東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、漁業者を含む市民たちが国・東電に対して海洋放出を止めるように求める裁判を起こします。9月8日に福島地裁に提訴し、原告の数が増えた時点で追加提訴を予定しています。8月23日に開かれた記者会見では、原告になる予定の人びとが、一言ずつ今の気持ちを語りました。(文・写真/ウネリウネラ 牧内昇平)
原告たちの声
織田千代さん(福島県いわき市) こういうところで決意表明するような人間になるなんて……。私は原発事故を経験した後に、これ以上放射能を広げないで、これ以上海を汚さないで、という運動を行ってきました。放射能は否応なく降ってきました。それ以外に人の手で海に放射能を広げるのは絶対にやめてほしいと思って叫んできました。その続きと思って、ここにいます。 今、「明日にも流される」という報道が盛んになっています。それを聞いて、「ああ事故の直後とすごく似ているな」と思い出してしまいました。事故があった後、私たちはどうしていたでしょうか? 原発事故があった時は多くの人が「よく分からないけど心配だ」と思っていました。私が覚えているのは「子どもに母乳をあげてもいいんでしょうか」と心配していたお母さんの声です。今も同じです。何が流されるのか分からないけれども、放射能が含まれた水が流されるんだということで、心配している人のほうが多いと思います。 国と東電は、2015年に漁業者たちと交わされた「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」という文書約束を「順守する」と言い、「丁寧に説明する」とくり返してきました。しかし一方で、どんどん海底トンネルを作り、海洋放出の準備を進めてきました。その強引なやり方は、嘘をついてでも反則を平気で行う無法者に等しいと思っています。国と東電の信頼は地に落ちています。 国と東電は 「デブリの置き場所を確保しなくては」と言っています。事故後12年たってもデブリの周りは人が近づけないほどの高線量で、中に入ったロボットは何台も故障してダメになったのではないですか? そうしてやっと取り出しても耳かき1杯というニュースを聞いてます。そんな状態で、汚染水のタンクがいっぱいなのでデブリの置き場所が確保できないというのは、おかしくないでしょうか? 国や東電は、ALPSの処理は不完全なのに「処理水」と呼び、トリチウムは世界中の原発施設、核施設で流しているから問題ないなどと、メディアを使って堂々と大宣伝してきました。私は「海洋放出は安全」とする広告のパネルが東京駅の丸の内から八重洲までずらっと並んでいるのを見て本当に打ちのめされました。海洋放出はトリチウムだけではなく他の放射性物質も同時に流されること、福島から流されるのは原発事故由来のものであることを言わずに広告するのは違法ではないのでしょうか? 世論調査では海洋放出について理解が深まっていないという人が8割以上と私は聞きました。漁業者たちも「反対は変わらない」と言っているのに、「理解は深まっている」と言ってしまう首相。支持率はどんどん下がっています。国が最後まで責任をもつなんて、この人のいう事を聞いていて大丈夫なのでしょうか? 本当のところは流してほしくないという人ばかりです。みんな怒っています。これらのやり方は2011年の原発事故そのものを矮小化し、「なかったこと」にしていると言えます。国民の眼をふさぎ、耳をふさぎ、海洋放出に突き進む政府はいったい誰の言う事を聞いて、この国をどうしたいのでしょうか。 事故の前の暮らし、海の幸に恵まれ、ここでの暮らしに喜びと誇りを持っていたその暮らしを私は忘れることができません。少しずつ少しずつ戻っていくとみんな思っていたんですけれど、こんなことになって本当に、どうしていいか分からないという気持ちです。
鈴木茂男さん(いわき市) いわき市民です。いわき市労働組合総連合という労働組合の仕事をしています。この間労働組合としては、みやぎ生協やコープふくしまが呼びかけているALPS処理水海洋放出に反対する署名にこの2年あまり取り組んできました。この署名は今年7月に経産省に提出されましたが、最終的には25万4353筆が集まったと聞いています。そのほかにも、いわき市内の労働組合と力を合わせてスタンディングや集会を行ってきましたが、このような結果になって本当に残念ですし、怒りがわいてきます。 第一には、漁業者たちとの「約束」を破ることは許されません。第二に、県民の合意がないまま海洋放出が行われれば、これまで12年間行われてきた様々な努力が台無しになるのは間違いないと思います。