【汚染水を海に流すな!】5.16 市民たちの一日

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 東電福島第一原発にたまる汚染水の海洋放出に反対する市民たちは5月16日、東京に集まってさまざまなアピール行動を起こしました。東電本店に行ったり、国会議員会館で集会を開いたり。最後は夜の銀座の街へ。「海に流すな!」の声は日本政府に届くのでしょうか。市民たちの一日を紹介します。(文・写真/ウネリウネラ牧内昇平)


【10:30、東電本店前】

 JR新橋駅から線路沿いを歩いてすぐのところ、新幸橋の交差点の一角に東京電力本店がある。午前10時過ぎ、約束の時間をめがけて市民たちが続々と交差点に集まってきた。車道を挟んで東電本店と向かい合う位置に陣取る。東電の高層ビルに見せつけるように横断幕をかかげる。

<私たちの声も聞いて>
<心配だ。>
<みんなの海を汚さないで>
<海は原発のトイレではない>

 中央にひときわ大きな横断幕がある。この日のために用意されたものだ。海の生き物を描いたブルーの絵を背景にして、文字が訴える。

<汚染水を海に流すな!5.16東京行動>

 午前10時半、福島県いわき市に住む佐藤和良氏がマイクを握った。

「みなさん、おはようございます。きょうは五月晴れに恵まれました。これも私たちの汚染水を海に流すなという今日の行動に、大きな力になってくれると思います!」

 佐藤氏はいわき市議会議員。汚染水の海洋放出に強く反対し、「これ以上海を汚すな!市民会議」(略称:「これ海」)というグループの共同代表を務めている。「これ海」は2021年の4月13日に日本政府が海洋放出の方針を決めたことにちなみ、毎月13日に放出反対のスタンディング活動を行ってきた。この日の「5.16東京行動」は、福島を中心に活動する「これ海」と、東京で反原発の集会に関わってきた市民団体「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」の共催である。

「12年前に福島原発事故が発生しました。あれ以来、福島の地には原子力緊急事態宣言が発令されて、いまだに解除されていません。にもかかわらず、政府は帰還困難区域の指定を次々と解除し、帰還政策を推し進めようとしています。そういう中で、汚染水を海洋放出しようという動きが続いています」

「政府は7、8年ほどかけて海洋放出の流れをつくってきました。はじめから結論ありきでした。さまざまな言い訳を並べて、ほかの処分方法や陸上保管は無理だという形をつくってきました。福島県漁連や全漁連(全国漁業協同組合連合会)をはじめ、一次産業の皆さん、福島県民の大方、そして福島以外の全国の皆さんが、海洋放出に対して批判的な意見、反対意見をお持ちです」

 佐藤氏は1986年のチェルノブイリ(チョルノービリ)原発事故に衝撃を受け、脱原発の市民運動をはじめた。運動を続けてきたものの、2011年の原発事故を止められなかった。これ以上被害を広げないことが、現在の氏のライフワークになっているのだろう。スピーチに力がこもる。

現地では今、全長1キロの海底トンネルがほぼ完成し、その他の放出設備を整備しています。今年6月に放出設備が完成すれば、原子力規制委員会による使用前検査が行われ、IAEA(国際原子力機関)による包括的報告書というものが出されて、7月以降に海洋放出。こういう段取りに、政府と東電はしております。ですが、ここにある旗にかかげております通り、『勝手に流すな』、ということです。きょう一日の行動を通して、海洋放出反対の声をますます大きく、全世界にとどろかせようではありませんか!」

 佐藤氏のスピーチに「そうだ!」と声があがる。集まった人々から拍手がわき起こる。

 数人のスピーチが続く。いわき市在住の女性はこのように話した。

「いま福島では、原発事故などなかったかのように、時が流れています。のんきに見えるかもしれません。でも、それは目に見えないだけで、心にはふるさとを守りたいという強い気持ちがあります。私たちは原発事故を忘れたわけではありません。なのになぜ、私たちの声は届かず、汚染水放出という最悪の手段を選択するのでしょうか。私の子どもたちは海水浴をしたことがありません。安全だと言われても信用できないからです。子どもたちのために、きれいな海を未来に残す判断をしてください」

