福島県内に昨年オープンした「東日本大震災・原子力災害伝承館」(伝承館)の「あるべき姿」を考えていきます。企画の狙いについては前の記事「企画のはじめに」をお読みください。

 議論の材料として、館内の展示フロアに掲示されている「文章」をアップした上で、みなさんから広くご意見の投稿を募集し、議論してきました。展示文章とみなさんの声は以下のページにまとめていますので、ご覧ください。

→ 伝承館は何を伝承するのか(展示資料の記録一覧)

先日「ほかの施設に学ぶ」編として、白河のアウシュヴィッツ平和博物館について書きました。今回は「みなさんの声」編第4回にご登場いただいたA.Sさんから、再び興味深い投稿を寄せていただきました。「ほかの施設に学ぶ」第2回としてご紹介したいと思います。


【A.Sさんからいただいたコメント】

題名:「伝承館は何を伝承するのか」他の施設に学ぶシリーズ  福島県南会津郡只見町「ふるさと田子倉館」

2度目の投稿A.Sです。「伝承館」を考えているときずっとアタマにあったのが「ふるさと館田子倉」という只見町にある小さな資料館です。
 只見町公式HPより紹介文を抜粋します。

(抜粋始め)
 ふるさと館田子倉は、戦後復興のために首都圏に電力供給することを目的として建設された、田子倉ダムの湖底に沈んだ「旧田子倉集落」の自然と生活・文化を伝える民俗資料館です。
(抜粋終わり)

 田子倉には50戸290人の人々が生活をしていました。「ふるさと館」は、故皆川弥氏が田子倉の歴史や文化を伝えたいと自宅を改装した私設の資料館が始まりです。町が引き継ぎ2016年にオープンさせました。
 規模や設備は「伝承館」と比べるまでもありませんが、その展示内容や運営姿勢には心惹かれるものがあります。その辺のところを少し書いてみたいと思います。

観光案内サイト『おいでよ!南会津』より

【まず、只見町の紹介から】
 福島県南会津郡只見町。新潟県境に接した日本有数の豪雪地帯。
 昭和30年代に、国策として只見川流域の電源開発が進められたことは「伝承館」のパネル展示にもあった通りです。ダム景気に沸いた頃は、町の人口は13000人超え。現在はというと、人口4056人、高齢化率46.6%。少子高齢化と過疎に悩む中山間地域です。
 JR只見駅はあるものの電車は一日数本。道路は、新潟県側に抜ける峠は冬期閉鎖、最寄りのインターチェンジは60Kmもあるでしょうか。24時間コンビニもスーパーマーケットも峠越の向こう、クルマで1時間では着きません。
 都市的利便性からは取り残されたような地域ですが、一方では、自然や文化などの学術を地域づくりの軸に据え、2014年にはユネスコエコパークに認定。「只見ユネスコエコパーク」を誕生させました。地域興しの在り方としても興味深い町です。

【展示物について】
 「ふるさと館田子倉」は民家を改築した資料館ですから、入口は、引き戸の玄関です。開けるときは「こんにちは」と田舎の親戚の家に来たみたいな感じです。展示室は10畳二間と6畳ほどの広さ、あとは、玄関脇の映像資料スペースしかありません。最近になって二階も展示スペースとしてリニューアルしました。
 展示室では、写真パネルや書籍資料・猟具・農具などを観ることができます。わたしが気に入っているのは「クマブチ(猟師)」に関する展示です。クマブチ集団の道具や狩りの仕方、掟やしきたりなどがわかります。また、川漁の展示もあります。大きなマスを銛で捕まえる男達は筋骨隆々です。学校の様子も映されています。写真の子どもたちは恥ずかしそうにしています。
 展示品からは、当時の田子倉集落の人々が豊かな自然から十分な糧を享受し、力強く生活していた様子を伺い知ることが出来ます。まるで、最先端の“持続可能な生活”の理想郷のように思えてしまいます。

 展示室の奥の小部屋には、田子倉を題材とした小山いと子、城山三郎、曽野綾子、山口弥一郎などの 文学作品などが紹介されています。最近できた二階の展示スペースには、田子倉集落と同様にダム建設に伴い集落移転があった十島・塩沢集落と旧石伏集落などに関する資料、只見線の歴史を知る展示やダムに関係する書籍や絵本などが見られました。大西暢夫氏の絵本や五木ダム関係の本なども並んでいます。

