「うちのあんぽ柿をどうしてくれるんだ!」声を上げ続ける福島の農家たち<後編>

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原発事故が起きてからずっと、福島の農家の方々は深刻なダメージを受けてきました。手塩にかけて育てた作物が売れない――。こうした被害は今も続いています。きちんと賠償されているのでしょうか?

福島県内の農家たちがつくる「福島県農民連」は国や東電との交渉を続けています。農家ひとり一人が話し合いに参加し、自らの声を届けているのが特徴です。

昨年12月19日の交渉では、県北部の国見町に住む渋谷憲道さんが自慢の「あんぽ柿」の賠償を求めました。はたしてその結果は――。(文・写真/牧内昇平)

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@首相官邸

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19日午前11時、渋谷さんは農民連の仲間たちと共に、首相官邸前にいました。

渋谷憲道さん=筆者撮影

仲間からメガホンを渡され、苦笑します。「きょうは『怒りの声』を頼むよ」と事前に言われていました。心の中にはもちろん怒りが渦巻いているけれど、それをうまく出せないシャイな渋谷さんです。口から出たのはこんな言葉でした。

朝4時に起きて準備して来ました。去年も交渉にきたんですけど、1年間賠償されませんでした。きょうは皆さんのお力を借りてがんばって交渉したいと思います!

渋谷さん

スピーチが終わると拍手が起こりました。渋谷さんは仲間たちから「がんばろう!」と声をかけられました。

あんぽ柿と凍みもち

渋谷さん一家は宮城県との県境に位置する福島県国見町で果物を作ってきました。夏はモモ、秋にはリンゴを収穫し、冬場のメーンの作業が福島県の特産品として知られる「あんぽ柿」でした。

あんぽ柿(写真はイメージ。出典:福島県産品アーカイブス)

甘くてジューシー。一般の干し柿と比べてトロっとしているのが特徴です。「わが家ではわたしの父が研究を重ねてさらにユニークなあんぽ柿を作っていました」。渋谷さんはそう話してくれました。

うちのあんぽ柿はサイズが大きいのが特徴でした。特大サイズのあんぽ柿をひもで吊るしたまま、「吊るし柿」の状態で売っていました。パック詰めの商品が600円~700円のところ、うちの「吊るし柿」は一連で2000円~3000円もする高級品でした。それでも贈答用として人気があり、「今年もください」と言ってもらえるのが父の生きがいにもなっていたんです。

渋谷さん
写真はイメージ。左がパック詰め。右がひもに吊るした状態。渋谷さんが作っていたあんぽ柿は写真よりも大きかった。出典:福島県産品アーカイブス

特大あんぽ柿は渋谷家の冬場の主力商品でした。ところが、2011年3月の原発事故で出荷できなくなってしまいました。

農協で放射性物質検査を受けないと出荷できなくなりました。でも、うちのあんぽ柿はサイズが大きすぎて農協の検査機を通すことができないんです。父の生きがいでもある「特大サイズ」をやめるのも納得がいかなくて、原発事故後は出荷していません。

渋谷さん

事故で出荷できなくなった商品はもう一つありました。同じく福島県の名産品「凍みもち」です。

凍みもち(写真はイメージ。出典:福島県産品アーカイブス)

もち米にヨモギなどを混ぜて、ついたお餅です。寒い地域ならではの保存食でもあります。

凍みもちの味の決め手となるのは「ごんぼっ葉」という野草の一種です。渋谷家では長年、飯舘村長泥地区のごんぼっ葉を使っていました。原発事故が起き、飯舘村は全村避難の状況になりました。放射線量が高いため、もちろんごんぼっ葉を採ることもできなくなりました。

別のところのごんぼっ葉で作ってみましたが、うまくいきませんでした。味も変ってしまったし、真冬に凍結・乾燥させる時に割れてしまったそうです。凍みもちは材料の微妙なバランスで成り立っており、ごんぼっ葉ならどこの物でもいい、ということではないのです。

東電による賠償がなくなった

あんぽ柿と凍みもちが売れなくなった分について、渋谷さんは東電から賠償を受けてきました。ところが2020年からは賠償されなくなりました。なぜでしょうか?

東電の賠償は、基準となる年(原発事故前)を決め、その年の売り上げが基準年の売り上げを下回った場合に支払われます。たとえば、原発事故前に渋谷家のあんぽ柿の売り上げが年100万円だったとします。事故後はこれがゼロになったので、東電の賠償額は100万円です。こんな感じで賠償金が支払われてきました。

ところが2020年から賠償金が支払われなくなりました。

渋谷家が売っているのはあんぽ柿だけではありません。リンゴやモモも売っています。それらを合計したトータルの売り上げが基準年を超えたため、あんぽ柿と凍みもちの賠償は必要ないというのが東電の言い分のようです。

渋谷家の売上高と賠償の有無のイメージ(筆者作成)

これに対して渋谷さんはこう反論しています。

売り上げが増えたのは、原発事故の前に植えたモモやリンゴの木が大きくなって、収穫量が増えたからです。農家は季節によって仕事が変わります。うちは夏にモモ、秋にリンゴを収穫し、真冬にあんぽ柿や凍みもちを出荷していました。真冬の収入源が減ってしまったことに変わりはないのです。原発事故がなければ、もっと収入アップが見込める状態でした。

うちにも子どもがいます。大きくなるにつれてお金も必要になってきます。基準年よりも世帯の売り上げが増えたからといって、賠償が受けられないのは納得がいきません。

交渉結果はいかに?

昨年12月19日に国会議員会館で行った政府・東電交渉で、福島県農民連は渋谷さんへの賠償について、東電と話し合いました。

福島県農民連による政府・東電交渉=昨年12月19日参議院議員会館、筆者撮影
農民連「東電は損害がある限り賠償すべきです」
東電「総売り上げが上回ったからと言って一律に賠償しない訳ではありません。状況を確認し、年内には連絡したいと思います。1月中には着地したいと考えております」
農民連「『総売り上げが上回ったら賠償ゼロ』ではない。そういうことでいいんだよね?」
東電「一律に『上回ってますね。ではダメです』ということではありません。損害額から控除すべきものがあるかどうかを見させていただくことになります」
農民連「渋谷さんの場合、損害があることは確定しているんだよ。前向きに回答を待ってていいんだろうね?」
東電「前向きに、検討しております」

渋谷さん「もう何年も待たされています。急いで支払ってほしいです」
農民連「渋谷さんは何年も待たされているんだよ。なんとか今年中に(賠償に向けた)合意書を取り交わすところまでいけないの?
最前列で交渉に臨む渋谷さん

この日の交渉の結果、渋谷さんは東電から「年内に賠償のための文書を締結する」という約束を得ました。そして年末ギリギリに「全額賠償する」との文書を受け取りました。

賠償は2020年から支払われていませんでした。数年越しの福島県農民連の交渉によって、賠償がようやく実現したのでした。渋谷さんが個人で交渉していた場合、なかなか支払われずに「泣き寝入り」になってしまっていたかもしれません。

個別の農家が賠償を求めて話し合う

東電に賠償を求めている農家の組織は農民連だけではありません。JAグループは「福島県原子力損害対策協議会」(会長:内堀雅雄県知事)に名を連ね、政府や東電に賠償の完全実施を求めています。JAグループの幹部が副知事や県商工会連合会の会長らと一緒に要望書を提出しに行っています。

個別の農家が直接話し合いの場に参加できるところが福島県農民連による活動の特徴だと思います。

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