 「私は東京電力の皆さんに呼びかけたいと思います」と切り出したのは、環境NGO「FoEjapan」の満田夏花事務局長だ。道を挟んでそそり立つ高層ビルに向かって語る。

「東京電力のみなさーん、聞こえていますでしょうか? 本日は福島から、新潟、熊本など全国各地から、放射能でこれ以上海を汚すなと訴えるために集まっています。みなさんだってお分かりだと思います。放射性物質が含まれた水は海に流してはいけない。そんなことは小学生も分かることではないでしょうか?」

「しかも含まれているのはトリチウムだけではありません。あらゆる核種が含まれている可能性があります。中にはストロンチウム90とかヨウ素129とか、半減期がとても長くて何万年も海に残ってしまうような放射性物質も含まれています。東京電力のみなさん、みなさんは(福島第一原発敷地内にある)タンクの水の中身をすべて測っている訳ではありませんよね? タンクの中の水を測りもせず、何をどのくらい流すかも発表せず、このまま30年にもわたって、大量の放射性物質を海に流すつもりでしょうか?」


 合計30分ほどのスピーチが終わった頃、佐藤和良氏と織田千代氏、「これ海」の共同代表を務める2人が横断歩道を渡った。東電本店の門の前に立つ。

 ビルの中から紺色のスーツに身を固めた男性2人が出てくる。2人は両手を体の前で組み、佐藤、織田両氏と向かい合う。その4人を報道陣が囲む。織田氏が要請書を読み上げる。

<東京電力ホールディングス株式会社、代表執行役社長、小早川智明様。
 理解と合意なき汚染水の海洋放出の中止を求める要請書。>

 織田氏はいわき市在住。綿やシルク、羊毛などを使ったファイバーアートの作家だが、自分のことを「いわき市在住の主婦です」と話す。これまで反原発の運動などに深く関わることはなかった。3・11と原発事故以後も「耐え続ける」ばかりだったが、汚染水を海洋放出する話が出てきて、もう耐えられなくなった。

 東電本店前で織田氏の要請書読み上げが続く。要請の具体的なポイントは4点だ。

  1. 「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」とする福島県漁連等との文書約束を守り、理解と合意のないまま汚染水の海洋放出は行わないこと。
  2. 放出する全放射性核種の濃度、総量などの全情報を公開し、海底土や海浜砂、生物への吸着・濃縮による放射能の蓄積を再評価して、原子力規制委員会に改めて審査を受けること。
  3. 地下水の止水、大型タンク長期保管案やモルタル固化保管案などの検討、トリチウム分離技術の実用化など、汚染水についての抜本対策を早急に確立すること。
  4. 福島県内はじめ全国で説明・公聴会を政府と共に開催し、国民的議論を行うこと。

 「これ海」はこの4点を日本政府と東電にくり返し求めている。要請書の終盤の一箇所を、織田氏は特に力をこめて読んだ。

<このまま強引に放出を強行すれば将来に大きな禍根を残します。ふるさとの海、日本の海、世界の海を放射能でこれ以上汚してはなりません。>

 織田氏が要請書をスーツ姿の2人に手渡した。そのうちの1人は「あなたも一言」とうながされ、「内容を確認させていただきたいと思います」とだけ話した。

 市民たちは「汚染水流すな!」とシュプレヒコールを上げ、東電本店を後にする。アナウンスが告げる。「東電本店前行動には約150人の方々が集まってくれました!」

【12:00、国会前】

 市民たちは歩いて国会へと向かう。日比谷公園を右手に見ながら官庁街へ。左手に見えてくるのが経済産業省のビルだ。原発事故後にかえって勢力を大きくし、福島では汚染水の処理を含む廃炉作業を一手に担い、「イノベーション・コースト構想」などという訳の分からぬことまでやっている、一大省庁である。市民たちはその建物の前を静々と通り過ぎる。