「只見町ブナセンター」公式サイトより


【なんで田子倉推しなのか!雑感】
 ユートピアにも思える旧田子倉集落。“一度訪れてみたいなあ”なんて当時の生活に思いをゆだねていますと、とハッと現実に引き戻されます。“今は、ダムの底なんだ。”失ったものの大きさに愕然とします。田子倉は60年前にダムに沈んだのです。
 現在でもダムの建設は日本のあちこちで軋轢をもたらしています。たとえ60年経とうが、ダム建設について、反対だとか賛成だとかに簡単に集約できるものではありません。それほど単純じゃないことは多くの人は知っています。
 この資料館は、ダム建設の是非を問うようなことはしていません。展示からは、ダムの光の部分は見て取れません。田子倉館は、ただただ、静かにひっそりと、当時の田子倉の人々の生きていた証を伝えているのです。
ダム建設が政治的問題となっているなか、資料館は中立性を担保しなくともよいのでしょうか。消えてしまった集落と共に、ダム建設の理由を並べ立てたり、ダムの経済発展の側面を伝えたりしなければならないのでしょうか。
 わたしはこう思います。
 現実に、只見町では、60年前にはダムはそびえ立ち、田子倉集落は沈んでしまいました。元に戻すことはできません。もう何もしなくても半永久的にコンクリートの巨魁はそこにありますが、何もしなければ田子倉の生活は忘れ去られてしまいます。確実に時間と共に人々の記憶から消えていくでしょう。であれば、消えゆく方に偏る展示にこそ意味があるのでないでしょうか。ダムが出来たあとの未来は、それは今なのですから、自分の周りをぐるりと見渡せばよいだけのことです。造られた後の造る側の論理の喧伝は鼻につくばかりです。

 「ふるさと館田子倉」と「伝承館」を単純に比較することは出来ません。しかし、「ふるさと館田子倉」から受け取る涼風は、「伝承館」に足りない何か見つけるヒントになるように思います。

【ぜひ只見町へ 】
 「ふるさと館田子倉」では、運がよければ当時田子倉に住んでおられた方から説明を受けることも出来ます。観覧料は大人300円。これで同町内にあります「ブナと川のミュージアム」も入館できます。(県内唯一の自然系博物館。こちらは近代的な建物。只見の自然のスケールの大きさがよく分かります。こちらもオススメ)
 近々、新たな民俗資料館もオープンするとのこと。
 「自然首都只見」!!初めて来たのに懐かしい!!魅力満載の只見町です。ぜひ!!
只見町公式HP  https://www.town.tadami.lg.jp/tourism/facility/index.html
只見町ブナセンター http://www.tadami-buna.jp/


【ウネリウネラから一言】

A.Sさんの綴る「ふるさと館田子倉」の展示の魅力に惹きつけられていたところ、

“一度訪れてみたいなあ”なんて当時の生活に思いをゆだねていますと、とハッと現実に引き戻されます。“今は、ダムの底なんだ。” 失ったものの大きさに愕然とします。田子倉は60年前にダムに沈んだのです。

という文章に出会い、息をのみました。こんなふうに、来館者がハッと胸に迫る体験をすることこそが、展示施設の意義なのではないか、などと思います。

ウネリウネラも家族で只見町を訪れようと考えています。A.Sさん、今回も示唆に富んだ投稿をありがとうございました。


皆さまからのコメント、大募集中です!

 引き続き多くの方からご意見をいただき、議論を深めたいと思います。短い投稿、ひと言コメントも歓迎です。もちろん、匿名・ペンネームでもOKです。掲載中の記事を読んでの感想なども、ぜひお寄せください。お待ちしています。

 以下のフォームよりご意見をお寄せください。必要事項を明記し、紺色の「送信」ボタンで投稿完了です。

※各エリアの展示文章と過去の投稿記事はこちらの一覧にまとめています。→「伝承館は何を伝承するのか」

※フォームでの送信がうまくいかない場合や長い論考などはuneriunera@gmail.comへお願いします。コメント欄などもお気軽にご活用ください。

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