがとうございました!

引き続きみなさんからのご意見をお待ちしております。

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