 首都高速の霞が関料金所のあたりから上り坂になる。この日の東京は快晴で、最高気温は25度を超えた。直射日光が高齢者も多い一行に照りつける。野球帽を目深にかぶり、黙々と歩くのは石丸小四郎氏だ。1943年生まれ。福島第二原発がある富岡町の郵便局員だった。代表を務める双葉地方原発反対同盟は結成して50年になる。石丸氏が話す。

「しかし暑いな。体を壊してもよくないから、今日は3時頃に帰ろうと思います。考えてみれば、国も東電もデタラメばっかりだ。福島に原発をつくった時から、事故隠し、トラブル隠しばかりだった。それなのに原発をやめず、汚染水を海に流すという。許せないよな」

石丸氏は怒りを背負って坂をのぼる。国会議事堂のピラミッド型の屋根が見えてくる。

 議事堂から道を挟んで国会議員会館がある。参院、衆院第二、衆院第一と3棟並び、溜池山王駅に下る坂道を過ぎたところが首相官邸である。市民たちは衆院第二の前の歩道に集まり、横一列に並んで横断幕やプラカードをかかげる。宗教者が団扇太鼓をボン、ボンと鳴らす。

 正午から国会前でもう一度スピーチがはじまった。駆けつけた国会議員も話をする。話すほうも大変だが、聞くほうも大変だ。プラカードやハンカチで直射日光をさえぎり、スピーカーから流れる声に耳を傾ける。100人以上が横一列に並んでいるから端っこに立つ人からは話者の顔が見えない。それでも聞く。

韓国の市民団体の人びとがマイクを握った。この集会に参加するために日本にやってきた人びとだ。

「韓国の環境運動連合から来ましたチェ・ギョンスクと申します。韓国でもたくさんの人が汚染水の海洋放出に心配しています。反対するたくさんの人の声を無視する行動であり、これは暴力です」

 韓国では昨年5月に保守派のユン・ソンニョル政権が発足した。それ以来、日本の自民党政権に融和的な姿勢が目立つ。汚染水問題についても今年5月下旬、韓国から視察団を訪日させることが急遽決まった。これについてチェ・ギョンスク氏は怒っている。

「視察団は見せかけだけ、海洋放出に大義名分を与えるためだけのものです。その意味では韓国政府も、汚染水海洋放出の共犯だと思っています。韓国と日本の政治トップの方々は、今からでも汚染水の陸上長期保管を検討しなければなりません」

 海洋放出のスタンディングデモは衆院第二議員会館の前だ。となりの参院議員会館の前では、入管法改悪に反対する国会前シットインが実施されていた。海洋放出のほうのデモの司会者が呼びかけた。

「入管法改悪も大きな問題です。みなさん、連帯の気持ちを込めて、あちらに手を振りましょう!」

 今国会に提出されている入管法改正案には数多くの看過できない問題点がある。特にまずいのは、3回目以降の難民認定申請者を強制送還できる仕組みだろう。そもそもの難民認定率が低い中でこの仕組みをつくってしまえば、多くの人が命の危険がある場所に強制的に送り返されてしまう。このようなことは許されない。

 またこの日の夕方には衆院第二議員会館で「LGBT理解増進法案」の後退に抗議する緊急集会が開かれた。自民党は条文の中にある「差別は許されない」との文言を「不当な差別はあってはならない」という言葉に変えようとしている。正当な差別があり得るかのような考え自体が不当極まりない。しかも自民党は、「性自認」という言葉を「性同一性」に置き換えようとしている。専門家によると、「性自認」という用語は自治体の条例や裁判の判決などで広く使われてきた(たとえば東京都の「オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」)。一方、「性同一性」という用語は法文などで使われたことがないという。理屈に合わない言葉の置き換えをしようとする背景には、トランスジェンダーへの差別を温存したいという意図があるように思える。許されない。

 汚染水の海洋放出、入管法改悪、LGBT理解”抑制”法案……。いったいどこまで人権を軽視したら気が済むのか。残念ながらこの国は人権後進国だ。

【14:00、衆議院第一議員会館】

 約1時間の国会前スタンディングを終え、衆院第一議員会館1階にある多目的ホールへ向かう。建物の中は冷房が効いている。最初は気持ちいいが、そのうち汗に濡れた下着が冷えて寒気がしてくる。地下のコンビニでおにぎりやサンドイッチを買い、集会前にぱくつく人が多い。

