原発事故による放射線被ばくから子どもを守るため、当時福島に住んでいた親子が裁判に挑んでいます。「子ども脱被ばく裁判」です。一審の福島地裁では原告側が敗訴し、仙台高裁で控訴審が続いています。この裁判の口頭弁論が9月12日に開かれました。大きな動きがあったので紹介します。(ウネリウネラ・牧内昇平)
行政訴訟は結審。国賠訴訟は裁判が続く
子ども脱被ばく裁判はもともと、二つの裁判からなっていました。
①被ばくの心配をしないで学校に通う権利を求める「行政訴訟」(被告は福島県と福島市など自治体)
②原発事故後の行政の対応が悪かったために無用な被ばくを強いられたことについての「国家賠償請求訴訟」(被告は国と県)
仙台高裁は12日の法廷で、①の行政訴訟については結審し、来年2月1日(予定)に判決を言い渡すことを決めました。②の国賠訴訟は、11月14日の次回法廷で、原告側が求めている証人尋問を実施するかどうか決めることにしました。
内堀氏の証人尋問は実現するのか?
順番が逆になりますが、まずは②についてです。
原告側が申請している証人の中には、内堀雅雄・福島県知事もいます。2011年3月当時は副知事として事故対応の最前線に立っていたはずの内堀氏の証人尋問は実現するのか。仙台高裁の判断が注目されます。
原告側が証人尋問を求めているのは、以下の5人です。
・内堀雅雄氏(福島県知事。原発事故当時は副知事。原発事故直後、県の責任者として大熊町のオフサイトセンターに行った)
・荒竹宏之氏(当時の福島県生活環境部次長。SPEEDIの扱いなどに関わっていた人)
・鈴木元氏(国際医療福祉大学教授。安定ヨウ素剤の投与指標づくりに関わったとされる)
・坂東久美子氏(当時の文科省生涯学習政策局長。「年20ミリシーベルト以下なら学校を開いてよい」とする文科省通知に関わったとされる)
・遠藤俊博氏(当時の福島県教育長。福島県が学校を再開させた経緯を知る人)
原告側弁護団は、5人のうち少なくとも何人かについては、裁判官が証人尋問の必要性を認めるだろうとみています。
行政訴訟は今日結審することが予定されていた。もし裁判官が「証人尋問は必要ない」という考えならば、国賠訴訟も今日のうちに一緒に結審することができた。そうしなかったのは証人を呼ぶつもりだからだ――。というのが弁護団の分析です。
仮に尋問が実現するとして、誰を呼ぶのかも重要になります。もちろん5人全員、証人として認めることもできますが、「この人とこの人だけ」と裁判官がピックアップする場合もあります。そうすると注目されるのはやはり、福島県知事の内堀雅雄氏が選ばれるか、でしょう。
原告の一人はこう語ります。
私たちも逃げも隠れもせずやっていこうという決意でいます。だから内堀さんに関してはぜひ出てきていただきたい。当時も主導者の一人であり、今は福島県の責任者です。こうした時に、「呼ばれたらいつでも出ていくよ。信念をもってちゃんと話すよ」という姿勢を見せることが「人の道」だと思います。
証人尋問は実現するのか。証人として誰を呼ぶのか。裁判官が次回法廷でどんな判断を示すかが注目されます。
ここで書き加えておきたいのは、福島県は「内堀氏らの証人尋問は必要ない」という意見を裁判所に伝えている、ということです。原告たち一市民は「逃げも隠れもしない」と言っている。それに対して、話し合うのを拒むかのような態度はいかがなものなのでしょうか? ここのところは忘れてはいけないように思います。
学校の安全基準、仙台高裁は判断を示すか?
