【新潟市水道局職員自死事件】妻Mさんへの証人尋問

報道

 新潟地裁は3月3日、亡くなった男性(当時38)の妻、Mさんの証人尋問を行いました。その様子をレポートします。

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①家で妻に語っていた苦しみ

 男性は2007年5月、〈(上司であるA係長からの)いじめが続く以上生きていけない〉と書き残し、命を絶ちました。妻Mさんはその半年以上前から、自宅でも苦しんでいる様子がありありと感じられたと言います。原告(遺族)側弁護士による尋問です。

原告側弁護士 あなたが●●さん(亡くなった男性)から聞いていたことを教えてください。
Mさん 書類のやり直しを何度も命じられたこと。係長に仕事のことを聞きに行くと、馬鹿にされたこと。無視されたこと。他の職員の前で叱責されたこと。長時間叱られたこと。初めての業務なのに係長は指導せず叱責だけしたこと、などです。
弁護士 それらはいつ頃からですか?
Mさん 2006年秋頃からと聞いております。その頃、「係長が厳しい」というような話をしはじめました。
弁護士 嫌がらせのきっかけは?
Mさん これといった心当たりがなかったようです。

弁護士 その後の変化はいつありましたか?
Mさん 2006年12月は子ども2人の誕生日がありましたので、夫は年休を取って家族旅行に行きました。この年休取得をきっかけに嫌がらせが増悪したと、夫は苦しそうに話していました。
弁護士 そこを具体的にお願いします。
Mさん 12月19日から21日まで旅行に出かけました。22日にお土産をもって職場に行ったのですが、仕事から帰ってきた夫はぐったりした様子で、「おれはもう係長に完全に干されてしまった」と話しました。玄関にしゃがみこみ、完全に落ちこんでいました。

 A係長が男性の直属の上司になったのは、2005年の4月以降です。翌06年の秋頃から男性は「嫌がらせを受けている」と感じはじめ、そして12月下旬に家族旅行で年休を取った時点で(当然の権利ですが)、男性の苦しみは決定的になっていった――。妻Mさんの証言からはそんな経緯が伝わってきます。
 その後、男性は家でどんなことを話していたのか。尋問は続きます。

弁護士 係長から「馬鹿にされた」というのは、具体的にどういうことでしょうか?
Mさん 仕事で分からないことがあって聞くと、係長から「これ、分かってんの?」と詰問されたそうです。その詰問の仕方は、考え方、人間性などすべてを否定され、心にぐっさり刺すようなきつい言い方だった。夫はそう話していました。「分かってんの?」は係長の口ぐせだったようです。何度も何度も言われたそうです。
弁護士 「無視されていた」とも話していたのですね?
Mさん 係長は朝夕の挨拶が一切なかったそうです。仕事中に声をかけても無視されたそうです。
弁護士 無視の程度はどのくらいだったでしょうか? 2006年12月の年休取得の前と後とでは、変化はありましたか?
Mさん 年休を取る前は、必要最小限の話はできていたそうです。でも年休を取った後は、それすら一切話をしてくれず、完全に無視される状況だったそうです。夫は家で「おれは一体何をしたんだ。どうしたらいいんだ。無視はやめてほしい」。それくらい思い悩むほどに苦しんでいました。


②仕事の悩みは?

 男性は亡くなる前、「給水装置修繕工事単価表」の改訂、という作業をしていました。この仕事が大変だったか、職場のサポートは十分だったか、期限に間に合うように仕事を進められていたか、などが裁判のポイントになっています。男性が自宅で悩んでいた様子を、妻Mさんは証言しました。

弁護士 単価表の業務は進んでいたと思いますか?
Mさん おそらく進んでいなかったと思います。夫は毎日家でカレンダーを見て、悔しそうにしていました。「どうしよう。徹夜しても終わらない。先に進めない。どうしよう。どうしよう」。そう言って苦しんでいました。
弁護士 単価表の業務には期限があったのですか?
Mさん 夫が亡くなったあと前任者の方に聞いたところ、「係の中での締め切りは連休(ゴールデンウイーク)明けが期限だった」とおっしゃっていました。夫も自宅で、「ゴールデンウイーク明けが地獄だ」と話していました。夫の話と一致しました。連休明けの5月8日に夫は自殺してしまいましたが、係長からどんな目にあうかと思うと、おびえて、仕事に行けなかったんだと思います。


③子煩悩なパパだったはずが・・・

 男性は当時、4歳と1歳の子2人の父親でした。職場での苦しみは、家庭での姿も変えてしまったようです。引きつづき原告側弁護士による尋問です。

弁護士 家で●●さんの様子に変化はありましたか?
Mさん 夫は子煩悩な人でした。ですが、子どもたちの泣き声をうるさく思ったり、目障りに思う時もあったようでした。それまでは、子どもと一緒におもちゃで遊んで、一緒に片づけていました。ですが、4歳の息子に「おもちゃを片付けろ!」と怒鳴ったことがあります。それで子が泣いたら、夫は家を出ていきました。1時間ほどで帰ってきましたが、玄関でずっとしゃがみこんでいました。
弁護士 ●●さんはお子さんに何か話していましたか?
Mさん 長男に、「パパ、いなくなってもいいか?」と話していました。