 午後2時の開始直前、会場の多目的ホールは徐々に人がいっぱいになりつつあった。そんななか最前列の真ん中だけ、テーブルが1列空席になっている。経産省などの官僚が参加するために席を空けてある、とのことだった。イベント主催者がアナウンスする。

「なお、官僚の方々の出席が予定されていますが、撮影等には十分ご注意ください。代表者の方が席から立って私たちの要請書を受け取ります。その方は撮影OKですが、ほかの方、席に座ったままの方々顔が映らないようにしてください。また、集会後にしつこく氏名を問いただすなどの行為はやめてください。これは経産省がこの集会に出席する条件として出してきたものです。私たちはぜひ多くの官僚の方に出席してもらいたいと思い、この条件をのみました。この対応にご批判もあると思いますが、ご理解ください」

 やや腑に落ちないが、集会がはじまる。直前に4、5人の官僚たちが入室し、予定されていた席に座った。

 この会のメーンは日本政府と衆参両院に「海に流すな!」という要請書を手渡すことだ。政府への要請書は岸田文雄首相宛てだが、本人は来ない。官僚が代わりに受け取る。東電の時と同じように「これ海」の織田千代氏が要請書を読み上げる。官僚側も代表者1人が前に出る。「撮影OK」ということなので、この人にレンズを向けると、おかしなことに気づいた。首からぶら下げたネームプレートに<環境省>と書いてある。はて、なぜ環境省なのか?

 集会が終わって本人に話しかけた。名刺を交換すると<原子力規制庁原子力規制部>とある。役職は「総括係長」だった。原子力規制委員会とその事務を担う原子力規制庁は環境省の外局だ。ネームプレートの間違いではなかった。しかし、海洋放出という政策決定の担当は経済産業省である。なぜこの人が代表して要請書を受け取るのか。先ほどの主催者アナウンスの流れでいけば、要請書を受け取るのは当然経産省の人だと考えるだろう。

筆者「失礼ですが、もともとは経産省の人で、たまたま今、原子力規制庁に出向されているとか?」
総括係長「いいえ。私は原子力規制庁に入省した者です」
筆者「経産省の人ではないと?」
総括係長「はい」
筆者「経産省の人は来てたんでしょうか?」
総括係長「私が正確に把握している訳ではありませんが、経産省や内閣府の人が来ていたと思います」

 この原子力規制庁の人以外はすでに退室してしまい、そばにいなかった。

筆者「なぜあなたが代表なんでしょうか?」
総括係長「それは聞かれても分かりません。私も先ほどここに来たら、そういうことになっていたというだけで……」
筆者「本来だったら経産省のしかるべき役職の人が要請書を受け取るべきだと思います。あなたはこれをどうするのですか? 誰に渡すのですか」
総括係長「今はお答えできません。持ち帰って検討します」

 たしかに原子力規制委員会は海洋放出設備の安全検査などには関わっている。しかし、いろいろな処分・保管方法がある中から海洋放出を選び、実行しようとしているのは経産省である。経産省の幹部がこの要請書を受け取るべきだ。しかも「写真を撮るな」などと不要なことを言う。こういうところから経産省の不誠実が浮かび上がってくる。

【18:30、日比谷野外音楽堂】

 夜空が藍色に染まりはじめた頃、市民たちは日比谷公園の中にある野外音楽堂に集まった。朝から行動に参加している人もいれば、仕事を終えてこの野音集会から加わる人もいた。

 東電に日本政府にと要請書を手渡した「これ海」の織田千代共同代表が話す。

「福島の復興にとって海洋放出は欠かせないという言葉をよく聞かされますが、本当にそうでしょうか? 原発事故のあとに私たちのもとにやってきたのは放射能におびえる暮らしです。事故前の日常は奪われてしまいました。これは深刻な重荷です。海洋放出は人の手で再び放射能を広げてしまうことを意味します。私たちが経験した重荷を他の土地に広げることは本当の復興とは言えません」

