【原発事故汚染水の海洋放出】IAEAは自らの安全基準に反している ~原子力市民委員会の見解~

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 東京電力福島第一原発の事故によって生じている汚染水について、国際原子力機関(IAEA)は7月4日、政府・東電の海洋放出計画について「安全性レビュー報告書」というものを発表し、「計画は国際的な安全基準に合致する」という結論を出しました。

IAEAの安全性レビュー報告書

 この報告書について、市民や大学教授らが集まった「原子力市民委員会」は7月18日にオンライン記者会見を開き、「報告書はIAEA自らの安全基準に適合していない」とする見解を発表しました。

見解:IAEA 包括報告書はALPS 処理汚染水の海洋放出の「科学的根拠」とはならない 海洋放出を中止し、代替案の実施を検討するべきである


「IAEAは自らの安全基準に反している」

 18日に記者会見を開いた「原子力市民委員会」は、脱原発社会の構築をめざす市民グループや科学者、弁護士らが集まってつくった組織です。大島堅一・龍谷大学教授(環境経済学)が座長を務めています。

 原子力市民委員会の見解は多岐にわたっていますが、筆者(ウネリ=牧内昇平)はポイントを1つに絞って紹介したいと思います。

IAEA安全基準とは

 IAEAの報告書について考えるためには、IAEAがどんな「ものさし」で安全性を判断しているかを知っておく必要があります。公表されている「安全基準」の前書きにはこう書いてあります。

 健康を守るため及び生命や財産に対する危険を最小限に抑えるために安全基準を策定(中略)する権限が与えられている。

IAEA安全基準(基本安全原則)の前書き部分

 まず「最小限に抑える」と書いてある点が重要です。本質的にIAEAという組織は、原子力の利用を促進することを目的としている、いうことです。

 先に進むとして、この安全基準の中には以下のような項目があります。

「施設と活動の正当化

施設と活動が正当であると考えられるためには、それらが生み出す便益が、それらが生み出す放射線リスクを上回っていなければならない。便益とリスクを評価するために、施設の運転および活動の実施によるすべての有意な影響を考慮しなければならない。

同10ページ

 汚染水の海洋放出による便益(利益)とリスク(損害)を比較し、利益が損害よりも多い状況でなければ海洋放出は「正当化」されない。IAEAの安全基準に基づけば、そういうことになります。

 この点に関し、原子力市民委員会はこう指摘します。

政府や東京電力は、海洋放出によって誰がどのような利益を得るのか、どのような損害が生じるのか、利益が損害を上回っているかについて検討を行わず、「他に選択肢がない」「廃炉・復興に不可欠」とくり返している。つまり、日本政府と東京電力は正当化プロセスをとっておらず、したがって政府の放出決定はIAEA安全基準に適合していない

原子力市民委員会の見解

 IAEAはこの点をどう考えているのでしょうか? 安全性レビュー報告書にはこう書いてありました。

日本政府から安全基準に基づくレビュー(審査)を求められたのは、日本政府によって海洋放出の方針が決定された後のことである。したがって、今回のIAEAによる安全性審査は、日本政府による「正当化プロセス」の詳細を審査対象としていない

IAEA安全性レビュー報告書18~19ページ(筆者訳)

 海洋放出は「正当化」できる行為なのか。いちばん肝心なところについて、IAEAは審査対象から外してしまっていたのでした。

 原子力市民委員会はこう指摘します。

IAEA自身が、放射線防護の基本原則を満たすか否かの評価を怠っていることを示している。したがって海洋放出計画がIAEA安全基準に適合しているとするIAEAの結論には重大な瑕疵がある。

原子力市民委員会の見解

海洋放出で得られる「利益」とは?

