とうとう、震災犠牲者の追悼の場で「五輪」という言葉が出てきてしまった。
3月11日に首相が読み上げた追悼の辞はやはり前年までと全く同じ段落構成、文章の流れで、心に響くものは、まったくなかった。
追加された言葉といえば、「五輪」「オリンピック・パラリンピック」。
呆れてものが言えない。被災地の人びとは、いったいどう思っているだろうか。
【「復興五輪」】
昨日、首相官邸で東日本大震災の献花式が行われた。
毎年、政府主催の追悼式を開いていたが、今年は新型コロナウイルスの問題で中止になった。その代わりに開くことになったのが、この献花式だ。
前回までのブログで、過去の追悼式での首相式辞がいかにいい加減なものかを指摘してきた。
3.11政府追悼式 首相の式辞はこれでいいのか?(上)(3月9日)
3.11政府追悼式 首相の式辞はこれでいいのか?(下)(3月10日)
今年の献花式における追悼の辞もこれまでと同様、過去の文章の「コピペ・微修正」だった。ただし、一カ所大きく異なる点がある。以下の文章が加わったのだ。
世界の多くの方々に、復興五輪と言うべき本年のオリンピック・パラリンピックなどの機会を通じて、復興しつつある被災地の姿を実感していただきたいと思います。
多くの疑念や怒りが頭をもたげる。
五輪の開催地は「東京」であり、「福島」でも「東北」でもない。首都圏ににわか景気を作り出すための五輪を、「復興五輪」と名付けるのは欺瞞である。
首都圏は五輪に向けた整備が進むが、被災地はどうか。福島では聖火リレーのルート上ばかりきれいになり、その数キロ先にある民家は今も「帰還困難地域」のままだ。
安倍首相はこれまでも、東日本大震災の追悼式で「復興、復興」と一つ覚えのようにくり返してきた。しかし、さすがに「五輪」という言葉は前面に出してこなかった。今年はそうした最低限の配慮すら失ってしまった。
【記述が減った「被災者のケア」】
内容面についてもう一つ気になることがある。
被災者のケアについて具体的な記述が減っていることだ。昨年、2019年3月の式辞では、被災者のケアについて、以下のように述べていた。
政府として、今後も、被災者お一人お一人が置かれた状況に寄り添いながら、心身の健康の維持や、住宅・生活再建に関する支援、さらに子供たちが安心して学ぶことができる教育環境の確保など、生活再建のステージに応じた切れ目のない支援を行い、復興を加速してまいります。
それが今年はこう変わった。
政府として、今後も、被災者の生活再建のステージに応じた切れ目のない支援を行ってまいります。
かなり文面がスリムになり、被災者の心のケアの必要性や子どもに関する言及がばっさりなくなった。
宮城、福島では2016年以降に自殺率が高まっているとの指摘もある。心身のケアが重要課題であることは明白なのに、首相はなにを考えているのだろうか。
【前年の式辞から2020年版をつくる】
ここからは細かくなるが、首相の追悼の辞を過去の文章と比べてみる。
前回までのブログで、過去の首相式辞が前年のコピペ・微修正によって作られていることを指摘してきた。残念ながら今年も全く同じ状態なので、くり返しになるが、またしつこく、前年(2019年3月)の式辞をベースに今年の文章をつくる作業をした。
二つの文章がいかに重なっているかを示すためだ。
元となる19年の文章のうち、削除された部分に傍線「―」を引き、新たに追加されたところを(赤字)で示している。②「復興」については、文章の流れを分かりやすくするために、背景を色分けしている。(※引用元は首相官邸HP。PDF版はこちら。新型コロナ問題の影響で正式な追悼式を中止したことを釈明する文章については割愛)
① 「哀悼」
本日ここに、秋篠宮同妃両殿下の御臨席を仰ぎ、「東日本大震災 八周年追悼式」を挙行するに当たり、政府を代表して、謹んで追悼の言葉を申し上げます。
かけがえのない多くの命が失われ、東北地方を中心に未曾有の被害をもたらした東日本大震災の発生から、8(9)年の歳月が流れました。最愛の御家族や御親族、御友人を失われた方々のお気持ちを思うと、今なお哀惜の念に堪えません。ここに改めて、衷心より哀悼の意を表し(捧げ)ます。また、被災された全ての方々に、心からお見舞いを申し上げます。
② 「復興」
震災から8(9)年が経ち、被災地の復興は、着実に前進(進展)しております。地震・津波被災地域においては、復興の総仕上げに向け、生活に密着したインフラの復旧はおおむね終了し、住まいの再建(・復興まちづくりは)も今年度末でおおむね完了する見込みです(し、産業・生業の再生も順調に進展しているなど、復興の総仕上げの段階に入っています)。
原発事故によって大きな被害を受けた福島の被災地域では、(3月14日、JR常磐線が全線開通の予定であり、一部地域では)帰還困難区域を除くほとんどの地域で(として初めての)避難指示が解除され(が行われるなど)、本格的な復興・再生に向けて生活環境の整備が進むとともに、帰還困難区域においても特定復興再生拠点の整備が始まり、避難指示の解除に向けた取組が動き出してい(は新たなステージに入り)ます。
一方で、いまだ1万4(6)千人の皆さんが仮設住宅での避難生活を強いられるなど、長期にわたって不自由な生活を送られています。