 「これ海」は海洋放出に反対する旨を手紙で書き、福島県の内堀雅雄知事らに届ける活動を続けている。「これ海」メンバーで会津若松市在住の片岡輝美氏が、小学4年生の子どもが書いたハガキの一節を紹介した。

<きれいな海でお魚たちが元気で過ごせるように、汚染水を流さないでください。世界中の海と共に生きる人びとや、未来の人びとに大きな影響を与えます。なので、汚染水を流さないでください>

 続く何人かのスピーチの中で印象深かったのは、福島県漁連に加盟する「小名浜機船底曳網漁協」の柳内孝之氏の話だった。

「原発構内からタンクにためていた汚染水が漏れるという事態が何度かありました。そのたびに、福島の水産物は受け入れ拒否をされました。また当時、市場や加工施設の建設を進めておりました。しかしながら人手不足によって、工期が遅れました。これに拍車をかけたのが東京オリンピックの開催でした。復興五輪をうたっていた東京オリンピックは終わりましたが、スポンサー選定にかかわる不正により逮捕者が出ています。誰のためのオリンピックだったのでしょうか? 海洋放出については『関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない』と文書で約束しております。これを無視して処分するのでしょうか? 漁業者は納得していませんし、多くの方々が理解しているとは思っていません。国や東京電力には社会と向き合い、責任ある対応をとってほしいと思います」

 終盤には「放射能汚染水の放出に反対する北区の会」の人々が壇上に立った。東京都北区の路上で毎月13日に海洋放出反対をうったえているグループだ。大束愛子氏ら数人が歌をうたい、疲れの色が見えてきた参加者たちを元気づける。誰もが知っている童謡「海」の替え歌だ。

 ♫うーみーはひろいーなおおきいなー すーてーちゃだめでしょ 汚染水
  うーみーにながしたはずなーのにー ゆーれーてーはまべに うちよせる
  うーみーのいきもの かわいそー しーらーず のみこーむ トリチウム♪

【19:30、銀座】

 野音の集会の参加者は500人。終わってすぐ日比谷公園の出入り口に集まって列をつくる。この日の行動の総決算、夜の銀座デモ行進である。最前列で横断幕を広げるのは計4人。「これ海」共同代表の佐藤和良氏と織田千代氏、小名浜機船底曳網漁協の柳内孝之氏。もう一人はいわき市内で甲状腺検査などを続けてきた「たらちねクリニック」の藤田操院長だ。

 医師の藤田氏は2012年に福島県に移住し、「いわき放射能市民測定室たらちね」の甲状腺検診に協力してきた。17年からクリニックの院長を務める。

 藤田氏はこう話す。

「甲状腺検査はベッドに横になった状態で行います。小さな女の子がベッドに横になりながらこう言ったのをどうしても忘れられません。『私は外遊びしてないからね』。私たち大人は、なんというものを作ってしまい、なんという事故を起こしてしまったのでしょうか。そういう中で少しずつ日常を取り戻していこうとしている時に、汚染水を海に流すという計画が出てきました。言っていることは『海水で薄めれば大丈夫』とか、『ほかの原発でも流している』とか。そんなこと、とてもとても恥ずかしくて、子どもたちには話せません。放射性物質は生命の源である細胞を破壊するものです。そういったものを環境中に放出することは許すことができません」

 デモ行進に使う車は2台。先頭を走る1号車には藤田氏と同じ「たらちね」スタッフの木村亜衣氏らが乗った。中盤を走る2号車は「これ海」の片岡輝美氏らがコールを担当する。夜7時半、デモのはじまりだ。最前列の4人がゆっくり一歩目を踏み出す。制服の警察官がぴりぴりした表情でそれを見ている。1号車の木村氏がコールを発する。一拍おいて行進者たちが同じ言葉を叫ぶ。シュプレヒコール。

海を汚すな! ー 海を汚すな!
漁業を守れ! ー 漁業を守れ!
汚染水流すな!ー 汚染水流すな!
子どもを守れ!ー 子どもを守れ!

