「月80時間の時間外労働(≒残業)」という過労死ラインは変わるのか。
厚生労働省が医師や大学教授らを集めてつくった専門検討会は先月22日、労災認定基準の見直しに向けた「報告書案」を発表しました。その内容を紹介します。(現在の過労死ラインを含む認定基準について詳しく知りたい方は、前回の記事→なぜ、過労死ラインは「80時間」なのか? をお読みください。)
「80時間」は維持される見通しに
結論から言うと、「80時間」という「過労死ライン」は変わらなさそうです。
現時点の疫学調査の結果を踏まえても、引き続き、1日5~6時間程度の睡眠が確保できない状態が継続した場合には、長時間労働と病気の発症との関連性が強いと評価できるものと判断する。
「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(案)」から一部修正して引用
報告書案はこう書き、従来の「過労死ライン」を引き継ぐ考えを示しました。
過労死問題に取り組む弁護士たちは「月65時間への引き下げ」を求めて意見書を提出しましたが、その求めは、報告書案の段階では退けられています。報告書案は<現時点の疫学調査の結果を踏まえて>と書いていますが、実際には、月65時間ほどの時間外労働と病気との関連を示す医学論文も多数あります。
専門検討会のこの判断には、不満が残ります。
少し改善されそうなのは…
報告書案は「月80時間」を引き継ぐ一方で、基準を緩めようとしている部分もあります。その考えを示しているのが、以下の記述です。
労働時間のみで業務と病気との関連性が強いと認められる水準には至らないが、これに近い時間外労働が認められ、これに加えて一定の労働時間以外の負荷が認められるときには、業務と病気との関連性が強いと評価できる。
同上
つまり、時間外労働が過労死ラインの「月80時間」を下回っていても、それに近い水準だった場合、労働時間以外の負荷についてもきちんと考慮して労災を認めていきましょう。ということです。<それに近い水準>とは、おおむね「月65時間」超の時間外労働、ということのようです。
では、報告書案が示す「労働時間以外の負荷(つらさ)」とは何か、下に書きます。
時間が不規則な勤務 | 拘束が長い/休日がない/勤務間インターバルが短い/交代制・深夜勤務 |
移動が多い業務 | 出張が多い/出張でなくとも移動を伴う仕事が多い |
心理的負荷を伴う業務 | |
身体的負荷を伴う業務 | |
作業環境 | 作業場が、暑い/寒い/騒音が大きい |
前回の記事(なぜ、過労死ラインは「80時間」なのか?)に書いた通り、今の認定基準も「労働時間以外の負荷も考慮する」とは書いてあります。「なんだ、変わらないじゃないか」という気持ちにもなりますが、よく読むと、各項目の記述は少しずつ改善されていました。
たとえば「交代制(シフト制)勤務・深夜勤務」についてです。現在の認定基準は、急なシフト変更などがなく、スケジュール通り行われている「交代制(シフト制)勤務・深夜勤務」の負荷を軽んじてきました。今回の報告書案は、これらの勤務の負荷を考慮するように指摘しています。
朝昼働いて夜寝るのと、夜働いて朝昼寝るのとは、疲労のたまり方が全然違うように思います。そもそも「交代制(シフト制)勤務・深夜勤務」のつらさを重視するのは当然だったのでは、とは思いますが、ここは評価できるポイントです。
ハラスメントや退職強要なども考慮されそう
もう一つのポイントは、「心理的負荷を伴う業務」という項目が加わったことです。
「心理的負荷」とは、たとえばセクハラ、パワハラ、退職強要、顧客からのクレーム、重大な仕事上のミス、達成困難なノルマ、などです。うつ病など心の病についての労災認定基準では、すでにこうした「心理的負荷」を考慮するようになっています。
この考え方を一定程度、脳や心臓の病気の労災についても当てはめよう、という考え方です。
今の認定基準でも「精神的緊張を伴う業務」という項目はありますが、書き方がざっくりしていて、ハラスメントや退職強要などは明記されていません。幅広いタイプの心理的負荷が、労災を認めるためのヒントとして考慮される可能性があります。
次回は、専門家へのインタビュー
厚労省の専門検討会がつくった認定基準見直し案、「報告書案」のポイントは以上です。「80時間」の過労死ラインを維持する見解には不満が残りますが、労働時間以外の負荷を考慮しようとする方向性は評価できます。
新しい労災認定基準は、この専門検討会の報告書をもとに厚労省がつくります。実際にどんな文面の認定基準になるのか、それを現場の労働基準監督署の人びとがどのように使いこなすのか、注視しなければならないと思います。
ここまで2回、筆者ウネリが解説してきましたが、次回、3回目の記事が最も重要です。
長年にわたって過労死問題に取り組み、認定基準見直しの議論にも意見を表明している「過労死弁護団」の中心メンバーの一人、岩城穣弁護士に話を聞きます。
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