JR新潟駅からバスに乗る。信濃川にかかる万代橋を渡ると、古町の商店街に着く。そこからさらにバスに揺られること十数分。住宅街の入り組んだ路地の中に、亡くなった男性の家族が住む一軒家がある。
1階のリビングルーム。テレビの横に仏壇がある。そのまわりの壁には子どもたちの賞状や書道の作品などが飾られている。「パパ」に見せるためだ。一家はこのリビングルームで食事をとり、パパも一緒に、その日起きたことを語り合う。仏壇には日本酒の4合瓶が供えられていた。息子が成人式の日にもらったものだった。Mさんが話す。
「夫はお酒が好きでした。生前、まだ小さい息子にこう言っていました。『二十歳になったら一緒に酒を飲もうな』。その夢は叶えることができませんでした」
◇ ◇ ◇
「最後に一つ、どうしてもお願いがあります」
3月30日、中原市長との面会で、亡くなった男性の遺族Mさんは切り出した。求めたのは男性を苦しめた係長本人からの謝罪だった。涙で声をつまらせながらMさんは語った。
「公務災害と認定されても勝訴判決をいただいても、たとえ係長から謝ってもらっても、夫の命はもう二度と帰ってきません。でも、謝ってもらい、区切りをつけて、前を向いて生きたいのです。どうか遺族の思いをくみ取ってください。お願いします」
◇ ◇ ◇
亡くなった男性の遺書の一節を紹介する。
〈どんなにがんばろうと思っていてもいじめが続く以上生きていけない。人を育てる気持ちがあるわけでもないし、自分が面白くないと部下に当たるような気がする。いままで我慢してたのは家族がいたからであるが、でも限界です〉
遺書
亡くなった男性が誰について書いたのかは明らかだ。直属の上司だったA係長(現在すでに水道局を退職)である。遺族がA係長に会い、直接の謝罪を求めたい気持ちになるのは当然だ。しかし、A係長は法廷でこのように話している。
遺族側弁護士 彼はこういう遺書をのこし、命を絶っています。でも、いじめたという認識はないのですね。
2022年2月28日A係長証人尋問
A係長 ありません。
弁護士 あなたは、男性や、原告である男性の奥さんに、一度も謝罪していない。なぜですか?
A係長 至らないところがあったとは思っていないので、謝罪する気はありません。
A係長がこう証言した時、原告席に座っていたMさんは両手で頭を抱え、机に突っ伏していた。あまりにも痛々しい光景だった。
◇ ◇ ◇
裁判は終わったが、A係長本人の謝罪はまだ実現していない。水道局は「本人に対して謝罪を要請している」という。しかし、この点に関する水道局の対応は不十分だ。
遺族と水道局との話し合いが本格化したのは今年の3月6日からだ。弁護士を介した書面での交渉を終え、Mさんと水道局幹部が直接話すようになった。その打ち合わせの中で、水道局長が3月下旬に遺族宅を弔問することが決まった。中原市長の謝罪も近日中に行うことになった。水道局はその際、A係長にも同席を求めると遺族に約束した。
しかしその後の水道局の動きは低調だった。
「係長の謝罪はどうなりましたか?」
3月6日以降、Mさんは何度も水道局に問い合わせた。水道局のK総務課長(当時。4月1日付で総務部長に昇進)から回答があったのは3月20日のことだ。
「まだ係長本人と連絡がついていません」とK氏は話した。
局長が仏壇に手を合わせに来るのは3月23日の予定だ。市長の謝罪もなるべく3月中に実施する約束だった。それなのに20日の時点でもなお、水道局は係長本人と連絡がとれていなかった。
しびれを切らしたMさんは、無駄だと感じつつもA係長に直接電話をかけた。直属の上司なので当時の番号は知っている。ダイヤルすると、意外にも電話に出た。開口一番、「どちら様ですか?」と尋ねてきたという。「●●です」と名前を告げるとA氏もさすがに気づいた。
自分から電話をかけたものの、Mさんは何と言ったらいいか分からなくなった。心の準備なしに話し始めれば感情的になってしまうと思い、「謝ってください」などと直接言うのは避けた。そのかわりに「水道局のKさんが何度電話してもつながらないと言ってました」と言った。それに対してA係長は、「着信を見て私もかけ直したけど、向こうが出なかったんです」と返事をした。「水道局から連絡がありますので、よろしくお願いします」とだけ言い、Mさんは電話を切った。(※Mさんは4月に入ってからもう一度A係長に電話したことがある。その時は電話をとってもらえなかった。)
