政府・与党が今の国会で作ろうとしているのは、「国を挙げて原子力を守り、育てる法律」です。何があっても原子力(原発)を進める。原子力産業は絶対つぶさない。それが日本という国の「責任」であり「義務」である。そういう法律を作ろうとしています。
皆さんはどう思いますか? 法律案の中身を紹介します。(ウネリウネラ・牧内昇平)
※筆者は5月23日、国会で開かれた集会「こんなにおかしいGX法!」(主催:再エネ100%と公正な社会をめざす「ワタシのミライ」)をオンライン視聴しました。以下の内容は、その集会での国際環境NGO「FoEJapan」満田夏花氏の話をベースにしています。ただし文章の責任はすべて筆者にあります。
ごまかし的な法案の呼び名
政府・与党は問題の法案を「GX脱炭素電源法案」と呼んでいます。「GX」はグリーン・トランスフォーメーションの略で、結局は「脱炭素」と同じ意味です。法案の呼び名に「原発」という言葉が入っていませんが、これは「ごまかし」です。
政府・与党は一つの法律案のように言い表していますが、実は5つの法律をまとめて書き換えてしまおうという「束ね法案」です。
表にある5つの法律案(すでにある法律の書き換えや加筆案)のうち、上の4つは「原子力(原発)」に関わるものです。一番下だけが風力や太陽光などの「再生可能エネルギー」関連です。これで法案の呼び名に「原発」「原子力」という言葉を入れないのは、不自然です。
政府・与党が「GX脱炭素電源法案」と呼んでいるからと言って、その通りに呼ぶ必要はありません。この法案に反対する人たちは「原発推進束ね法案」と呼んでいます。こちらの方が実態に合っていると思います。
原子力の利用が「国の責務」に
この原発推進束ね法案には特に大きな問題点が2つあります。ひとつめが、「原子力利用の憲法」とも言われる原子力基本法の大幅加筆です。
1955年にできた原子力基本法は、第1条「目的」、第2条「基本方針」、第3条「定義」と続いていきます。
政府・与党はこの「基本方針」と「定義」のあいだに、第2条の2「国の責務」というものを書き加えようとしています。
法律の条文なので少し分かりにくいですが、要するにこういうことだと思います。
「国には、原発を使うために必要なことをする責任と義務がある」
政府・与党の中では、原発は「安定的に電力を供給し、脱炭素につながるもの」です。なので、条文の「~~に資することができるよう、」と記述することにはあまり意味がありません。たとえば新幹線について、「新幹線利用に当たっては、迅速な都市間移動に資するよう、」と書くことに意味はないと思います。
青字のところをつなげて読めば足りるでしょう。「国は原子力発電を電源の選択肢の一つとして活用するために必要な措置を講ずる責務がある」。こういう風になります。
※ちなみに筆者は政府・与党が前提としている「原発=脱炭素」も疑っています。関連記事↓
原発マネーも国の責務に?
政府・与党はもう一つ、国の責務を書き加えようとしています。以下です。
安全確保のために努力するのは当たり前なので、「~~に関し万全の措置を講じつつ、」までのところは意味がありません。要するに「国には、国民の原発に対する信頼を確保し、原発への理解を得るための取り組み、特に地域振興を行う責務がある」ということを言っています。
「地域振興」の部分が特に引っかかります。これまでも、お金をばらまいて立地地域に原発建設を納得させてきた歴史があります。いわゆる「原発マネー」です。こういうことを「国の責務」にしようとしているのです。
考えてみれば「責務」というのは、強い言葉です。
せき・む【責務】責任と義務。また、責任として果たすべきつとめ。
広辞苑第7版
ベースにあるのは「原子力産業の支援」
国は責務として具体的に何をしなければいけないのか。政府・与党は第2条の2「国の責務」のあとに、第2条の3「基本的施策」という項目を加えようとしています。これも驚きの内容です。
人材育成、産業基盤の強化、安定的な事業環境の整備・・・。これらは本来、たとえば電力会社などが自分たちでやるべきことでしょう。それを国の責任と義務にしようというのが、政府・与党の法律案です。この法律案の目的は「国による原子力産業への支援」であることが、ここで明らかになると思います。
ここまでが、原子力基本法大幅加筆の問題点です。
運転延長を決めるのは経産省
もう一つの大きな問題が、「原子炉等規制法」と「電気事業法」の書き換えです。
現在の原子炉等規制法という法律には以下の条文があります。
【現行】
原子炉等規制法43条の3の32(運転の期間等)
1.発電用原子炉を運転することができる期間は、40年とする。
2.期間満了の際、原子力規制委員会の認可を受けて、1回に限り延長することができる。
3.延長する期間は、20年を超えることができない。
現在の原子炉等規制法
この条文によって、原発運転は「原則40年、最長60年」、原子力規制委員会が認可した場合だけ、というルールができあがっています。
政府・与党の法律案は、この条文をばっさりカットします。そして、似て非なる項目を電気事業法のほうに新設します。
【政府・与党の書き換え案】
電気事業法27条の29の2(原子炉の運転期間)
1.発電用原子炉を運転することができる期間は、40年とする。
2.40年を超えて運転しようとするときは、あらかじめ、経済産業大臣の認可を受けて、運転期間を延長することができる。
3.(※省略)
4.(※大事なので後述)
電気事業法<政府・与党の書き換え案>
ご覧の通り、似て非なるものです。40年超の運転を認可する権限が「原子力規制委員会」から「経済産業大臣」に移されています。
原子力規制委員会は原発の安全性をチェックするための機関です。「規制」とは「歯止め」のことです。一方で経済産業省は、原発をできるだけ利用したい側です。
