【解説】「過労死ライン」は変わるのか?①

報道

 「月80時間の時間外労働(≒残業)」というのが、いわゆる「過労死ライン」です。

 細かく言うと、「直前1か月で100時間、2~6か月の平均で80時間の残業」となります。これを超えて働いていた人が、クモ膜下出血や心筋梗塞などの脳や心臓の病気を発症すると、高い確率で「労災」が認められます。

 過労死ラインは、“すでに倒れてしまった人が労災かどうか”を決める目安ですが、“いま働きすぎの人が倒れるのを防ぐ”ためにも重要です。このラインを超えている人が周囲にいたら、すぐに「危ないよ」と声をかけることができるからです。

 この過労死ラインを含む労災認定基準の見直しが、政府内で行われています。厚生労働省が会議を開き、先月下旬に「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(案)」という文書をまとめ、発表しました。

 「過労死ライン」がどう変わるのか。結局、変わらないのか。数回にわたって書きたいと思います。

 初回はまず、現在の認定基準がどうなっているのか。いつごろできた基準で、どんな根拠で過労死ラインが「80時間」となったのかを紹介します。


過労死ラインとは?

 もう一度、現在の過労死ラインを確認します。
「発症直前の1か月で100時間、または2~6か月の平均で80時間の時間外労働」です。

 たとえば、10月1日にクモ膜下出血などの発作が起こった場合、まずは、9月1日から30日までの1か月間で100時間を超える時間外労働をしたかどうかを見ます。次に、8月と9月の2か月平均が80時間を超えなかったか、7~9月の3か月平均ではどうか、と調べていきます。

 6か月前までさかのぼって、どこかで月平均80時間を超えれば、過労死ラインを超えていたことになります。
 かなり高い確率で労災が認められます

 10月1日に倒れた人が、以下のような労働時間だったとします。

時間外労働月平均の時間外労働
9月60時間
8月70時間65時間
7月40時間56.6時間
6月120時間72.5時間
5月110時間80時間
4月30時間71.6時間

 上のような労働時間だった場合、5~9月の5か月平均で見た場合、400時間÷5か月でちょうど80時間になりますので、ここで「過労死ラインを超えていた」と認定されます。

 もちろん、認定基準には、労働時間以外の要因についても「負荷」として考慮するように書いてあります。
 下の6つです。

不規則な勤務
拘束時間が長い勤務
出張の多い業務
交代制、深夜勤務
作業環境(温度・騒音・時差)
精神的緊張を伴う業務

 このような負荷も考慮するように書いてありますが、実際には、労働時間が認定を大きく左右している現状があります。たとえば、先日発表された2020年度の労災認定のケースを労働時間別で表したのが下の表です。

脳・心臓疾患で労災認定された人左のうち、亡くなった人
45時間未満0人0人
45~60時間未満0人0人
60~80時間未満17人5人
80~100時間未満79人28人
100~120時間未満45人16人
120~140時間未満19人7人
140~160時間未満12人2人
160時間以上6人2人
厚労省の報道発表資料を基に作成

 労災が認定された人のうち、時間外労働が80時間を下回った人は、1割弱しかいません。労災認定の際、「過労死ライン」がいかに重要視されているかがよく分かります。


なぜ、過労死ラインは「80時間」なのか?

 では、この「単月で100時間、2~6か月の平均で80時間」というのは、どこから来ているのでしょうか。今の労災認定基準が採用している考え方を紹介します。

 実は、睡眠時間がカギになっています。1日につき6時間ほどの睡眠が確保できない状態が続くと、血圧が上がったりして、脳や心臓の血管の負担を増やし、病気につながるとされています。睡眠が5時間を下回るとさらに危険だと言います。

 では、「6時間ほどの睡眠が確保できない状態」とは、どれくらい働いた場合でしょうか。働く人の平均的な生活時間を調べる国の調査があります。それによると、平日における、働く人の平均的な時間配分は、以下のようになっています。足すと24時間になります。

睡眠 7.2時間食事など 5.3時間仕事 8.1時間余暇 3.4時間
「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(案)」から引用

 ポイントは、食事など「生活に必要な時間」が「5.3時間」となっていることです。つまり、1日24時間から、最低限の「睡眠時間(6時間)」と「生活に必要な時間」を引くと、残った時間はこうなります。

 「1日24時間」―「睡眠6時間」―「食事など5.3時間」=12.7時間

 食事などの時間は削れないので、1日に12.7時間以上働くと、「6時間ほどの睡眠が確保できない状態」になる、ということです。

 法律では1日8時間労働と決まっており、それを超える場合は最低1時間の休憩の確保が義務です。この合計9時間を引いた分が、「時間外労働」となります。

 12.7時間-9時間=3.7時間

1ヶ月にわたり、「1日3.7時間」残業した場合、一ヶ月の時間外労働はどうなるでしょうか。

平均勤務日数は21.7日なので、

 3.7時間×21.7日=80.29時間 ≒80時間

よって、過労死ラインは「80時間」となっています。

 さらに危険な「5時間ほどの睡眠が確保できない状態」を考えます。すなわち「1日4.7時間」の残業を行った場合なので、こうなります。

 4.7時間×21.7日=101.99時間 ≒100時間

このように、確保できる睡眠時間から逆算して決めているのが、今の「過労死ライン」の特徴です。

なぜ見直しの議論に?

 この過労死ラインができたのは2001年です。できてから20年たっており、その間に、日本人の働き方、暮らし方は大きく変わっているので、基準の見直しが求められていました。過労死問題に取り組む弁護士たちは「月65時間への引き下げ」を求めており、筆者ウネリも「80時間から引き下げるべきだ」と考えています。

 また、この20年の間に、労働時間と健康の関係を分析する医学論文が多く発表されたことから、最新の医学的知見に基づいて過労死ラインを見直す必要があるのではないか,そういうことで、厚労省が検討会を開いてきました。

 ここまでが、今回の記事の内容です。次回は、新基準がどうなりそうなのかを紹介します。

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