福島県内に昨年オープンした「東日本大震災・原子力災害伝承館」(伝承館)の「あるべき姿」を考えていきます。企画の狙いについては前の記事「企画のはじめに」をお読みください。
議論の材料として、館内の展示フロアに掲示されている「文章」をアップしてきました。以下のページにまとめていますので、ご覧ください。
ブログ読者からのご意見、ご指摘と共に、私たちウネリウネラが感じたこと、気づいたことも書いていきたいと思います。今回は「放射線被ばくの危険性について伝える展示が見当たらない」という指摘です。賛成・反対、いろいろあると思います。ぜひご意見を聞かせてください!
【ウネリウネラの意見②】
原発事故が怖いのは、それが一時的な爆発ではなく、大量の放射性物質をまき散らし、後々まではかり知れない影響を及ぼすからでしょう。放射線被ばくから身を守るために、福島では15万人超の人びとが避難を余儀なくされました。
では、この放射性物質、放射線の危険性について、伝承館の展示はどのように触れているでしょうか?
「放射線への不安」は頻出するが…
館内の展示パネルの全文章について、「放射」という言葉でキーワード検索してみると、53件ヒットしました。一番多く出てくるのは、展示エリア【②原発事故直後の対応】の中の、<2-2 県内に広がる不安>というパネルです。文章を具体的にみていきましょう。
原子力発電所事故により引き起こされた放射線への懸念は、福島県全域の生活に大きな影響を及ぼしました。放射線が人体に及ぼす影響についてはさまざまな情報が錯綜し、特に、妊娠中の女性や子どもを持つ親にとって、被ばくへの強い不安は避けられないものでした。直接的な影響として一部の野菜や原乳、水道水から放射性物質が検出されたことで、広く県全体の農林水産業が大きな打撃を受けたほか、放射線の影響が見られなかった地域でも、工業製品の取引先から放射線の測定を要求されるなど、経済への影響も広がりました。また、放射線に対する正しい知識の欠如や誤解、情報の錯綜による「風評」も起こり、県内では先の見えない不安が広がりました。さらに、県外でも一部地域で高い値の放射線量が測定され、放射性物質汚染に対する不安は全国へ広がっていきました。
伝承館の展示<2-2 県内に広がる不安>より
誰にでも分かることが一つあります。「放射線被ばくの危険性そのものが全く説明されていない」という点です。被ばくすると人の体はどうなってしまうのか。そのことが全く分からない内容です。もちろん、この展示パネルの前後や伝承館全体を見回しても、被ばくの危険性を伝える展示は全く存在しません。
展示に書かれているのは、放射線や被ばくへの「懸念」、「不安」ばかりです。そして、その「懸念」や「不安」という言葉の周りには、「情報の錯綜」といった言葉がついて回ります。
<放射線が人体に及ぼす影響についてはさまざまな情報が錯綜し…>
<放射線に対する正しい知識の欠如や誤解、情報の錯綜による「風評」も起こり…>
なんだか、“放射線自体はそれほど危険ではないのに、極端な情報のせいで人びとは不安に陥った”と言いたいかのようです……。
「放射線被ばくがいかに危険か」が伝わらない
不思議です。伝承館を作った福島県などの行政が、本当に市民の不安を払拭したいのならば、「放射線の危険性」とは具体的にどういったものか、どのくらいの被ばく量で人体はどうなるかということを、きちんと示したほうがいいはずです。広島と長崎に原子爆弾が投下された例があり、チェルノブイリ原発事故の例があります。どれくらいの放射線を浴びたら人体はどうなってしまうのか。伝えられることはたくさんあるはずです。
もちろん、福島原発事故で被災当事者の方が経験した(今も経験し、これからも経験するだろう)「長期低線量被ばく」と全く同じ状況というのは、過去になかったのかもしれません。そうであれば、「分からない」ことは「分からない」と、書くしかないと思います。いずれにしろ、「放射線の危険性」について書かず、「不安が」「不安が」と書いているだけでは、逆に不安が増すように思います。不思議な展示です。
不十分な情報しか出さなかったのは誰か
また、今読んでもらった文章の次のパネルにはこんなことが書いてあります。紹介します。
●放射線への不安 原発事故の発生から数日が経過しても、事故の状況や放射線に関する情報が不十分で、住民の放射線への不安は日に日に高まっていきました。放射性物質による被ばくを少しでも少なくするために、自ら避難先を決める余裕もない中で避難を余儀なくされ、避難先を転々とする生活を強いられた住民もいました。一方、3月15日から県内全ての避難所で被ばくスクリーニング検査が開始されると、希望する住民が長い列を作りました。放射線に関するさまざまな不安の解消のために、県では窓口を設置し、日常生活への影響、幼児・子ども・妊婦への影響などについての問い合わせや相談に対応しました。
伝承館の展示<2-2 県内に広がる不安>より
このパネルのタイトルも「不安」です。そして、<情報が不十分で…>という決まり文句が付いています。当然、「不十分な情報しか提供できなかったのは誰か」という話になりますが、そのような深掘りはありません。パネルの後半に続くのは、<不安の解消のために福島県では相談窓口を設置し、対応した>という文章です。「福島県は頑張った」と強調したいようです。
ちなみに、このパネルの次は「産業への影響」に移ってしまいます。稲作や野菜づくりの制限、漁業の操業自粛などです。くり返しになりますが、「放射線被ばくの危険性」をテーマとしたパネルはどこにもありません。