 コールをくり返しながら、デモ行進は国会議事堂に背を向けて街のほうへ進む。人びとはプラカードをかかげている。

<放射能汚染水を海に捨てるな!>
<岸田政権の原発回帰反対!>
<LET’S PROTECT OUR OCEAN!>
<勝手に決めるな!>

 みんなが息を合わせて叫ぶ。けっして「怒号」というほどではないけれど、怒りを内側にためた静かな声が、東京の生あたたかい夜気に包まれて折り重なる。

原発いらない!ー 原発いらない!
未来を守れ! ー 未来を守れ!

 原発事故の影響で福島から京都に避難した若者が横断幕を握っている。この人は国会内の集会でこう話していた。

「私は福島県民健康調査の対象になっています。つまり、放射能災害の時、私は未成年者でした。小さい頃、両親に連れられて、ふるさとの海に海水浴に行ったことをよく思い出します。日本は福島での放射能災害で、世界に膨大な量の放射能をばらまいてしまいました。これ以上自主的に、しかも母なる海に、放射能をばらまくことは絶対に許されないと思います。地球の恥だと思います。海で生き、ふるさとの海に思い出をもって、海を愛する人はたくさんいます。きれいな海を残していくためにも、私よりも年下の子どもたちが海と共に生きていけるよう、今生きる一人として、汚染水を海に流すことを拒否します

 シュプレヒコールは何度もくり返される。言葉が数珠のようにつながっていく。

海を汚すな! ー 海を汚すな!
子どもを守れ!ー 子どもを守れ!
原発いらない!ー 原発いらない!
子どもを守れ!ー 子どもを守れ!

 朝きた東電本店の前を進む。人びとの顔に厳しい表情が浮かぶ。心なしか警察官の数が増える。JR線の高架下をくぐると行進は銀座の街の中に入る。商業ビルが立ち並ぶなか、外堀通りの左側車線をゆっくり進む。仕事帰りの人、これから飲みに行く人が「何事か」と目を向ける。スマホで写真を撮る人もいる。先頭を走る1号車から道行く人に語りかける。

 都民の皆さん。私たちはきょう一日、福島第一原子力発電所の放射能汚染水の海洋放出に反対する行動をしてきました。福島第一原発は東京電力の発電所であり、東京を中心とする私たちのために電気をつくっていました。そして事故によって、福島にはいまだに故郷に帰れない人がたくさんいます。このような中で、東京電力は放射能汚染水を海にたれ流そうとしています。それも、40年間も流すと言っています。皆さん、どうぞこの汚染水の問題をご自分の生活と一緒に考えてもらいたいと思います。

 午後8時半、有楽町を通り過ぎた一行は、東京駅の少し手前、鍛冶橋門跡のあたりでデモを終えた。ここからは流れ解散である。横断幕をたたみ、プラカードをバッグにしまう。「おつかれさま!」と声をかけ合いながら、それぞれ帰路につく。福島から来た人たちは大半が東京駅まで歩く。そこから常磐線や東北新幹線に乗る。

 八重洲口から入った東京駅構内はいつも通り通勤客や観光客でごった返していた。デモの参加者たちはあっと言う間に人混みにまぎれ、判別がつかなくなった。この人たちの中には、先ほどまで行われていたデモのことなど知らない人、関心がない人が大半かもしれない。野音での集会を参考にすれば、デモの参加者数は約500人。それに対して東京駅の1日の利用者数は約80万人。

 しかし、夜の銀座で市民たちが上げた声は無駄でなかったと信じたい。何事もなかったかのように行き交う80万人の中には、東電社員もいて、霞が関官僚もいて、街で偶然デモを見かけた人たちもいるだろう。その人びとの心の片隅で、「声」は小さなこだまを響かせているだろう。

原発いらない
未来を守れ
汚染水流すな
子どもを守れ

(おわり)

 

 

コメント

  1. Chiyo Oda より:

    長時間にわたる丁寧な取材を本当に有難う御座います。皆さんの声で汚染水海洋放出をストップできますように心から願っています。

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