政府は「復興を進めるために海洋放出する」と言いますが、どう考えても話が逆ではないでしょうか? 海洋放出は復興を進めるどころか、復興を遅らせます。さまざまな困難を生じさせることは誰が考えても明らかだと思います。 しかし政府はこういう反対の声や我々が行っている署名などを無視して海洋放出を決定しました。まさしく行政府の暴走ではないかと思います。今回、司法の力を使ってこの暴走を止めるという考え方に、私はおおいに賛同します。今回の裁判は単に海洋放出を差し止めるというだけではなくて、私たちの声をどのように届けるか、日本の民主主義を守るための裁判でもあると私は考えています。
米山努さん(いわき市) 私は「これ海」(市民グループ「これ以上海を汚すな!市民会議)」の中で安全性の問題について主に担当してきました。トリチウムなどの安全性について、資料を追って勉強してきました。政府はすぐに「科学的に安全である」と言います。どういうデータで「科学的に安全」と言っているのでしょうか? 私は、IAEAやICRPのいろいろな資料を見ていますが、「安全である」「人間の健康は損なわない」と書いている具体的なデータを見たことがありません。 逆に、遺伝性の問題とか、生育の問題とか、免疫機能に対する問題とか、いろんな問題が実は指摘されているんです。それがまだ明確に示されている段階ではないから、政府は「科学的ではない」と言います。でも、問題がたくさん指摘されているというのは、みんな不安になるし、将来もっと大きな問題が発生する可能性があります。 私は「科学的」という言葉を明確にしていただきたいと思っています。問題視している研究者はたくさんいます。そういう人たちと「安全だ」という学者たちが徹底的に討論してきちっとした安全基準をまず定めていただきたい。そうでなかったら、これから何十年も汚染水を海に流し続けるということに全く納得できません。
丹治杉江さん(いわき市) 私はいわき市の、原発から34キロのところに住んでおりましたが、群馬県前橋市に避難しました。それから12年たちました。今年6月、故あっていわきに戻ってまいりました。戻ってきた途端にこの騒ぎです。福島をどこまで愚弄するんだという怒りでいっぱいです。 岸田さんは今回の問題を風評被害賠償とモニタリングだけで乗り切ろうとしていますけれど、とんでもないことです。福島県民の暮らしはズタズタにされました。やっと折り合いをつけて12年、復興の兆しを見つけているところです。ここに国がこのような問題を勝手に持ち込んでくる。「復興のために」という言葉を聞くたびに、岸田さんは何も分かっていないんだな、いや、分かっていてやってるのかもしれないなと思います。 岸田政権がこれから30年、40年続くはずもない。隠蔽、偽装が続いている東電も、今は「真摯に対応する」と言っていますけど、40年先のことまでとても信じることはできません。 私は原発事故に対する国と東電の法的責任を追及し、損害の賠償を求めた群馬訴訟の原告でした。東電の「適正な賠償」という言葉を聞くたびに、どうしても引っかかります。もちろん金さえもらえればいいとは思っていません。しかし、事故をめぐる損害賠償裁判では、ほんのわずかな涙銭を配って、「もう十分だ」「払い過ぎた」。ここまで言い切る東京電力です。被害者は貧困と病気と家族ばらばらの生活で、今も再建できない人がたくさんいらっしゃいます。このような事態を放り出したまま、もう原発事故が終わったかのように物事を進める国や東電。「適正な賠償をする」という言葉を聞くたびに、私は嘘っぱちだなと思います。 海洋放出は福島県民だけの問題ではありませんし、漁業者の皆さんだけの被害では終わりません。低線量長期被ばくの問題は、福島だけでなく日本中のお母さんやお父さんが心配し、それでもなんとか生活環境を整えなければと折り合いをつけて暮らしてきたんです。原発事故さえなければ必要ない心配を12年続けてきました。これ以上放射能に脅される生活はごめんです。海に流さなくたって、処理する方法はあるはずです。