新型コロナウイルスについて考えてみます。今後、新型コロナウイルス感染問題についてふり返る施設を作るとしたら、まずは新型コロナという未知のウイルスの危険性、人体に与える影響から、展示を始めるのではないでしょうか。いきなり「医療機関の対策」や「人びとの不安」、「経済への影響、自粛の状況」から語り始めることはないはずです。
「放射線被ばくの危険」を語らなければ、原発事故を原発事故たらしめている根幹を見失うことになります。
甲状腺調査の検査結果が出てこない
長くなりますが、もう少しお付き合いください。
伝承館にはもう一つ、住民の健康について触れている部分があります。展示エリア【④長期化する原子力災害の影響】の中の、<4-4 健康に関する取り組み>というパネルです。内容をみていきます。まずは導入です。
原子力発電所事故の発生以降、放射線の健康への影響や、避難生活の長期化による生活習慣の変化など、県民の健康に関して、新たな課題が発生しました。ここでは県民の心身の健康を見守っていくための県民健康調査や、健康の維持・増進を図るために実施されている取り組みについてお伝えします。
伝承館展示<4-4 健康に関する取り組み>より
ということのようです。重大な課題が発生したのは確かです。異存ありません。では、どのように取り組みを伝えているか。その横のパネルに書かれているのは、このような内容です。
●放射線の健康影響に関する調査結果 原発事故から3年目(2014年1月~3月)の調査では、住民の放射線に対する健康不安は高い状態でした。事故後9年目(2019年11月~2020年1月)の調査ではその割合は減ったものの、約1割の方はまだ不安を抱えていました。この調査では、放射線の健康影響への強い不安には、事故の時の怖い思いや体験が関係しているのではないかと考えられており、専門家が放射線への不安に対応する時には、事故当時の気持ちを理解しながら行う必要があると報告されています。
伝承館展示<4-4 健康に関する取り組み>より
ここで出てくるのも健康に関する実際の「影響」ではなく、健康への「不安」です。その不安は「事故の時の怖い思いや体験が関係している」という見方が、あえて紹介されています。なんだか“要するに気持ちの持ち方の問題だ”と言われているような気がしてしまいます。
実際の「健康影響」については、どのようなことが書かれているでしょうか。福島県が3・11後に実施し、注目され続けているのが、「県民健康調査」です。特に、そのうちの「甲状腺検査」(3・11当時おおむね18歳以下の人の甲状腺がんの発症を調べる検査)は、子どもの健康に重大な影響を及ぼすだけに、とても注目されています。これについては、以下のパネルがありました。
●県民健康調査とは 福島県では、原発事故による放射性物質の拡散や避難等を踏まえ、県民の被ばく線量の評価を行うとともに、県民の健康状態を把握し、疾病の予防、早期発見、早期治療につなげ、将来にわたる県民の健康の維持・増進を図るため、「県民健康調査」を実施しています。
伝承館展示<4-4 健康に関する取り組み>より
文章としては、たったこれだけです。驚きました。追加情報としては、文章の横に調査の内訳の紹介があります。ここからは、基本調査(外部被ばく線量の推計)と詳細調査(「甲状腺検査」や40歳未満が対象の「健康診査」)があることが分かるだけです。
肝心のデータがありません。これまでに実施されてきた「甲状腺検査」では、甲状腺がんと確定した人、またはがんの疑いがあるという結果が出た人が、200人を超えています。しかし、そのデータがどこにも出てこない。
さすがに何か説明があるのではないか。<4-4 健康に関する取り組み>というパネルの下に専門家へのインタビューを流す「映像資料」があったので、これをチェックしました。福島県立医大の安村誠司教授が以下のように話していました。
多くの県民の皆さんの被ばく線量は決して高くなく、健康に影響を与えるレベルではないということが、県民健康調査の検討委員会で評価されました。また、子どもの甲状腺がんに関しては、甲状腺がんと放射線との関係は認められないと、いうことが、専門家会議や国際機関で提言されています。放射線による直接的な健康影響というよりも、むしろ避難指示区域の方が長期にわたる避難生活をする、というようなことでの、間接的な影響というのが多く認められています。
伝承館展示<4-4 健康に関する取り組み>中の映像資料より
ここでも、甲状腺検査の具体的な結果は紹介されていません。残念でした。
もちろん、原発事故がなくても甲状腺がんを発症する人はいると思います。原発事故との関連は慎重に検討されなければならないでしょう。しかし、200人超に異常が見つかっているのにその数字を示さず、<甲状腺がんと放射線との関係は認められないと、専門家会議や国際機関で提言されている>とだけ語るのは、フェアでしょうか。少なくとも、実際に「甲状腺がんです」と言われた人や、摘出手術を行った人に寄り添う気持ちが足りないように思います。
以上のようなことから、私たちウネリウネラはこう言いたいです。
伝承館への提言②「放射線が人体に与える影響、放射線被ばくの危険性について、できる限りきちんと示すこと」
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