ウネリ:先日、福島県白河市のアウシュヴィッツ平和博物館に家族で行きました。もちろんアウシュヴィッツのこと自体を学びたくて行ったのですが、同時に、「東日本大震災原子力災害伝承館」(双葉町)がどうあるべきかを考えるヒントも見つかるかなという思いもありました。ということで今回はこの博物館に行った感想を二人で語っていきたいと思います。

ウネラ:はい。

ゆっくり見て回れる雰囲気

ウネリ:行ってまずびっくりしたのは建物。「博物館」って言うとなんかコンクリートの建物を想像したんですけど、江戸中期に建てられた古民家なんですよね。いい雰囲気だなあと思いました。

ウネラ:立地的にも、静かな場所にポツンとありますよね。こんなところに本当にあるのかなと入ってみると、木造の民家と、なぜか線路と貨車……という感じ。9歳、6歳、4歳のこどもたちが一緒だったので正直飽きてしまうかなあと、展示の内容も重いのでどれくらいもつかなあと思ってたんですけど、大丈夫でした。メーンの古民家の建物がすごく気持ちが落ち着く作りになっていて、展示をゆっくり見られる。こどもたちはもちろん怖いとかショックを受けたところもあったんですが、それぞれのペースでちょっと椅子に腰掛けたり、こども同士で話したりしながら、自分たちのペースで見て回れる雰囲気がありました。それはすごくいいことだなと思いました。

ウネリ:建物に入るとまず入館料大人500円を払います。そこで職員の方に「導入のためのビデオを見ませんか。小さい子も分かりがいいと思いますので」という風に誘われました。このビデオっていうのが個人的にはとても誠実に作られているなと思いました。例えば双葉町の伝承館もまず「導入映像」っていう2分半ぐらいの映像を見るように誘導されて、西田敏行さんの甘ったるいナレーションを聞いたりするんですけど、アウシュヴィッツ平和博物館で見たのはそういうのではありません。20分ほどの生々しい記録映像でした。このビデオを見た後、こどもの目つきが変わったのが分かりました。

ウネラ:初めの映像に関して言うと、帰宅してから上の9歳の子が「あの最初の映像は全部は覚えてないんだよ」って言ったんですね。「列車で収容所に人々が送り込まれるところはすごく印象に残ってるけど、それ以外のところはよく思い出せない」っていう話をしていました。私、それはすごく正直な感想だなと。私自身も、あまりの凄惨さにどこかで理解を拒みたくなるようなところがありました。真正面から見つめるのが辛いという反応です。映像が凄惨さをストレートに伝えているが故の反応だと思います。

こどもの生死を分けた120センチの横棒

ウネリ:実際の展示の中で印象に残ったものをいくつか話してみましょうか。

ウネラ:私は120 CM の高さのバーですかね。そのバーをくぐり抜けてしまえる小さい子たちはすぐに殺されてしまって、戻ってこなかったという。うちのこどもたちがみんな、そのバーをくぐれるか、くぐれないかって試しているのを見るのは、やっぱりつらかった。

ウネリ:こどもたちが一番長くいた場所でしたね。陸上のハードルみたいな感じで、細い鉄の棒が120 CM の高さで設置されているだけ、というレプリカ展示なんですけど、こどもたちはビデオを見た直後だからこのバーの意味が分かっている。一番上の9歳はおでこあたりが引っかかって少しほっとしてた。ただ、その展示の解説文を読んで、すぐに殺されなくても過酷な労働でほとんどのこどもが命を落としたと書いてあって、「うっ」とうなってました。真ん中の6歳はちょうど、かぶってたニット帽がバーに引っかかった。その瞬間、思わず後ろにいた私の方をちらっと見た。不安そうな顔をしていて、こちらも心が苦しくなりました。

ウネラ:展示を一回りした後、9歳が4歳をぎゅーって抱きしめたり、3人で固まったりしていました。9歳は4歳に「大丈夫だよ大丈夫だよ」って言ってるんですけど、たぶん自分も怖かったのだろうと。自然と身を寄せ合うような形になっていたのがすごく印象的でした。

ウネリ:あと、これも目立つ展示ではないんですけど、館内の木の床に黒いビニールテープで目張りがしてありました。公衆電話ボックスぐらいの広さの目張りです。これは何を意味しているかって言うと、当時使用されていた「立ち牢」の広さを示しているんですね。脱走しようとした人などを虐待するための牢獄です。横になるスペースがなく、何日も立って暮らさなくちゃいけない。そこで亡くなった方もたくさんいるという場所です。その広さを実感するための目張りなんです。それだけのシンプルな展示なんですけど、こどもと一緒にここに入ってみようとしたら、9歳、6歳まではそのスペースに入ったんですけど、4歳の一番下が最後まで嫌がった。「怖い」って言い出した。ただの空間なんだけど、いろいろ見て感覚として4歳のこどもが読み取っているものがあることを実感しました。

