「国と地方自治体が子どもを放射線被ばくから守ることを怠ったのは重大な過失である」~子ども脱被ばく裁判・原告の声

原発事故による放射線被ばくから子どもを守るため、当時福島に住んでいた親子が裁判に挑んでいます。「子ども脱被ばく裁判」です。この裁判の控訴審口頭弁論が9月12日、仙台高裁で開かれました。

裁判の一部がこの日結審するなど、大きな動きがありました。まずは、きょうの法廷での原告意見陳述を紹介したいと思います。事故当時、福島市内で子どもを育てていた女性の声です。ぜひ読んでください。


原告の意見陳述

私は、国と地方自治体が、子どもを放射線被ばくから守ることを怠った事実は重大な過失であると考えています。これから、それを証明する出来事を率直に話したいと思います。

2011年3月12日、「原発で爆発的事象があった」という報道に不安を抱きながらも、当時福島市内に住んでいた私は子どもを連れて逃げるかどうか迷っていました。相馬市の病院で危篤状態だった父と付き添いの母を置いて逃げたら父にはもう会えないだろうと思ったからです。

もう一つの大きな理由は、官房長官が放射線量について何度も「直ちに健康に影響を与える数値ではない」と述べていたこと、福島市に避難指示が出ていなかったことです。そのせいで、12日の報道後すぐに逃げる、という決断ができませんでした。しかし、12日、13日とネットや友人から「諸外国は自国民を80キロ圏外や国外に避難させている」とか、避難区域になっていない地域に住んでいた私の知り合いの外国籍の方がチャーター便で自国に避難した、などの情報が入ってきたので、私も子どもを連れて逃げたいと思い始めました。チョルノービリ原発事故後の健康障害のことも知り、子どもたちをそんな被害には遭わせたくなかったからです。

しかし子どもだけ逃がそうにも在来線も新幹線も東京方面へのバスも止まっています。福島空港の便も満席ばかり。仙台空港は津波の被害で機能していませんでした。私が車を運転して逃げようにもたまたまガソリンが少ししか入っておらず、国はガソリンを福島市に運んでくれず、高速道路も通行止めになっていました。国は「直ちに被害は生じない」と、どのようにでも受け取れる表現で、避難区域を狭い範囲にとどめ、交通網をすべて止め、ガソリンも支給せず、国自らがバスを総動員して子どもを避難させることもせず、子どもたちを福島に閉じ込め、被ばくを強要したのです。

3月11日から断水し、12日からの給水では1人3リットルと言われました。福島市に避難指示は出ませんでしたから、夫は出勤し、ガソリンがないので泊まり込みで勤務していました。つまりわが家には大人は私一人だけでしたから、私が並んでもらう3リットルで子どもの分の水が足りるわけがありません。放射線の不安はありましたが、苦渋の選択で”今必要な水”を優先してしまい、子どもを連れて給水の列に毎日3時間も並びました。また事故後、閉まっていたスーパーが3月15日に2時間だけ店を開けるというので、そこにも子どもを連れて並びました。

ほかにも子どもの姿はたくさんありました。ところが店内には一番ほしい生鮮食料品はなく、あるのはお菓子類と酒だけでした。すでに運送会社が「福島は放射能が怖いから行かない」と言っていることは知っていましたが、それは現実で、それなのに国は食料も持ってきてくれないのだ、私たち福島県民を助けないのだ、と愕然としました。毎日北に向かって飛んでいく自衛隊のヘリコプターは目撃しましたが、私たちのことは助けに来ませんでした。

私たちが、あの時”今日飲む水”、”今日食べる物”を得るために、やむを得ず子どもを長時間、外に並ばせ被ばくさせてしまったことは、間違いなく国によって引き起こされた被害です。そして、国に追従していた自治体も同様の加害者と考えます。

あの時、多くの人が放射能から逃れようと必死でした。しかし、逃げられず福島県内に閉じ込められた人が、大勢いました。ただ放射性物質が降り注ぐ中に居るしかない場合にも、ヨウ素剤を服用するという手立てはありました。福島県庁は、114万錠のヨウ素剤を集め、各自治体に配ったそうですが、結局県民に配られることも服用指示もありませんでした。山下俊一氏の意見が影響したと福島県庁関係者は述べています。けれども、子どもたちを福島県内に閉じ込めたのであれば、せめてヨウ素剤を服用させて健康被害を防ぐ対策を講じるのが国と地方自治体の責務だったはずです。それを怠ったことは重大な罪だと考えております。

2011年4月19日、文科省は、学校における「20ミリシーベルト」基準を通知し、福島県はそれを受け入れました。私は、4月初めに通常通り新学期を始めた子どもが通う学校に対して、11日ごろに「校内の放射線量を測らせてほしい」と願い出ましたが、断られました。国や県のしたことは、すべてが放射線防護の観点からすれば誤った施策と対応であり、子どもを守るものではなかったと言えます。

原発事故が起きたあの時、東京電力も国も公表の報告義務も被ばく防護のためにするべきことも怠った。その後も国民に判断の材料となる情報を提供せず、避難の判断と実行を国民に丸投げしたことは、国民の生命・身体の安全を預かる責任を放棄したと言わざるを得ません。その結果、子どもたちは無用な被ばくをさせられ、心身の健康を害し、将来にわたっての不安が続いています。人生が悪い方に一変させられてしまったのです。

非を認めて当然と思うのに、「あれもこれも義務ではない」と主張してくることは法治国家としてあるまじき姿だと思います。そんな主張が認められるなら、法律が国民のためのものになっていないということではないでしょうか。この裁判が、国民の権利を守る法律につながることも希望します。

一審の判決は、私たちの主張に対して、すべて「不合理であったとはいえない」、「違法であったとはいえない」と退けました。非常に落胆し、司法の判断に疑問を覚え、良心が無いのかと失望しています。控訴審では、十分に審議を尽くしていただき、子どもの健康を最優先に考え、予防原則に立った適正な判断を望みます。

また、今後行政が無責任で非人道的な対応をしないよう、今回の原発事故時の過ちと責任を徹底的に追及し、明らかにしていただきたいと思います。

(以上)

意見陳述を行った原告の方

※この日の裁判の様子は後ほどさらに紹介します。

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