佐藤和良さん(いわき市) きょう午前中、富岡港から船でイチエフ付近まで行って海洋放出前の海水を採取するという、いわき放射能市民測定室「たらちね」の調査に同乗してきました。目に見えない汚染が常磐沖から太平洋沿岸、そしてアジア・太平洋地域、アメリカを含めた太平洋全体に拡散していく。そういうことを想像した時、ほんとに胸が押しつぶされるような思いでした。私は双葉郡の生まれで、あの海で泳ぎ、海の中の生き物やすばらしい海の世界を見て育ったものですから、今回の海洋放出の決定が悔しくて悔しくてたまりません。 広島、長崎の惨禍を目にして、軍事利用であれ平和利用であれ人類は核と共存できないのではないかとずっと思って脱原発の運動を続けてきました。その中で2011年の原発過酷事故という痛恨の事態を経験して、また再び、国・東電による「二重の加害」を許すのかと。漁業者だけでなく、ここで暮らす我々普通の市民も含めて「二重の被害」を甘んじて受ける必要が本当にあるのかと。これを止めないで、私たちがここに生きる価値があるのかと。こういうことを思ってこの運動を続けて参りました。
武藤類子さん(三春町) きのう関係閣僚会議で放出の決定をして、明日24日にもう流すと。何と言いますか独善的で強硬な姿に、一瞬言葉を失いました。漁業者との約束を破って、原発事故被害者である福島県民の声や国民の声、そして海でつながる国々の人びとの声を聞こうともせずに、何が何でも流そうとする姿勢には民主主義のかけらも感じられません。 岸田首相は「円滑な廃炉と福島の復興のために海洋放出を先送りできない」と言っておられましたけれども、必ず漁業者を窮地に追い込みます。それは確実だと思います。そして消費者も正当な防衛行為として、福島の食品を買っていいんだろうかという迷い、そして健康への不安を感じると思うんです。福島の復興のためになんか一つもならない。かえって分断を生むだけだろうと思っています。 2018年に経産省が主催した説明・公聴会がありました。その時は44人中42人の公述人が「陸上保管を望む」と言いました。それは全く反映されず、その後、国主催の公聴会は一度も開かれていません。仕方がないので私たちは、市民で組織して経産省の方、東電の方をお招きして話し合いを行ってきました。でも、結局は「理解を求めていきます」という言葉を使い、私たちに「諦め」を強いる。そういう態度だったと思います。「一定の理解を得られた」と岸田首相が言っていましたけれども、どうしてそんなことが言えるのかなと思っています。 たくさんの方に訴訟に参加してほしいです。変だ、おかしいと思うだけではなくて、具体的に戦える場だと思うんです。
後藤江美子さん(伊達市) この問題に居ても立ってもいられなくて伊達市から参りました。大人として子どもたちに恥ずかしくない未来を残せるかというのが、この問題の争点ではないかと考えています。皆さん言っておられますが、国と東電は2015年に福島県漁連に対して「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と約束しました。直近まで「守る」と言っていた約束がいとも簡単に破られてしまいました。大人として恥ずかしくない行動なのでしょうか? 国は汚染水の対策として三つの原則を言っていたと思います。「漏らさない」「近づけない」「取り除く」の三つです。「近づけない」ということであれば、なぜ汚染水の流入対策を真剣にやろうとしないのかということも疑問でなりません。なぜ海洋放出だけ急いで、私たちの疑問に一つひとつ誠実に答えてくれないのか。腹立たしさをおぼえています。 あらためて大人として、ごまかしのない、ウソをつかない、だますことはしない、言葉のすり替えはしない、後出しじゃんけんはしない。そういうことを子どもに胸をはって言える未来を作りたい。そういう思いからこの訴訟に参加させてもらおうと思います。
「原告数100人超をめざす」
この裁判の原告側弁護団は「原告の数は100人を超えることを目指す」としています。23日の記者会見で発言したのは全員福島県内の方でしたが、県外の人の参加も受け付けているそうです。また、漁業者の方々については仕事や生活に支障をきたすことを防ぐため、氏名などは原則非公表で裁判を進めるといいます。
9月8日が第1次提訴です。「原告になりたい」などの問い合わせは、ALPS処理汚染水差止訴訟原告団事務局(090-7797-4673、ran1953@sea.plala.or.jp)まで。
皆さまのご意見を募集します
海洋放出問題について、皆さまのご意見を募集します。長いものも短いものも、海洋放出を支持する声も反対する声もすべて歓迎です。お待ちしております。
※これまでにもたくさんのご意見をもらっておきながら、「みなさんの声」シリーズの更新が遅れております。誠に申し訳ありません。また、いただいたご意見に対しては、ウネリウネラから掲載の可否を聞くメールを送っています。メールで直接意思確認できた人のみ、サイトへの掲載・編集作業をしています。もし「投稿したのにメールが来ない」という方がいましたら、恐れ入りますが、uneriunera@gmail.comにご一報ください。
コメント