原告団が最大規模の原発事故集団訴訟

明日、判決

 明日9月30日、仙台高裁でとても重要な裁判の判決が言い渡されます。

 「生業を返せ、地域を返せ! 福島原発訴訟」(生業訴訟)です。

 事故の損害賠償をめぐる集団訴訟は全国約30カ所の裁判所で行われていますが、この生業訴訟は原告の数が3000人を超えるという、最大規模の裁判になります。

 とても重要なことなので、まだ福島で活動を始めたばかり、右も左も分からない状態ではありますが、判決の日は私も取材させてもらう予定です。そこで今回は、にわか勉強ながら、この訴訟のポイントについて書いてみようと思います。

生業訴訟とは

 まず、この訴訟をおおまかに説明します。

●原告 福島、宮城、茨城、栃木の住民ら3000人超

●被告 国と東電

●請求内容 

 ①放射性物質に汚染された土地を元に戻すこと(原状回復)

 ②震災後、平穏な日々を奪われたことへの慰謝料(平穏生活権侵害)

 ③強制避難させられた人が、これまでの生活や地域との関わりのすべてを奪われたことへの慰謝料(「ふるさと喪失」)

●一審、福島地裁判決(2017年10月)の内容

 福島地裁(金澤秀樹裁判長)は原発事故について、国の法的責任や東電の過失責任を認定。そのうえで、原告の請求のうち①と③は退けたものの、②については認め、合計約5億円の賠償を命じた。

控訴審判決のポイント

 控訴審判決のいちばん大きいポイントは何かというと、

 「一審判決に引き続き、国の責任を認めるかどうか」です。

 同種の裁判はたくさん開かれていますが、実は国の責任をめぐっては、その勝敗がちょうどトントンの状態です。


●「国の責任あり」とした地裁判決

前橋 2017年3月
福島 2017年10月
     ※今回の訴訟
京都 2018年3月
東京 2018年3月
横浜 2019年2月
松山 2019年3月
札幌 2020年3月

●「国の責任なし」とした地裁判決

千葉2017年9月
千葉第二陣2019年3月
名古屋2019年8月
山形2019年12月
福岡2020年6月
仙台2020年8月

 7対6。若干、国の責任を認めた判決が多い、という印象です。

 しかし懸念材料もあります。上の表をよく見ると、2019年以降は3対5と、住民側が負け越しているのです。特に最近は福岡、仙台で連敗しています。この流れがいかに影響するかが気になります。

 上にあげた13件はすべて一審、地裁段階での判決でした。控訴審、高裁段階で国の責任の有無への判断が示されるのは、今回が初めてです。だから重要なのです。

 生業訴訟の控訴審判決は、原発事故への国の責任をめぐる司法判断の流れを決める可能性があります。上に挙げた千葉、前橋の裁判も来年に控訴審(東京高裁)判決が予定されていますが、この二つの裁判の原告弁護団は、実は今回の生業訴訟の弁護団とスクラムを組んでいます。生業訴訟の勝敗は、続く2件の訴訟の帰趨を占う意味でも、とても大切になります。

国の責任が認められたら

 では、国の責任が認められるとどうなるか。

(ここからは原発事故の賠償問題に詳しい除本理史・大阪市立大学教授の著書で学んだ内容ですが、もちろん文章上の責任はすべて私にあります。)

 おさらいになりますが、現在国は、福島原発事故を未然に防げなかった法的責任を認めていません。国が認めているのは「社会的責任」です。

福島復興再生特別措置法第1条

 この法律は、原子力災害により深刻かつ多大な被害を受けた福島の復興及び再生が、その置かれた特殊な諸事情とこれまで原子力政策を推進してきたことに伴う国の社会的な責任を踏まえて行われるべきものであることに鑑み、(中略)東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生に資することを目的とする。

 これをかみくだくと、こんな感じでしょうか?

【自分たち(国)が悪かったわけじゃないけど、原子力政策を進めてきた手前、事故にも対処しなければいけないな】

 しかし、「法的責任」が裁判所に認められれば、事態は変わります。

 法的責任があるということは、国が原発事故の「加害者」だということです。そうなれば、原発事故への対応は、「行政府の社会的責任としてやらなければいけないこと」というレベルではなく、「加害者としての責任をかみしめながら被害者に対して行う“償い”」というレベルになります。

 当然、その真剣味について、再考を迫られることになるでしょう。

「中間指針」の見直しへ

 まず見直すべきは、被害者への賠償スキームです。これまで実施されてきた事故被害者への賠償基準は、以下のような流れでつくられました。

 国の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)が「中間指針」を策定

    ↓

 「中間指針」に基づき、東電が自主的基準を作成

    ↓

 東電が窓口を設け、被害者から賠償申し込みを受け付ける

 つまり、賠償スキームのおおもとを決めたのは、国です。その国が、実は「加害者」であるということになれば、どうなるか。当然、加害者たちだけで作り上げた基準を、どうして受け入れなければならないのかという話になります。被害者である住民側代表などもメンバーに加えたうえで、原賠審をやり直し、中間指針の見直しに取り組むのが当然のスジというものでしょう。

 ですが最近、こんな記事が地元紙・福島民友に載りました。

中間指針見直し当面不要 原賠審

 「原子力損害賠償紛争審査会は24日、オンラインで会合を開き、市町村などが要望する中間指針の見直しについて、当面は不要との見解を示した……」

 「当面は」と書いてありますが、いや、あり得ない。高齢の住民もいます。時間は限られているので、少なくとも生業訴訟の控訴審判決が出たら、すぐにでも見直しに取り組む必要があると思います。

除染などの政策にも影響か

 損害賠償だけでなく、除染などの政策にも「国の法的責任」は影響してくると思います。

 政府は2021年度からの5年間で、復興拠点外の帰還困難区域への対応には約1千億円の予算しか確保していません

 これでいいのでしょうか?

 現時点で復興拠点に入っていない地域は、除染するかどうか等の方針が決まっていません。国は費用対効果の問題を考えているのだと思います。もし国に「行政府としての社会的責任」しかないとしたら、除染などの費用と他の事業にかかるお金とを天秤にかけることができるかもしれません。しかし、国が事故の損害を「償う」立場だとしたら、どうなるでしょうか?

 最優先事項として予算を投入すべきではないでしょうか。

 駆け足になりましたが、以上が「国の責任」についての今回の裁判のポイントです。もちろん、原告たちへの損害賠償額が上積みされるかも重要なポイントになります。

 明日仙台高裁で判決が言い渡される生業訴訟は、3千人超の原告たちだけでなく、原告に加わっていない事故被害者の皆さんも含めた多くの方々に影響をおよぼすと私は思います。

 どんな判決になるか、注視したいと思います。

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