「見えなくされる」流れに抗うーー「もやい展 2021」レビュー(後編)

 今月8日(明日!)まで東京で開催している「もやい展2021」について、日本「文学」研究者、加島正浩さん(名古屋大学大学院博士課程)がウネリウネラに寄稿してくれました!

 きのう本サイトにアップした「前編」は出展作品の紹介でした。「後編」にあたる今回は、4日にあったトークイベントをめぐり、加島さんが感じた「個人的な想い」を書いてくれています。

 前編はこちら→「見えなくされる」流れに抗うーー「もやい展 2021」レビュー


【「見えなくされる」流れに抗うーー「もやい展 2021」レビュー】(加島正浩さんの寄稿・後編)

 以下は、「もやい展 2021」と直接は関係しないかもしれない、大変に個人的な想いである。前編の内容と直接は関係しないのだが、どうしても述べさせていただきたく、この場をお借りする。

 4月4日(日)に、2011年3月11日当時は小学生や中学生であり、福島県からの避難を経験した方々3名と、原発について考え行動を起こされている2名が登壇される「Next Generations!」と題されたプログラムがあった。つまり登壇者の現在の年齢は、18~23歳で、10年前の私とほぼ同年齢にあたる。

 10年前の私は、19歳で、3月11日は大学2年生に進学する前の春休み期間にあたる。衝撃を受けたことを覚えている。私は東京の大学に通っていたため、前期の授業の開始が遅れ、授業自体も15回から12回まで減ったことも記憶している。その授業のひとつが学生同士のディスカッションを中心に構成されており、そこで環境学者の飯田哲也などの本をかじって得た知識で「脱原発」の必要性を話した覚えがある。

 全く賛同されなかった。「ああ、そういう感じの人ね…」と白眼視された。

 そこから私は相手を選んで話をしたか、話をするのを辞めた。ずっと原発「事故」以後に関心はあったが、そのことを自分の仕事と捉えるまで、そこから5年の月日を必要とした。その間、私はほとんど何もしていない、残していない。

 登壇者のおひとりにFridays For Future Tokyoで活動されている黒部睦さんがいらした。

 彼女の報告を聞きながら、私は本当に申し訳なく思ってしまった。彼女の報告に瑕疵があるわけでは一切ない。たくさんの聴衆がいる場で(4日までの「もやい展」のプログラムで最も来場者が多かった)あれほど丁寧に報告するなど、10年前の私には出来なかった。

 ただ、彼女がそこで報告した内容は10年前に大学生であった「私たち」が考えていた内容でもあったのだ。もちろんデーターは異なる。細部も違っている。ただ、原発と再生エネルギーの発電コスト差、雇用を創出するか否か、Co2排出量…。「私たち」は考えていた。ただそれをおそらく「私たち」は「残せなかった」のだと思う。10年後に大学生となるみなさんに、大学生として考えることのできる内容を、その上に積み重ねて議論を発展させることができるだけの内容を、「私たち」はみなさんにおそらく「残せなかった」。もう一度、ゼロから「始めさせて」いるように感じてしまった。これは黒部さんの責任ではない。「私たち」世代の責任である。

 「私たち」世代が口をつぐむようになった経緯は多様である。「私」の責任として、そのことは適切な手段を用いて明らかにするつもりであるが、あれほどたくさんいた「反原発アイドル」はどこに行ったのだろうと、時々思い出し、むなしくなる。

 ただ「私」が口をつぐんだのは、「脱原発」を述べれば白眼視されるその空気だった。それでも発災年は、まだましであった……。

 今年私は30歳になる。そろそろ世に出なければならないと覚悟を決めたが、私は自分を傷つけうる発言・空気に対し抵抗する術を身に着けたうえで、世に出る。世に出るタイミングを自分で選ぶことができた。

 しかし、4日に登壇された鴨下さん、阿部さん、秋元さんは、自分でタイミングを選べたわけではない。幼いころに、原発「事故」に遭遇し、否応なく「当事者」として生きることを余儀なくされたのである。私は5年間口を閉じることができたが、3名のみなさんは、問題に直面し続けざるを得なかったはずである。それが「当事者」であるということなのだから。3名の方々は自分で選び取ることができず、これまでの大人が推進してきた原発の「事故」により、勝手に「当事者」にさせられたのである。

 私は「当事者」と「局外者」の溝をいたずらに強調したいのではない。むしろ逆である。「当事者」であろうとなかろうと、不正義が行われている以上、それを知りながら口をつぐむのは、不正義に加担することであり、「当事者」であろうとなかろうと、不正義を告発する列に連なるべきだと考える。「当事者」「局外者」というラベルは全く関係がない。

 ただ、それでも私は本当に申し訳なく思っている。19歳から24歳まで口を閉じていた私は、今のみなさんに継承できるものを何も残さなかった。関心はあったのに、問題だと思っていたのに、私は何も残せなかった。10年経って、ゼロから始めさせなければならない。そのことを本当に申し訳なく思います。本当に申し訳ございません。

 これから立ち上がらざるを得ない私より若いみなさんに、本当に申し訳なく思います。ただみなさんを「ひとり」にさせるつもりはありません。私も闘います。

 みなさんに届くのか、届くとしてもどのように届くのか、それはわかりませんが、私は私の「闘い」を通じて、みなさんに連なることができるよう、この場から連帯の挨拶を、心からの謝罪とともに、述べさせていただきたいと思います。

                                       加島 正浩


【ウネリウネラから】

 加島さんのものごとに対する真摯な態度が伝わる文章でした。

 今年で30歳になる加島さんが若い人たちに対して「申し訳なさ」を感じているくらいですから、さらに一世代上にあたるウネリウネラなどは、恥ずかしくなるばかりです。

私より若いみなさんに、本当に申し訳なく思います。ただみなさんを「ひとり」にさせるつもりはありません。私も闘います。

 という加島さんの言葉は、ウネリウネラの気持ちを代弁してくれているようにも思いました。加島さん、ありがとうございました! 

 くりかえしになりますが、「もやい展2021」は明日、4月8日までです! ご関心ある方はぜひ、足を運んでください。

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