水をやってはいけない「種」

 私たちウネリウネラはこの春、家の近くの市民農園を借り始めました。一家そろって、畑で野菜をつくることに夢中です。こどもが好きなのは、やっぱり「水やり」ですね。ジャガイモやキュウリの苗に「大きくなあれ」などと言いながら、じょうろで水をかけています。水をかけすぎて、ニンジンの芽が出なかったこともありました。

 この前の日曜日も、真夏のような陽ざしの下で、畑いじりをしていました。でも、その直前までは、みんなでテレビを見ていたんです。見ていたのは、NHKの「日曜美術館」です。その日は「丸木位里・俊『沖縄戦の図』 戦争を描いてここまで来た・佐喜眞美術館」というタイトルの放送でした。

 位里と俊は、沖縄戦の体験者たちとともに現場を歩きながら、沖縄の人々が語る凄まじい戦争体験を、細やかに、そして徹底的に掬いとろうとしました。そうした営みを通じて、沖縄戦体験者たち自身にモデルとなってもらい描かれたのが、連作「沖縄戦の図」でした。

 この放送があると知ったときから、「こどもたちと見たい」と思っていました。

 番組が始まるや否や、こどもたちは「こわいよ」とつぶやいたり、「うー」と呻くような声を出したりし始めました。こどもたちはいま、9歳と7歳と4歳。声にならない叫びや嘆きの塊のような巨大な「沖縄戦の図」のなかには、彼らと同じくらいのこどもたち、もっと小さな赤ちゃんたちが、たくさん描き出されていました。

 こどもたちは、テレビの前から立ち去ったり、時々目を背けながらもちらちら見たりしていましたが、番組後半にはこらえきれなくなったのか、みんなこども部屋で遊び始めていました。私たちも無理に最後まで見せようとは思っていませんでした。けれど、ほんの少しの間テレビを通じてでも、あの絵をこどもたちと見ることは、何かとても重要なことだと感じていました。

 その日、夕飯を食べていた時のことです。7歳の真ん中の子がふと尋ねてきました。

「お母さん、なんで戦争っておきるの?」

放送後、番組のことを話題にはしていなかったし、一番テレビから遠ざかっていた子からの問いだったので、ちょっと驚きました。

「テレビでも言っていたけど、何にもしないでいたら平和ではいられないんだと思うよ。努力し続けないと」

「どういうこと?あんまり見てなかったからわかんないよ」

 私は、みんなが好きな「畑」の話で、たとえることにしました。
「残念だけど、誰の心にも小さい『戦争の種』が埋まってるのかも。だから何とかして、その種が芽を出して大きくなっちゃわないように、いつも気をつけてなきゃいけないんだと思うよ」

 私がこんなことを言うと真ん中の子はすぐ

「じゃあ、ぜっっっったいに、水やらない!」

と答えました。すると上の子が

「オレはドバドバ水やって、腐らせる」

と続きました。

4歳の下の子は何も言いませんでしたが、勢いづいた兄たちの話を興味津々といった感じで聞いていました。

「なんかいいね。いい考えだと思うよ」

 こどもたちの答えを受け取った私は、丸くてじんわりとあったかいものを、からだの真ん中に感じていました。

 しばらくその感じに心地よく浸ったあと、真ん中の子と上の子で「種の絶やし方」が違っていたことに、ふと思い当たりました。そしてそれが、なんだかとても大事なことに思えてきました。

「土ごと掘り返しちゃうとか、ほかにもいろいろ方法があるかもしれないね!」

 もうすっかり次の話題に移っていたのか、こどもたちはきょとんとしながらも、私の言葉にあいまいに頷いてくれました。

 「戦争の種」は必ず絶やさなければなりません。でも、「絶やし方」をひとつにしていってはいけないような気もするのです。それはたぶん、何かひとつのことに人が束ねられていくことへの不気味さ、大勢の人々が束ねられた先に「戦争」の影を感じているからなのだと思います。

 そんなふうに考えたことを、日々ぽつぽつと、こどもたちや友人たちと語り合います。わからないことは調べて、意見の違う人たちとも何度も話し合って。それを何度も何度もくり返していきたい。

 それがいまの私にできることです。
 きょうは沖縄戦の「慰霊の日」です。沖縄ではいま、たくさんの戦没者の遺骨が眠る土砂が、辺野古の新基地建設に使われようとしています。

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