ウネラ:本館を出ると、線路と貨車2両があります。その貨車の中が第二展示室になっていて、終戦後、ポーランドのこどもたちが書いた絵が展示されています。

ウネリ:おじいさんやおばあさんが土地から強制退去させられた様子とか、牛乳を買いに出たお父さんが銃殺されたところとか……。

腰を据えて見学できる施設づくり

ウネラ:この貨車の中もすごく独特の空間で、ちょっと入るだけで不穏な雰囲気があるんですけど、中にはテーブルと椅子があって、こどもたちはそこにどかっと座って、しばらく絵を眺めていた。特にそこで何か言ってたわけじゃないんですけど、帰ってきてから9歳の子は絵のタイトルだったり内容だったりをすごく鮮明に覚えていた。すごく集中して見ていたんだなと思いました。私は、博物館や美術館は腰を据えて見られるかどうか。それによって、人の心に残るか残らないかが決まると思っています。日本国内の博物館や美術館は順路に沿って歩いて見ていくというような流れがあり、そこにすごく違和感があります。自分が心に残ったところには何時間でも居られるような工夫がされていくべきだと思っています。アウシュヴィッツ平和博物館はそんなに広くないし、展示数も少ないんですけど、じっくりと見られる構造になっていると感じます。私自身もそう感じたし、こどもの反応が何よりの証拠です。2時間以上あの博物館にいたんですからね。

ウネリ:貨車のところが象徴的ですが、あの博物館全体がアウシュヴィッツのことを体感させようと工夫しているのがすごく伝わりました。ユダヤの人々が列車で大量に収容所へ送られていた、という事実を本館で見せつけられているので、自分たちが同じような貨車に乗る時の緊張感、閉塞感は特別です。人を乗せる客車じゃなくて、がらんとした貨車ですからね。貨車のほかにも、アンネフランク関連の展示を集めたスペースもありますが、これも本館とは別のログハウスに集められています。すごくこじんまりしたところなので、それこそアンネたちが使っていた隠れ家に自分がいるような感覚になっていきます。そのような工夫が随所に感じられる施設でした。

 付け加えると、最初にビデオを見た部屋には『APPEAL 魂の訴え』という絵があって、これは収容所で奇跡的に生き残った劇作家、ユゼフ・シャイナ氏の作品だそうです。この絵を見るだけでおびただしい数の命が亡くなったことが心に迫ってくる。そういう芸術作品があるかないかというのも、こうした施設の価値を決める一つかなと思いました。

ウネラ:なんと言うか、継続的に見に行きたい場所。一回見て終わり、という感じがしない。また何度も訪れたくなるような気持ちにさせられる場所でした。田舎に離れて暮らす大切な人に会いに行くように、節目節目で顔を見に行くような感じで、あの建物を訪れたいという、そんな気持ちにさせられました。自分達の体験していない歴史を自分達の身に刻むということは、そういうことの積み重ねでしかできないと思う。知識だったり一回の体験ではなくて、何度も何度も「尋ねて」いくことしかないのかなと。まさにそういう場所としてアウシュヴィッツ平和博物館はあるような気がしました。館内に置いてあった出版物も良質な物が多くて、いくつか私たちも買って帰ってきましたけど、ぜひ多くの人に見てもらいたいと思ってます。SNSでここに行ったことをつぶやいたら、「知らなかったけど、興味をもった」という反応が多かった。日本にこういうところがある、しかも福島の白河にあるっていうことは広めていけたらなと思っています。

展示に深いレベルの「問いかけ」はあるか?

ウネリ:個人的な鑑賞体験としては、あそこが古民家を使っているというのは大きかったな。ありきたりだけど、心が落ち着く木目調で展示パネルなども作られていて、上を見れば立派な梁が組まれていて。心を落ち着けて何かを考えるにはいい場所だなと。しかも古民家で密閉性は高くないので外の物音が自然と入ってくる。私たちが見学していた時は途中から雨が結構強く降ってきた。雨音が屋根を叩く音が、だんだん強くなっていく。その音を聞きながらアウシュヴィッツの写真を見ていると、そのひとつひとつの雨のしずくが亡くなった方の声のように聞こえてきた。叫びだしたいような気持ちになりました。これは並外れて鈍感なウネリとしては珍しい鑑賞体験でした。

 あと、最近双葉町の伝承館に通っている者として一つ言っておきたいのは、展示から深いレベルの問いかけが伝わってくることです。それは「ドイツ人が悪かったね」とか「ナチスがひどいね」という話ではなくて、人間はこんな生き地獄みたいな状況を作り出してしまうのだということへの眼差しです。なぜこうなってしまったんでしょうか、これから同じことが起きないと言えるのでしょうか、という問いかけですね。ドイツとかポーランドとか日本とかいう区別なしに人間という存在そのものへの問いかけです。それが展示とか建物全体から伝わってくる。一方、伝承館はそういった深いレベルでの問いかけを避けているように感じます。例えば、原発を生み出した人間社会とは何なのかとか、そういうレベルでの問いかけが伝承館の展示からは少なくとも現時点では伝わってこない。規模で言えば伝承館のほうがよほど大きいんだけれども、内容という意味ではどうなのかというふうに考えさせられました。

ウネラ:そうですね。

ウネリ:もうひとつだけ。2003年設立のアウシュヴィッツ平和博物館は NPO 法人が運営しているんですけど、人員が足りなさそうでした。こういう意義のある施設をどのように残していくかは、社会的な大きな課題だと思います。私たちウネリウネラもフリーターの身なので、可能であれば何らかの形で一枚噛んでいきたいと思いました。

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