思い出す

きょうは、少ししんどい用事を終えたあと、ちいさな展覧会に、足をはこびました。

七、八枚くらいの絵が、壁にかけてあるだけの、ちいさな展覧会です。

町角にぽつんと立っている珈琲豆店の、店の入り口にくっついた、ちいさなギャラリースペースでした。

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いちばん奥にあった絵に、吸いこまれていきました。

もっと言えば、絵の中の子どもと、同じ空間にいるような、気持ちになりました。その子が吸っている空気や、聞こえている音が、分かるような気がしたのです。

その日は風がつよくて、昼すぎから生ぬるい雨がふって、雨はその子が街かどに立っている夕ぐれも、ときどき思い出したように、土の地面をたたいて……

「赤いふうせんの少女」というタイトルだったと思います。メモをとらなかったので、正しくはおぼえていません。ちいさな子が、何かを眺めながらたたずんでいる姿を、横から描いています。その子はむらさき色の服を着て、服には翡翠色をしたハボタンのような刺繍が、ほどこされているように見えました。

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わたしをその子のそばに導いてくれたものが、ふたつあります。

ひとつは、その子のまわりに描かれていた「もや」です。

絵の背景はくすんだチョコレート色ですが、その子の横顔のまわりだけ、淡い灰色に描かれていました。特におでこから、先っぽが少し赤らんだ鼻先、そしてなだらかなあごのあたりまでが、パステルグレーといった色合いでした。

なぜここが灰色なのでしょう。
その子が小刻みに震えているのか。それとも顔に落ちたちいさな雨のしずくが、さらに細かな粒子になって、その子の周りにたちこめているのか……。

もうひとつは、その子が泣いていたことです。

大きな瞳の下のところが、かすかに白い絵の具で塗られています。「白」というよりも、「透明」という表現のほうが、近いかもしれません。

そこから分かるのは、その子がすこし前に、泣いていたことです。数時間前、この子はその大きな瞳にふさわしい、大粒の涙をこぼしました。その涙をハンカチでぬぐうことなく、涙は蒸発しました。あるいは、ときどき降ってくる雨粒にまじって、灰色のもやに姿を変えました……。

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とても一直線の想像で顔が赤くなりますが、この絵を見ながら思い起こしたのは、ミャンマーのことです。

ミャンマーには学生時代の貧乏旅行で立ち寄ったことしかありません。わたしが知っているミャンマーは、いまテレビや新聞が報じているミャンマーです。軍が権力を握ろうとし、それに抵抗しようとする市民たちに、暴力を加え、命さえ奪っている。町角でかわいた銃の音が聞こえる、ミャンマーです。

今月のはじめ、テレビの報道番組を見ていたら、一人の若い女性が軍に銃殺されたことを伝えていました。その人は、「エンジェル」さんと呼ばれていたそうです。わたしは心が苦しくなって、番組を終わりまで見ることなく、テレビを消しました。

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それから三週間くらいがたちました。

わたしはこの間、ミャンマーのことを忘れて過ごしていました。三週間前にテレビを消した時から、心のシャッターをおろしていたのだと思います。もちろん報道で「ミャンマー情勢」を確かめてはきましたが、心の中で思い出すのを、やめていました。日々をせわしく暮らし、国内では原発の汚染水を海に捨てるという話がもちあがる中で、わたしはミャンマーのことを忘れて過ごしていました。

町かどのちいさな展覧会で出会った一枚の絵が、絵の中のちいさな子どもが、わたしにミャンマーのことを思い出させてくれました。思い出したからと言って、今日からなにかできることがあるかは分からないけれど。心が思い出すとたいてい、動き出すまでに、かえって時間がかかってしまうのだけれど。それでもわたしは思い出しました。

思い出させてくれた絵のなかの子どもに、そしてこの子を描いた見知らぬ画家の方に、感謝の気持ちを伝えたいと思います。

   ヤナギサワトモコ「ひびのあわ」展
   福島市内の珈琲豆店「J’s Coffee」で開催中。あさって4月30日(金)までです。
   J’s Coffee=福島県福島市丸子字町頭20-4-2、024-553-9377

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