政府として、今後も、被災者お一人お一人が置かれた状況に寄り添いながら、心身の健康の維持や、住宅・生活再建に関する支援、さらに子供たちが安心して学ぶことができる教育環境の確保など、(の)生活再建のステージに応じた切れ目のない支援を行い、復興を加速し(っ)てまいります。(中長期的な対応が必要な)原子力災害被災地域においては、帰還に向けた生活環境の整備や産業・生業の再生支援などを着実に進めてまいります。(来年度で終了する復興・創生期間の後も、次なるステージに向け全力で取り組みます。)
③ 「国土強靱化」
震災による大きな犠牲の下に得られた貴重な教訓を決して風化させてはなりません。国民の命を守る防災・減災対策を不断に見直してまいります。今後、ハードからソフトに至るまであらゆる分野において、3年間集中で、災害に強い国創り、国土強靱化を進め(、災害に強い故郷をつくり上げ)ていくことを、改めて、ここに固くお誓いいたします。
④ 「感謝」
震災の発生以来、地元の方々や関係する全ての方々の大変な御努力に支えられながら、復興が進んでまいりました。本日ここに御列席の、世界各国・各地域の皆様からも、多くの、温かく心強い御支援を頂いています(きました)。心より感謝と敬意を表したいと存じます。(世界の多くの方々に、復興五輪と言うべき本年のオリンピック・パラリンピックなどの機会を通じて、復興しつつある被災地の姿を実感していただきたいと思います。)
⑤ 「国際貢献」
東日本大震災の教訓と我が国が有する防災の知見や技術を(、)世界各国・各地域の防災対策に役立てていくことは、我々の責務であり、今後も防災分野における国際貢献を、一層強力に進めてまいります。
⑥ 「前を向く」
我が国は、幾度となく、国難と言えるような災害に見舞われてきましたが、その度に、勇気と希望をもって乗り越えてまいりました。今を生きる私たちも、先人たちに倣い、手を携えて、前を向いて歩んでまいります。
⑦ 「祈念」
御霊の永遠に安らかならんことを改めてお祈り申し上げるとともに、御遺族の皆様の御平安を心から祈念し、私(から)の式辞(追悼の言葉)といたします。
【やはりコピペ疑惑が消えない】
いかがだろうか。
これまでのブログを読んでくれた方には一目瞭然だが、①「哀悼」から⑦「祈念」までの各段落の内容・順番は、2015年3月以降、まったく同じである。
少なくとも②「復興」以外の段落はほとんど前年の引き写しである。やはり、コピペ・微修正のみだと指摘せざるを得ない。ここまで同じものを毎年読み上げられる図太さがわからない。
つぎに、比較的赤字部分が多い「②復興」について。
まず文章の色分けをみてほしい。この段落の文章については、毎年、「進む復興」→「まだ不自由な人も」→「支援を着実に」という一定の流れがあることを前回までのブログで指摘してきた。今回もきれいにその通りになっている。
さらにいってみよう。少し細かくなるが、「進む復興」の前半は、昨年とは少し文章が変わった気がするけれども、実は3年前、2017年の式辞とは酷似している。
●2017年
インフラの復旧がほぼ終了し、住まいの再建や産業・生業の再生も一歩ずつ進展するとともに、福島においても順次避難指示の解除が行われるなど、復興は新たな段階に入りつつあることを感じます。
この17年の文章から20年版をつくってみる。
●17年→20年
インフラの復旧がほぼ終了し、住まいの再建や(・復興まちづくりはおおむね完了し、)産業・生業の再生も一歩ずつ(順調に)進展するとともに、福島においても順次避難指示の解除が行われる(している)など、復興は新たな(の総仕上げの)段階に入りつつあることを感じ(ってい)ます。
ほとんど同じである。
【「進展」→「前進」→「進展」】
細かく過去の文面と比べてみると、似たような言葉を使い回していることも確認できる。少しだけ例を示してみる。まずは「①哀悼」の最後の部分。下線は私が入れた。
2017年「哀悼の意を捧げます」
2018年「哀悼の誠を捧げます」
2019年「哀悼の意を表します」
2020年「哀悼の意を捧げます」
最もふさわしい表現を探っているのというのだろうか?私見だが、きまりが悪いからなんとなく微修正をくり返しているにちがいない。
つぎに、「②復興」の冒頭部分をみてみる。
2017年「復興は着実に進展していることを実感します」
2018年「復興が一歩ずつ確実に進展しております」
2019年「復興は着実に前進しております」
2020年「復興は着実に進展しております」
進展、進展、前進、進展。この流れでいくと、21年は「復興は一歩ずつ進展」あたりだろうか。
【被災地との距離を広げる、首相の言葉】
毎年、首相の(形ばかりの)追悼の言葉は、被災地と被災地以外の人びととの距離を広げてきたのではないか。そして今年「五輪」という言葉を加えたことで、さらに大きく、その距離は広がってしまった。私はそう思っている。
首相、もしくは式辞をつくる首相ブレーンたちの言葉の引き出しの中身は、とても貧相だ。そこから「哀悼の意」は少しも伝わってこない。
何度でもくり返して言う。
追悼の言葉は、コピペで書くべき文章ではない。
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