3.11政府追悼式 首相の式辞はこれでいいのか?(下)

毎年3月11日に行われてきた東日本大震災の政府追悼式について、前回のブログでは、昨年(2019年)と一昨年(2018)の首相式辞の文章を比較した。

二つの文章は段落構成が全く同じであり、各段落中の文章の流れも変わらないことを示した。未曽有の大災害の犠牲者に向けた追悼のことばは、前年の式辞をベースにして細かいところを加筆修正してできているのではないか。そう指摘した。

3.11政府追悼式 首相の式辞はこれでいいのか?(上)

【過去の式辞は?】

今回は18年より前の式辞を検討したい。

はじめに、2015年から17年の3年分について考える。

まず指摘したいのは、この3年分についても段落構成が全く同じだという点だ。

①「哀悼」

②「復興」

③「国土強靱化」

④「感謝」

⑤「国際貢献」

⑥「前を向く」

⑦「祈念」

という順番で、式辞の文章は“整然と”並んでいる。

では、各段落中の文章はどうだろうか。今回は式辞全文を紹介することはしないが、一部についてその流れを追ってみたい。

③「国土強靱化」の段落を例に見ていく。最初に15年式辞を示し、翌16年、翌々17年の文章にどのような変化があるかを検証する。

●15年式辞(③「国土強靭化」の部分)※引用元は官邸HP

 同時に、今般の震災から得られた貴重な教訓を決して無にしない、との決意で、我が国全土にわたって災害に強い強靱な国づくりを進めてまいります。被害を少しでも小さくするため、常に最新の英知を取り入れつつ、総合的な防災対策に、政府一丸となって取り組んでまいることを、改めて、ここに固くお誓いいたします。

次に、同じ部分の16年版を見てほしい。例によって、15年から削除された部分を傍線で消し、新たに加えられたところを赤字で示している。

●15年→16年 ※引用元

同時に、今般の震災から多くの犠牲の下に)得られた貴重な教訓を()決して無にしない、との決意で風化させることなく)、我が国全土にわたって災害に強い強靱な国づくりを進めて常に最新の英知を取り入れながら、防災対策を不断に見直して)まいります。被害を少しでも小さくするため、常に最新の英知を取り入れつつ、総合的な防災対策に、政府一丸となって(、災害に強い、強靱な国づくりを取り組んでまいる進めていく)ことを、改めて、ここに固くお誓いいたします。

→変化が多いように見えるが、「無にしない」を「風化させない」に言い換え、「災害に強い強靱な国づくり」「最新の英知」「防災対策」という言葉を並べ替えているだけである。

●16年→17年 ※引用元

同時に、(震災による多くの大きな)犠牲の下に得られた貴重な教訓を、決して風化させることなく常に顧みながら)、常に最新の英知を取り入れながら結集して)、防災対策を不断に見直してまいります。政府一丸となって、災害に強い、強靱な国づくりを進めていくことを、改めて、ここに固くお誓いいたします。

→ほとんど引き写し

●17年→18年 ※引用元

同時に、震災による大きな犠牲の下に得られた貴重な教訓を、常に顧み胸に刻み)ながら、英知を結集して、防災対策を不断に見直してまいります。政府一丸となって、災害に強い、強靱な国づくりを進めていくことを、改めて、ここに固くお誓いいたします。

微かな修正

【「復興」の段落も、同じ文章の流れ】

 つぎに、文字数が多く、したがって内容も変化に富んでいるべき「②復興」の段落。

ここの文章については、前回のブログで、「進む復興」「まだ不自由な人も」「支援を着実に」という一定の流れがあると指摘した。ここを検証してみたい。

今回は逐語的に読みこむというより、文章の色分けをざっと確認してほしい。

●15年

 被災地に足を運ぶ度、復興の槌音が大きくなっていることを実感します。高台移転、被災者向けの住宅の事業は着実に前進し、復興は新たな段階に移りつつあります。しかしながら、今なお、原発事故のために住み慣れた土地に戻れない方々をはじめ、23万人の方が厳しい、不自由な生活を送られています。新しい生活をスタートさせた方々も、生活環境への適応など、御苦労は絶えません。健康・生活支援、心のケアも含め、被災された方々に寄り添いながら、さらに復興を加速してまいります。

→これが定型

●16年

被災地では、未だに、多くの方々が不自由な生活を送られています。原発事故のために、住み慣れた土地に戻れない方々も数多くおられます。被災地に足を運ぶ度、「まだ災害は続いている」、そのことを実感いたします。その中で、一歩ずつではありますが、復興は確実に前進しています。住まいとともに、生業の再生も本格化しています。被災者の方々お一人お一人が置かれた状況に寄り添いながら、今後とも、心と身体のケアや新たな地域社会の形成、被災地の産業の振興への支援などに力を注ぎ、魅力ある地方の創生につながるような復興を実現していく所存です。

→この年だけ「進む復興」「まだ不自由な人も」の順番が逆。

●17年

被災地に足を運ぶ度、震災から6年を経て、復興は着実に進展していることを実感します。インフラの復旧がほぼ終了し、住まいの再建や産業・生業の再生も一歩ずつ進展するとともに、福島においても順次避難指示の解除が行われるなど、復興は新たな段階に入りつつあることを感じます。しかしながら、今なお12万人の方が非難され、不自由な生活を送られています。被災者の方々お一人お一人が置かれた状況に寄り添いながら、今後とも、心と身体のケアや新たな地域社会の形成など、復興の進展に応じた切れ目のない支援に力を注ぎ、更に復興を加速してまいります。