Mさんが直接A係長に電話した日の夜、水道局のK総務課長からMさんに電話があった。A係長からK氏へコールバックがあったという。K氏がMさんに伝えたところによると、謝罪への同席を求められたA係長は「行く」とも「行かない」とも答えなかったという。
翌日、K氏はA係長に判決文をメールで送った。市長の謝罪の2日前の3月28日にもう一度A係長に電話したが、その時もA係長は「行く」か「行かない」か明確に言わなかったという。
3月中に水道局がA係長に行った謝罪要請の経緯を以下にまとめる。
3月16日 | 水道局のK総務課長、A係長に架電(つながらず) |
20日 | K氏、A係長に再び架電(つながらず) |
21日 | Mさん、A係長に架電 |
A係長、水道局(K氏の携帯?)に架電 | |
22日 | K氏、判決文をA係長にメールで送付 |
23日 | 水道局のS局長が遺族宅を弔問 |
28日 | K氏、A係長に架電 |
30日 | 中原市長、Mさんら遺族に謝罪 |
31日 | 水道局の総務部長(K氏の上司)、A係長に架電 |
3月中も電話で数回話しただけ。面と向かって直接話したことは一度もない。判決文はメールで送った。こんな状況では、遺族が怒るのはやむを得ない。しかも、4月になってから1カ月間、水道局は一度もA係長に連絡していないという。
Mさんは「せめて係長に直接会って謝罪を要請してほしい」と求めている。水道局が直接会っていない理由として話しているのは以下の二つだ。「法律に触れるかどうかを慎重に考えている」というのが一つ。「A係長に考える時間を与えている」というのがもう一つ。
これで遺族は納得できるだろうか。退職した職員を訪問することが法に触れるわけがない。遺族は力ずくで連れてきて謝罪させろとは言っていない。「考える時間を与えたい」と言うならば、直接会ってきちんと話してから、本人に考える時間を与えるほうがいい。要するに水道局は積極的に動いていない言い訳をしているに過ぎない。
◇ ◇ ◇
筆者は係長に「謝罪しろ!」と怒鳴りつけるべきだと思っているわけではない。
「謝罪」の前には「認罪」が必要だ(もちろんここでいう「罪」は法律的なことにとどまらない。広い意味で相手を傷つける行為のことを指している)。謝る前に、自分がどんなことをしてしまったのかを認めなければいけない。行為そのものを受けとめていない者を無理やり謝らせても意味がないのではないか(過労死・パワハラ死事件を取材してきた筆者の考えである。「たとえ形式的であっても謝らせることに意義がある」とおっしゃる遺族もいる。このあたりのことに、簡単に結論は出せない)。
謝る/謝らない。その二者択一はとりあえず置いておいて、筆者が現段階でA係長に求めたいのは、「Mさんら遺族と会って話をする」ことだ。
遺族はA係長が原因で大切な家族を失ったと考えている。裁判所もその考えをある程度認める判決を下した。それでも謝罪を拒否するなら、A係長にもそれなりの理由があるのだろう。だったらその理由を遺族に説明すべきだ。法廷という特殊な場で代理人を経由して話すのではなく、遺族と直接会い、意思疎通を行うべきだ。遺族はそれを望んでいる。直接会って話して納得できなければ、まだ謝罪はできないのかもしれない。だが、人が亡くなっている以上、少なくとも「会って話す」責任はA係長にもあるだろう。
◇ ◇ ◇
「最後に一つ、どうしてもお願いがあります」
Mさんの訴えを聞いた時、中原市長はこう答えた。
「謝罪を求めるお気持ちは理解をしております。係長にご遺族のお気持ちをしっかりお伝えするよう、水道局に指示しておきます」
水道局の不十分な対応は市政全体の責任でもある。中原氏も含めて、今後の対応に注目したい。(文・写真/ウネリウネラ牧内昇平)
(続く)
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