 ここから少し、筆者(ウネリ=牧内昇平)による解説および意見を述べます。

 たとえば、病院で受けるレントゲンやCT検査は放射線を利用した検査です。検査を受ければ患者は一定量被ばくします。被ばくは患者にとって「リスク(損害)」です。しかし、検査によって重大な病気を発見したり、ケガの様子が詳細にわかったりするという「便益(利益)」があります。

 この「利益」と「損害」を比較し、「利益」が上回ると判断した場合にレントゲンやCT検査を行うのです。

 汚染水の海洋放出に目を転じます。通常の原発であれば「電力を生み出す」ことが「利益」だと考えられます。しかし、海洋放出は電力を生み出すわけでもないので、この行為による「利益」というものがありません

 日本政府は「タンクが減るという利益がある」と言うかもしれません。しかしこれは国内にとどまる話で、たとえばマーシャル諸島など太平洋に浮かぶ島国にとっての利益はまったくの「ゼロ」でしょう。

 利益がゼロである海洋放出は、正当化しようがありません。

IAEAの安全基準に基づけば「正当化」できないという点は、PIF(太平洋諸島フォーラム)から海洋放出計画の検証を任されている科学者、アルジュン・マクジャニ氏も今年5月に開かれたオンラインシンポジウムで指摘していました。

市民らの意見が反映されていない

 原子力市民委員会の見解に戻ります。IAEA安全基準には「政府の役割」についての記述もあります。

「政府の役割」

開放的で誰でも参加しやすいプロセスにより、周囲の団体、公衆および他の利害関係者の意見を求めること

IAEA安全基準の7~8ページ

 日本政府は今回、IAEAが安全基準で求める「政府の役割」を果たしてきたでしょうか? 原子力市民委員会はこう指摘しています。

IAEA包括報告書では、政府や東京電力による利害関係者の関与に関する活動やアプローチについて、委員会を公開し、公聴会などを行ったことをもって「国際安全基準に合致する」と結論づけている。しかしこの結論は正しくない。なぜなら、IAEAレビューへの情報提供者は、経済産業省、東京電力、原子力規制委員会に限定されているからである。そのため、漁業関係者をはじめ周辺住民や一般市民、さらには近隣諸国から出された意見や要望がどのように扱われたのか、その議論の内容や開催手法、政策決定への反映の度合いに関してIAEAは検討していない

原子力市民委員会の見解

 筆者も同意見です。2021年4月の政府方針決定前には、政府が主催し、市民が参加できる「説明・公聴会」は3回しか行われませんでした。方針決定後は政府主催の公聴会は1回も開催されていません。

 日本政府が「開放的で誰でも参加しやすいプロセス」によって市民たちの意見を求めてきたとは思えません。

 原子力市民委員会は「見解」の最後でこう指摘しました。

 政府・東京電力は、処理汚染水放出決定を取り下げ、廃炉スケジュールの見直しなど根本的な議論からやり直すべきである。まずは、海洋放出を伴わない代替案の検討を直ちに開始するべきである。

【ウネリウネラから一言】

 IAEAの報告書とはどんなものか、原子力市民委員会の見解は大事な点を明らかにしていると思います。

 蛇足ですが、この原稿を書いているときに知ったのですが、ある団体が「海洋放出について国内外でさまざまな誤情報が拡散している」とし、ファクトチェックなるものを公表していました。驚いたのは、こんな記載があったことです。

参照資料は、各省庁や東京電力から、また、2023年7月4日に公開された国際原子力機関(IAEA)の「福島第一原子力発電所ALPS処理水の安全審査に関する包括的報告書」(※)などです。
※本記事で紹介した「安全性レビュー報告書」のこと。筆者注

 ファクトチェックとはそもそも、権力側の発信・発言の根拠の有無、正確性を検証する作業です。権力側(この場合は政府・東電・IAEA)の言い分だけ参照し、これに反する意見を叩いていく行為は本来のファクトチェックとは呼べません。

 本記事で紹介した原子力市民委員会は、さまざまな角度から汚染水の海洋放出問題について検証しています。本当のファクトチェックをしたい人は、ぜひこうした発信を参照して、政府・東電・IAEAの言い分の根拠や正確性を検証してもらえればと思います。

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