寄稿・小学校の先生から⑦「田中まさお」裁判について

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ウネリ旧知の小学校教諭、有馬佑介さんから寄稿してもらいました。

今回は、現役の小学校教諭である「田中まさお」(仮名)さんが教員の長時間労働を変えようと起こした裁判について、書いてくれています。皆さんぜひ、お読みください。


「田中まさお」裁判について(有馬佑介さんの寄稿)

ちょうど一か月前の、先月25日、通称「田中まさお裁判」と呼ばれる裁判の東京高裁判決が出ました。この裁判は、ウネリウネラのこのホームページでも紹介されているので、ご存知の方も多いと思います。埼玉県の小学校教員が、県の教育委員会に対し残業代を求めた訴訟になります。

「残業代を求めた」と書くことには実は抵抗があって、「田中まさお」さんは、決してお金欲しさに裁判を起こしたのではありません。それよりも、常態化している教員の長時間労働をきちんと問題化することが目的であったと私は感じています。まさおさんの思いは、ウネリこと牧内昇平さんが下記の記事でまさおさんにインタビューをして書き表しています。

「先生にも残業代を払って!」定年間際に裁判を起こした小学校の先生の思いと“何よりも求めるもの” | fumufumu news -フムフムニュース-

私はこのまさおさんの思いに強く共感します。ただ、この裁判を知る教員や教育関係者の間では、働き方や給特法、さらには長時間労働の大きな原因となっている中学校の部活などについて、それぞれの考えがあり、教員の総意というものは形作られていないように思います。(それでいいとも思います。)そして、少なくとも私の周りでは、実はこの裁判は話題になっていません。教員にとって、長時間労働は当たり前のことであり、減らせる業務など無く、今の働き方に疲弊しながらも、それを変えていくことや疑問を持つことがないように思います。余裕がないのです。実際に私もこの裁判をまさおさんが起こすまで、自分の働き方に疑問を持つことはほとんどありませんでした。

それでも今、多くの人に、この裁判をきっかけに教員の働き方を知ってもらいたいと思います。そして願わくは、それを変えるための世論が醸成されることを望みます。

教員の働き方は、学校が置かれた地域や、学級の状況によっても左右されるものであり、これが一般のものだと言いきることができず、それが難しいところです。今回の高裁判決も、地裁判決に続き、まさおさんの訴えは退けられました。それはやはり、全国津々浦々にある学校、そこにいるたくさんの教員の働き方の状況を、劣悪だと一律で認定することが難しかったからだと思います。

でも、みなさんに教員の仕事を知ってほしいと思います。下に書く教員の仕事の様子は、私の若いころの姿や、見聞きする現在の状況を加味して書いたフィクションになります。おそらく実際に今こういう若い教員が多くいると思います。


小学校教員の1日

朝7時すぎには学校に出勤し、子どもたちを出迎える準備を始めます。正規の登校時刻前のはずなのに、8時前には開けられた門から子どもたちが教室にやってきて、そこから監督責任が発生します。何か事故が起きれば責任が求められますから、クラスが落ち着かない場合は、特に気を張りながら子どもたちを見守り続けます。

授業が始まります。30人以上の子どもたちの学習の質を上げていこうと毎日懸命に授業をします。経験が不足しているので、毎日4時間、5時間の授業を準備することは本当に大変なことです。それに加え、「これからの社会はこう変わるから、教育もこう変えていかなくてはならん」のような「有識者」たちのぼんやりとした未来像に、経済界や政界の注文を巧妙に織り込んだ新しい教育施策が、大した準備もされないまま毎年のように現場には下りてきます。でも、現実には、準備した授業を落ち着いて聞くこともなく教室からとび出していく子がいます。その子を追いかけたいけれども、目の前には残された子どもたちがいます。教員は自分ひとりしかいません。どうしたらいいでしょうか。途方にくれている間に、目の前の子どもたちの目に、自分への失望が表れていく気がして、さらに焦っていきます。

他の教員が受け持つ音楽の授業に子どもたちが向かい、ひと息つこうと思っても、やっぱり子どもたちの様子が心配で、結局音楽の授業も後ろから見守ります。見守りながら漢字の丸付けをし、さらに保護者から届いた連絡帳に返事を書いていきます。長々と書かれた保護者からの連絡に、頭を抱えながら、どう返事をしていいか、また途方にくれます。