やや唐突ですが、これを競馬にたとえて、原発が「競走馬」だとします。馬を走らせたい経産省は、「馬主」です。一方、原子力規制委員会は馬の健康状態を診る「獣医」ということになります。40歳の競走馬がこれからも走れるかどうか、あなたは馬主と獣医のどちらに判断を委ねたいですか?という話です。
「最長60年」のルールがなくなる
もう一つ深刻なのが、現在の原子炉等規制法にある以下の規定がなくなることです。
【現行】
原子炉等規制法43条の3の32(運転の期間等)
3.延長する期間は、20年を超えることができない。
現在の原子炉等規制法
政府・与党の法律案は、この「延長は20年まで(つまり運転は最長60年)」という規定を大幅に骨抜きにしています。20年の延長期間をさらに引き延ばせるようになっているのです。
具体的には、原発の運転が止まっていた年数を延長期間に上乗せできるようにしています。たとえば、「一定の条件で」運転を10年間停止させていた場合、その原発は20+10で30年、運転を延長することができるようになります。
一定の条件とは何か。ここは条文の書き換え案をそのまま紹介すると分かりにくいので、FoEJapan満田氏のスライドを引用させてもらいます。
満田氏が指摘している通り、運転が停止していても設備の劣化は進むはずです。何かと理由をつけて運転期間を延ばしたいようにしか見えません。
また特に気になるのは「ホ」です。「その他、電力会社が予見しがたい事由に対応するため運転を停止していた期間」ということですが、「予見しがたい事由」とは何か。現時点ではっきりしていません。法律をつくったあとで経産省が省令で決める、と書いてあります。法律は国会の議決が必要ですが、省令は経産省が自分で作れます。後からどんなことになるのか不透明です。
何回でも延長できる?
「原発が60年を超えて運転できるようになる」ということが話題になることが多いですが、実はもう一つ不透明なことがあります。
【現行】
原子炉等規制法43条の3の32(運転の期間等)
2.期間満了の際、原子力規制委員会の認可を受けて、1回に限り延長することができる。
現在の原子炉等規制法
この条文をなくそうとしていることはすでに紹介しました。先ほどは「原子力規制委員会が認可の権限を失う」点を強調しましたが、後半部分の「1回に限り延長できる」という部分も一緒になくなります。そして、この「1回に限り延長可」という部分は、電気事業法の書き換え案の中には存在しません。
つまり、もし政府・与党の法律案が成立すれば、法律上は「何回でも運転を延長できる」ことになります。「1回限り」とわざわざ書いていたものをなくすのは、かなりルールを甘くするということです。
運転延長の話をいったんまとめます。FoEJapan満田氏のスライドを少し改変して掲載します。
現在の制度は以下↓
これを、政府・与党は以下のように変えようとしている↓
ウネリウネラから一言
以上、政府・与党が言う「GX脱炭素電源法案」、実態は「原発推進束ね法案」の中身を紹介しました。筆者が「国を挙げて原子力を守り、育てる法律だ」と言う理由も分かってもらえたのではないでしょうか。
もう一つだけ付け加えます。原子力基本法に「国の責務」を書き加えようとしていることはすでに書きました。実は直前の「基本方針」(第2条)にも大幅加筆があります。
【政府・与党の加筆案】
原子力基本法第2条の3(基本方針)
エネルギーとしての原子力利用は、国および原子力事業者が安全神話に陥り、東京電力福島第一原発の事故を防止することができなかったことを真摯に反省した上で、原子力事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立って、これを行うものとする。
「安全神話」とは何か。原子力規制委員会の委員長(山中伸介氏)による国会答弁を紹介します。
安全神話とは、策定した規制基準に適合しているかどうかだけを確認することで満足するのではなくて、残されたリスクに思いを致さず絶対的に安全だと思い込む、科学的、技術的でない姿勢のことであるというふうに考えております。
3月30日衆議院原子力問題調査特別委員会
要するに、「どんなに努力しても事故のリスクはゼロにならない」ということです。政府・与党の加筆案は「事故の防止に最善かつ最大の努力をする」と書いていますが、それでも「事故は起き得る」ことを同時に認めているのです。
これと「国の責務」を組み合わせると、こうなります。
「深刻な事故のリスクは常にあるが、それでも日本という国は、原子力(原発)を使い続ける責任と義務がある」
これでは「原子力心中法」です。少なくとも筆者は原子力と心中したくはありません。皆さんはどう思いますか? また、「事故のリスクは残るけど原発を大いに推進する」という背景には、「福島の事故はたいしたことがなかった」という認識があると思います。政府・与党の法律案は福島原発事故の被災者、被害者に対する冒とくだと筆者は考えます。
5月23日の集会「こんなにおかしいGX法!」については、主催団体の「再エネ100%と公正な社会をめざす『ワタシのミライ』」のウェブサイトに情報があります。こちら 本記事のベースにさせてもらったFoEJapan満田氏のスライド「GX推進法案、GX脱炭素電源法案の問題点」は、こちらです。
この法律案は成立させるべきではありません。少なくとも束ね法案で審議するのは無理があります。「原子力基本法の大幅加筆」と「原子炉等規制法・電気事業法の大幅書き換え」とは、ほとんどリンクしません。再エネ特措法はさらに距離があります。これらを一緒に審議しようと思えば、どうしても一つひとつを話し合う時間が足りなくなります。
この法律案はすでに衆議院を通過し、参議院で審議中で早ければ週明けにも可決されるかもしれません。しかし非常に大事なことなので、書き留めて記録しておきます。
コメント
原発に軍拡。どこにお金があるんだろう。為政者は何を考えているのかわからない。