 どうにかして男性を助けられないか。妻Mさんは必死でした。

Mさん 私は夫が限界だと思い、なにか気分転換をしてほしいと思いました。卓球が趣味だったので、「卓球の練習にでも行ってくれば」と声をかけました。大好きなはずの卓球でしたが、夫は「おもしろくない」「つまらない」と言いました。そんな言葉は聞いたことがありませんでした。私は仕事を辞めるようにすすめました。でも夫は、「辞めるわけにはいかない。みんなもいじめられてるし、自分もがんばる。辞めたらみんなに迷惑がかかるし、自分もがんばる」と話していました。


④妻Mさんの今の気持ち

弁護士 最後に、この裁判に臨むあなたの思いを話してください。
Mさん 2001年10月8日、私は夫と永遠の愛を誓いました。多くの方から祝福していただき、幸せいっぱいの結婚生活がスタートしました。長男長女が生まれ、4人で幸せな毎日を過ごしていました。2006年12月、長男4歳、長女1歳のお祝いで、夫は有休を取って家族旅行に行きました。とても楽しい旅行でした。子どもたちも大喜びで、夫も喜んでいました。ところが、これをきっかけに係長のいじめがエスカレートしてしまいました。半年後、夫は自ら命を絶ちました。結婚生活はわずか6年で途絶えてしまいました。昨年は結婚20周年でしたが、夫と祝うことができず、非常に悔しくてなりません。夫は亡くなる数日前、「水道局の組織が大嫌いだ」と話していました。聞いた当時、私はよく分からなかったのですが、(公務災害認定後もいじめ・ハラスメントを否定する水道局の対応を見ていると)今は夫の言っていたことがよく理解できます。反省がなければ、同じことがくり返されてしまいます。私たちのように不幸な人は、二度とあらわれてほしくないです。夫は人生をやり直すことができません。しかし、水道局の人たちは生きています。いくらだって、やり直しがきくはずです。事実を真摯に受け止め、再発防止に取り組んでほしいと思います。


⑤被告側の反対尋問

 原告側の主尋問のあと、被告(新潟市水道局)側弁護士の尋問がありました。内容を一部紹介します。

・亡くなった男性の性格について

被告側弁護士 ●●さんの性格はいかがでしたか?
Mさん 家では明るいし、子煩悩で、家族思いな人でした。
弁護士 (※裁判に提出されている証拠を示す)同僚からは、「拒まれたら断れない。上司に注意されると委縮するタイプ」との評価があります。これをあなたはどう思いますか?
Mさん よく分かりません。
弁護士 プレッシャーに弱いとか、職場が変わると不安定になるとか、そういったことはありませんでしたか?
Mさん 特にないと思います。

・単価表の仕事について

弁護士 2007年の4月にご長男の入園式がありましたね。●●さんは「単価表の仕事が進んでいないから年休なんか取れない」と話したそうですね。単価表の仕事がどういうものか、あなたは当時分かっていたんですか?
Mさん 私には分かりませんでしたが、夫は自宅で「単価表の仕事が分からない。終わらない」と言っていたので、よほど困難な仕事と思っていました。
弁護士 当時あなたは、単価表がどういった仕事内容かはご存じなかったということで、いいですか? ●●さんの担当業務について、あなたは詳しくご存じなかったのですね?
Mさん 事細かには聞いてませんが、2007年4月からは現場に出ることなく、ひたすらデスクワークと聞いていました。

・仕事の大変さについて

弁護士 ●●さんは「徹夜しても終わらない」と言っていたそうですが?
Mさん はい。
弁護士 「毎日徹夜しても終わらない」と?
Mさん はい。
弁護士 徹夜とは、自宅で働くということですか?
Mさん 場所の問題ではなく、職場に行っても仕事が進められない。ということだと思います。
弁護士 つまり、「徹夜」というのは「たとえ話」ということですか?
Mさん どんなに時間があっても仕事が進まない、という悩みの訴えです。
弁護士 自宅で仕事は?
Mさん してません。
弁護士 2007年4月頃の帰宅は夜7時から8時頃でよろしいですね?
Mさん はい。
弁護士 ●●さんは、「内勤ではなく現場に戻りたい」と言っていたのですか?
Mさん 「自分はバカだから、外に行くしかないのかな」ということは話していました。それは外に出たいということではなく、内勤でもがんばりたいけど誰も教えてくれない。教えてくれるんだったら内勤でもがんばりたい。そういうことだったと思います。
弁護士 ●●さんは、(水道局の出先の職場である)浄水場勤務に戻りたいとは、言ってなかったですか?
Mさん いいえ。浄水場の仕事は3交代制なので、子どもと過ごす時間が作りにくく、水道局の本局に移れたことは、夫は非常に喜んでいました。


【傍聴者ウネリウネラから】

 裁判官からの質問はありませんでした。午後3時からはじまった証人尋問は、夕方5時まで続きました。Mさんは感情を高ぶらせることなく、冷静に、一つひとつの質問に答えていました。証言する前と、終わったあと、Mさんは周囲に向かって深々とおじぎをしていました。裁判官席へ、被告席へ、原告席へ、傍聴席へ。

 その姿が印象的でした。

証人尋問後の報告集会で話す妻Mさん=3月3日、新潟市内

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