お昼は子どもたちといっしょに食べます。給食の配膳を指導しなくてはいけませんし、ここ数年は黙食が求められています。ここで少しでも早く食べ終われば、丸付けの時間が作れます。味わう暇もなく給食をかきこみます。子どもたちに掃除の指導もしなくてはいけません。ほうきやちりとり、雑巾は家庭では見なくなりました。使い方を学校で一から教えていくのです。「○○がさぼっているー。」そのことを注意すれば「やってるよ!それよりも○○こそやっていないよ!」子どもたちへの対応を間違えれば、喧嘩につながることがあります。かといって、面倒な対応を後回しにしていけば、学級は簡単に荒れていきます。休み時間に子どもたちの学習ノートに目を通していると、「○○と○○が喧嘩しているよー」と言う声。すぐに走ります。興奮する子どもたちをなだめていると、暴言と暴力を受けることもめずらしくありません。腕についた子どものひっかき傷を見て、心に同じような傷がつくのです。

ようやく子どもたちが帰り、今日1日トイレに行っていなかったことに気づきます。すぐにそれをすませ、教員同士の打ち合わせや会議が始まります。ここ数年はコロナの対応で多くのことに変更が求められています。どうしても打ち合わせは長くなっていきます。コロナの対応は多岐に渡ります。学校に通えなくなった子のフォローもしなくてはいけません。ようやく会議が終わり、授業の準備などの時間がとれますが、職員室の電話が鳴るたび、自分のクラスの保護者からではないだろうかと、緊張します。時には理不尽に思える訴えを長時間受けることもあります。

学校を出るころには、19時を回っています。帰り道、今日のうまくいかなかったことを思い出しながら、うまくいかなかった児童と明日はどう向き合うか考えて、憂鬱を抱える自分に自己嫌悪を抱いたりします。金曜にはすっかり疲れ果てていますが、終わらなかった仕事をこなしに、土日も学校に来ることもたびたびあります。


悪いことばかり書きました。実際には日々のなかにキラキラした喜びがたくさん散りばめられている仕事です。でも、決して大げさには書いていません。毎晩もっと遅くまで仕事をしている同僚も多くいます。

私は今、学校が置かれている状況に強い危機感を持っています。それは自分の身の周りで、若い教員が辞め続けているからです。あちこちの学校で、毎年のようにまだ若い教員が学校現場を離れていくのを耳にします。4、5年前までは、厳しい仕事に心身が傷ついた人たちが辞めざるを得なくなることに対して、助けられない自分の無力さを嘆いていました。しかし、ここ最近は、そのような辞め方だけでなく、「まだこれから」と言えそうな、生き生きと働いているように見えた若者が、ふっと辞めてしまうことが増えてきたように思います。教師という仕事に呆れて、見切りをつけて、離れていく人が確実に増えているように感じるのです。

教員を目指す学生が減っていることにも大きな危惧を抱いています。教員になるための教員採用試験の志願者は年々減り続けています。教員はどんどん敬遠される仕事になっているのです。

私は小学校教員です。この仕事を愛しているし、誇りにも思っています。子どもたちの学習の場であり、それ以前に、日々の生活の場を作ることには大きな喜びがあります。でも、今、それが音を立てて崩れてきていると感じています。そう遠くない日に、大きな崩壊を迎えてしまうのではないかと恐いのです。全国各地で、担任のいない教室、子どもたちが多く出てしまうのではないでしょうか。

「教育は国家百年の計」という言葉があるように、子どもたちの教育は何より大切なもののはずです。誰に聞いても、そのことを否定する人はいません。でも、現場の教員として、私たちは決して大切にされていると感じていません。むしろ、世の中のうまくいかなさの責任を無為に押し付けられているような気さえします。それは私の思い過ごしでしょうか。

早急に、教員の職務の精選と必要な人の配置を求めます。政策と慣例で増え続けた仕事をきちんと精選し、大胆に捨てる決断を願います。実行する勇気を私たち教員も持ちたいと思います。

教員として働き始めて20年以上経ちました。この状況を招いてしまった原因の1人だと自覚しています。私もまた、「田中まさお」さんのように、若い教員、これからの教員や子どもたちのために、状況を変えていくひとりになりたいのです。

(寄稿おわり)


【ウネリウネラから一言】

学校教員という仕事に対する有馬さんの危機感がひしひしと伝わってくる内容でした。最近の新聞記事には、「公立小学校教員の採用試験の倍率が4年連続で過去最低になった」とありました。こういう状況では将来の見通しは暗いと思います。

筆者(ウネリ)は田中まさおさんへの取材を続けています。高裁判決の感想を聞いた以下の記事も読んでもらえたら嬉しいです。

小学校教諭の『自主的・自発的な仕事』とは?「先生の無賃残業をなくして」と訴えた教員が高裁敗訴の感想を語る | fumufumu news -フムフムニュース-

有馬さん、ありがとうございました!


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