続いて①、被ばくの心配をしないで学校に通う権利を求める「行政訴訟」のほうです。
国賠訴訟に先行して、行政訴訟は12日に審理を終え、来年2月に判決が言い渡されることになりました。
原告側は、この裁判で以下のことを指摘しました。
子どもの安全を守るための「学校環境衛生基準」には、様々な汚染物質について基準が定められている。しかし、このなかには放射性物質についての基準が存在しない。
学校環境衛生基準は、トルエンやベンゼン、一酸化炭素などの有害物質については「これ以上の値だったら学校を閉める」という基準がある。しかし、放射性物質にはそうした基準が定められていない。そのかわり、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告を踏まえた「年20ミリシーベルト」の基準が学校にも適用されている。これでいいのか。もしも他の有害物質と同じ理論で基準を作るなら、放射性物質についての学校環境衛生基準は大幅に厳しくなるのではないか。その点を司法としてどう考えるのか。
要するに、放射性物質は「特別扱い」されているのです。しかし、2021年3月の福島地裁判決はこの点をスルーし、学校環境衛生基準について詳しく検討しないまま、ICRPの勧告を踏まえ、学校を開くのは「違法ではない」という結論を下しました。
こうした点について、仙台高裁がどのような判決文を書くかが注目されます。
原告側弁護団長の井戸謙一弁護士はこう話しています。
「学校は子どもの安全を確保しなければいけないわけですよね。被ばくとの関係で、学校において子どもはどう守られるべきなのか。学校、教育委員会、行政はどういう責任があるのか。そういう形でこちらが問題提起したのに、地裁は全く答えなかった。高裁には正面から判断を示してほしい」
「首の皮一枚、つながった」
この日の閉廷後、原告や支援者たちのあいだには、安堵の声が広がりました。
「よかったよかった」「これで首の皮一枚、つながった!」
子ども脱被ばく裁判の原告たちは、実は難しい状況に追い込まれていました。
「行政訴訟」のほうは、裁判が行われている今日現在、義務教育を受ける年齢(中学3年生まで)の子どもでなければ原告から外されてしまいます。現時点で「安全に学ぶ」権利を求めているので、学校に通う年齢を過ぎてしまえば、裁判の原告でいられないのです。
2014年の提訴からすでに8年が経っています。原告になった子どもたちもすでに大きくなり、2022年度に原告の資格を失っていない人は2人だけでした。この2人も今年度で中学を卒業します。そこで、行政訴訟だけは急いで年度内に判決を出さなければならない状況になっていました。
ここで、問題が生じました。
行政訴訟に合わせて国賠訴訟も今年度中に判決を出す場合、国賠訴訟で求めている証人尋問は日程上できなくなります。一方国賠訴訟を続行すれば、判決は来年度になり、行政訴訟は裁判自体が消滅してしまいます。
原告側が求めたのは、行政訴訟を終えて国賠訴訟だけ裁判を続けること。「弁論の分離」です。でも、裁判官がこれを認めてくれるかが不安材料でした。これまでずっと、二つの裁判をくっつけて審理し、判決も言い渡されてきました。それを最後の最後で裁判官が二つに分けてくれるのか……。地裁で敗訴している事案なので、裁判官が「高裁での証人尋問は必要なし。分離せず、国賠も行政と一緒に結審する!」と言いかねないという心配がありました。
こうした中、この日口頭弁論が行われ、裁判官が国賠の裁判を続ける意向を明らかにしたので、原告や支援者たちは胸をなでおろしたわけです。
原告や弁護団は、支援者たちによる「はがき作戦」が、裁判官の判断に影響を与えたのではないかとみています。裁判の続行が風前の灯となったこの夏、「子ども脱被ばく裁判を支える会・西日本」が中心となって、「裁判官にはがきを書いてくれませんか?」と呼びかけました。
仙台高裁の裁判長宛てにはがきを送り、弁論の分離や証人尋問の実施をひとり一人が直接求めようという試みでした。「子ども脱被ばく裁判を支える会・西日本」の後藤由美子さんによると、合計5千枚のはがきを用意し、「支える会」の会員や協力してくれる人に配ったそうです。
「裁判が危機的な状況にあると聞いて、全国から気持ちが寄せられたら、裁判官も無視できないんじゃないかと思いました。裁判官も一人の人間です。自分の言葉で語りかけていくのがすごく大事なんだと教えられました」と後藤さんは話しています。
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