→定型に戻る。前半は15年式辞、後半は16年式辞にとても似ている。

●ちなみに18年

七年の歳月が流れ、被災地では復興が一歩ずつ着実に進展しております。地震・津波被災地域では、生活に密着したインフラの復旧はほぼ終了し、住まいの再建も今春までに9割が完成する見通しであります。原発事故によって大きな被害を受けた福島の被災地域では、避難指示が順次解除され、また、帰還困難区域においても特定復興再生拠点の整備が動き出しました。しかしながら、今なお7万人を超える方々が避難され、七年間にも及ぶ長期にわたって不自由な生活を送られている方もいらっしゃいます。ふるさとに戻る見通しが立っていない方々も数多くおられます。被災者お一人お一人が置かれた状況に寄り添いながら、今後とも、避難生活の長期化に伴う心の復興や心身のケア、生活再建のための相談に加え、新しいコミュニティ形成の取組など、生活再建のステージに応じた切れ目のない支援に力を注ぐとともに、原子力災害被災地域における帰還に向けた生活環境の整備、産業・生業の再生支援など、復興を加速してまいります。

→記述は詳しくなったが、定型。

【「復興=御霊に報いる途」と断定する乱暴さ】

細かくは触れないが、2012年末に第二次安倍政権が誕生して以来、つまり2013年の式辞以来、①から⑦の段落構成はだいたい維持され、同じような内容のことが少しだけ言い換えられた文章で語られていることは明記しておきたい。

2014年式辞で見過ごせないのは、「②復興」と「③国土強靱化」との間に以下のような文章が入っていることだ。

<復興を更に加速し、被災者の方々が一日も早く普通の生活に戻られるようにすることが、天国で私たちを見守っている犠牲者の御霊に報いる途です。>

調べると、このフレーズは前年の2013年式辞にも登場する。

2015年以降の式辞をもう一度読んでみる。それらには「復興=御霊に報いる途」という表現は出てこないが、そのかわり「②復興」の文字数が年ごとに増えていることが分かる。要するに、ときの首相、政府は、「復興=御霊に報いる途」という考え方をすでに内面化し、明記の必要がないほど当然のものとみなしているのだろうか。

前回のブログでも書いた通り、復興を<犠牲者の御霊に報いる途>と断定することは、とても乱暴だ。

社会課題としては「復興」という方向性を否定しがたいだけに、(大多数とは言えなくても一部の)被災者・遺族の気持ちを置き去りにする恐れがある。

しつこくなるが、このことは何度も指摘したい。

【2015年式辞から登場する「国際貢献」】

 先ほど、「段落構成はだいたい維持され」と書いた。

どこが違うかというと、2015年以降には毎回ある⑤「国際貢献」の段落が、2014年以前の式辞にはない点だ。

<震災を教訓として防災分野で国際貢献を>といった一連の文章は、15年式辞から登場する。

ここで思い出すのは、東京五輪招致である。

2020年夏の五輪を東京で開催することが決まったのは、2013年9月のことだった。翌14年1月、元首相の森喜朗氏をトップとする「東京2020組織委員会」が発足する。

2014年から15年にかけて、日本社会は何かが変わった。五輪のお祭り騒ぎに、被災地が巻き込まれていった。

震災犠牲者たちの声なき声は、「復興五輪」の名のもとに、競技場を整備するブルドーザーのエンジン音でかき消された。

【「毎年似通った式辞」のどこが問題か】

ここまで、過去の首相式辞を検討してきた。

段落構成は同じ。文章の流れもほとんど同じ。

数字を最新のものに修正して、あとは「全く同じ」と批判されないように、言い回しをちょこちょこと変えていく。首相官邸では、こんな式辞作成作業をしていることが想像される。

たしかに楽だ。時間の短縮を図れる。しかし、それでいいのだろうか。

追悼とは、死者をいたむことだ。大切な人を失った遺族の悲しみを共有することだ。人生を突然断ち切られてしまうことへの無念、津波にのみこまれるときの恐怖。その瞬間、被災地の人びとを襲った感情のひとつひとつを、可能な限り共有しなければならない。

そのための営みのひとつが、追悼式なのだと思う。

たとえ最終的に似たような内容になるとしても、真っさらな気持ちで机の上に白い紙を広げ、追悼の言葉を一から記していく。

一年間の被災地との関わりを思い起こし、限界を感じながらも犠牲者・遺族の悲しみを共有するよう努め、一文字一文字、白い紙を言葉で埋めていく。その営みは「時間の無駄」ではない。

被災した人びとに思いを寄せていれば、少なくとも判で押したような文章にはならないはずだ。

「どうせ内容が変わらないなら、少し手直しするだけでいい」という発想の単純さは、薄気味悪い。

【血の通った追悼式を】

 東日本大震災から9年がたつ。

政府は新型コロナウイルスの問題で今年の追悼式を中止した。さらに、震災10年を迎える来年2021年を最後に、政府主催の追悼式を開かない方針も示している。

私は今年の追悼式中止に反対だし、21年以降も式を続けるべきだと考えている。

しかし、同時に、式の中身も改める必要がある。首相式辞をもっと心のこもったものにする(心をこめて被災地と接する人物が首相に就くほうが先か)。被災地の人びとが参加しやすいように東北で式を開催する。そうしたことは当然考えるべきだ。

血の通った追悼式を、開き続けなければならない。

(終わり)

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