【子ども脱被ばく裁判】控訴審の前に知ってほしいこと②(ICRPとは何者か?)

 今回書きたいのは、「ICRPとは何者か?」です。

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【子ども脱被ばく裁判】控訴審の前に知ってほしいこと①

 日本政府は、福島の避難指示解除や学校再開の基準として「年20ミリシーベルト」という数字を使っています。
政府がこの数字を基準にした根拠はずばり、「 ICRP がそう決めているから」です。子ども脱被ばく裁判の原告団はこれを問題視していますが、裁判所も「 ICRP が決めたことだから」ということで、この数字を是認しています。

要するに、「 ICRP が絶対!」という感じです。

 そうであれば、まず考えるべきは「 ICRP とは何者か?」でしょう。

ICRP=The International Commission on Radiological Protection、国際放射線防護委員会

 名前を読むだけで「権威」を感じます。いかにも信頼が置けそうです。

 では、実際はどうなのでしょうか。


【 ICRP の成り立ち】

 まずはICRPの歴史です。以下は、『放射線被曝の歴史』という本をもとに紹介します。

 ICRPという組織は1950年にできました。その誕生に最も影響をおよぼしたのは、米国です。特に中心となったのは、ICRP設立時に事務局長を務めた「テイラー博士」という人でした。

 では、このテイラー博士はどんな人か。米国人でX線の専門家らしいのですが、肩書き的に言えば、ICRPの米国版である「NCRP(全米放射線防護委員会)」の議長です。

 では次に、このNCRPにはどんな人たちが集まっていたのか。本によると、初期の中心メンバー5人のうち少なくとも3人は、第二次世界大戦中に原爆を開発した「マンハッタン計画」に主力として関わった人物でした。(テイラー博士は「マンハッタン計画」には参加していませんでしたが、空軍に関わっていました。)

 「マンハッタン計画」の主導者たちは戦後、核開発にたずさわると同時に、原子力産業(原発)も推進していきます。核兵器も含めた原子力産業を推進する人物たちがNCRPに多く属し、その代表者であるテイラー博士が、ICRPを牛耳ったのです。

 また、「マンハッタン計画」は米国だけのものではなく、英国やカナダも参加していました。そしてICRP設立時の委員のうち3分の2は、テイラー博士を含めたこの米・英・加の3国の代表で構成されていたのです。実質的には、マンハッタン計画を実施した三国の協議によって、ICRPは誕生したのでした。

 本の著者、中川保雄氏(神戸大教授、故人)は以上のようなことを指摘したうえで、こう書きました。

ICRPは、アメリカを中心とする三国協議、すなわちマンハッタン計画の戦後のいま一つの産物であった。放射線防護のための戦後の国際的体制は、アメリカの主導の下に、核兵器と原子力開発の推進者たちにより、その推進体制に沿うものとして生み出された。

『放射線被曝の歴史』より

【ICRPの基本的な考え方】

 核=原子力の推進者たちによって作られた ICRPが現在、どのような理念に基づいて放射線防護の基準を決めているかを紹介します。

 日本政府が採用している「年20ミリシーベルト」という基準は、 ICRP が2007年に出した「勧告」を根拠としています。そのICRP2007年勧告の日本語版を読んでみると、細かい話の前にとても大事なことが書いてありました。

「勧告の目的」

本委員会勧告の主な目的は、被ばくに関連する可能性のある人の望ましい活動を過度に制限することなく、放射線被ばくの有害な影響に対する人と環境の適切なレベルでの防護に貢献することである。

ICRP2007年勧告 より

 要するに、 ICRP は「被ばくを生じさせる核=原子力産業がある社会」を前提としています。その上で、「人びとの望ましい活動(=社会・経済の機能維持)を妨げない範囲で、ある程度、人間や環境を被ばくから守る」といっているわけです。維持すべき「社会・経済の機能」には当然、原子力(=核)産業も入っているでしょう。

 驚くべき経済優先の考え方です。

 冒頭に紹介した「20ミリシーベルト」という数字は、こうした考え方、「個」としての人間よりも「社会」「経済」を守ることを重視する考え方をベースにして生まれた数字である。このことは覚えておかなければいけないと思います。


【内部被ばくのリスクも】

 ICRP 依存は「20ミリシーベルト問題」だけではありません。

 たとえば、「内部被ばく」の健康リスク問題も同じではないでしょうか。放射性物質(特に不溶性のセシウム)を体内に取り込むことで生じる「内部被ばく」について、「今考えられているよりも、もっと危ないんじゃないか」と思わせる研究論文がいくつか発表されているようです。これを子ども脱被ばく裁判の原告団は指摘していますが、地裁判決は重視しませんでした。

 重視しなかった理由は以下です。

内部被ばくのリスクがあるのか否か、あるとしてそのリスクの程度がいかなるものかについては、現状では科学的に解明されているとはいえない。仮に何らかのリスクがあるとしても、ICRPはそのようなリスクを一定程度評価に取り込むことが可能な程度に余裕を持たせた放射線防護基準を採用している。したがって、専門家同士の議論の状況を注視し、ICRPが勧告の改訂等を実施する場合にはその内容を適切に踏まえる必要があるとしても、現段階においては、一定の国際的なコンセンサスを有すると認められるICRPの諸勧告に依拠した放射線防護措置を講じることが、直ちに不合理とは言えない。

「子ども脱被ばく裁判」地裁判決より

これを筆者流に言い換えると、こういうことだと思います。

「水に溶けないセシウムの内部被ばくのリスクは科学的に解明されていないけど、仮に何らかのリスクがあるとしても、ICRPはそれも考慮に入れてくれているはずだ。少なくとも、 ICRPの見解が出るまでは何もしなくていいでしょう」

 要するに、ICRPに「おんぶにだっこ」状態なのです。

 ただ、先ほど見た通り、ICRPの目的は「社会・経済の機能維持を妨げない範囲で、ある程度、人間や環境を被ばくから守ること」だと考えると、これでは心配なんじゃないかと思うのです。


【被ばくするのは誰か?】

 被ばくするのは社会や経済ではなく、人間です。

原発が立つ地域に住む人や、原発で働く人たちです。また、同じ「電力会社の人」であっても、事故が起きて実際に大量被ばくするのは、記者会見で頭を下げる「幹部たち」ではなく、現場で働く「労働者たち」でしょう。

『放射線被曝の歴史』の著者、中川保雄氏はこう指摘します。

今日の放射線被曝防護の基準とは、核・原子力開発のためにヒバクを強制する側が、それを強制される側に、ヒバクがやむをえないもので、我慢して受忍すべきものと思わせるために、科学的装いを凝らして作った社会的基準であり、原子力開発の推進策を政治的・経済的に支える行政的手段なのである。

その「科学的装い」の代表格として中川氏が挙げるのが、「国際的権威」とされるICRPです。

 被ばくの話になると、必ずICRPの名前が出てきます。

 日本政府の「20ミリシーベルト」基準が正しいか正しくないかを判断するのは簡単ではありませんが、その根拠とされているICRPが、こういう歴史や考え方をもつ組織であるということは、知っておいてほしいと思います。

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