生協さん

落書き帳

 読んでもなんの得にもならない話。わが家に食品を届けてくれる生協さんの話。

 さいたま市にいた頃から生協さんを頼んでいる。わたしが家にいる時はなるべくわたしが対応するようにしている。べつに地域性ということではないと思うけれど、福島市に来てからずいぶん面白い人が来てくれる。

 最初にやってきたのは「おらほ」さんだ。ディズニー映画の『アナ雪』に出てくるオラフを、二回りくらい大きくした体躯。自分のことを「おらほ」と呼んでいた気がする。

 この人、力が強い。

 何ケースも積み重ねたパレットを軽々と持ち上げ、いちばん奥にあるわが家の玄関までアパートの細長い廊下をダッシュしてくる。エレベーターが故障していれば階段を駆けのぼる。

 だから配達のスピードが速い。駐車場で「ピー、ピー」とバックする音が鳴ると、ウネラと二人で「来たね」とうなずき合う。するとわずか数秒で玄関のインターホンが鳴る。私とウネラはもう一度目を見合わせ、驚きあきれてしまう。

「ちわっす! 生協です」

 玄関を開けると、彼は帽子をぬいで軽くおじぎをしてくれる。一瞬見えた彼の頭は両側に剃りこみがあり、ジェルを使えば立派なモヒカン頭になりそうだった。 

 そんな見かけやパワフルさとは裏腹に、彼は時間に正確である。

 初めてのとき、彼は午後一時過ぎにきた。「だいたいこれくらいの時間ですか?」と尋ねると、「きょうは初めてだったので、少しゆっくりになりました。次からはあと三十分くらい早くできると思います!」

 そして実際二回目以降、彼はちょうど一二時半に来るようになった。前後五分の差異もなかった。

 パワフルで時間に正確なおらほさんは、営業上手でもある。

 十一月のある日、品物をぜんぶ手渡した彼は、「クリスマスのご予定はいかがですかっ?」と聞いてきた。「うちでは毎年、生協の丸鶏を頼んでます。家で焼くやつです」と答えると、おらほさんは言った。

「ありがとうございますっ! じゃあそれは手配しておきますんで、ネットで注文しなくても大丈夫です。ほかの企画商品はいかがですか? おらほのチームのオススメは、この『チョコクリームケーキ』です!」

 そう言って手づくりっぽいチラシを見せてくれた。わが家ではクリスマスにケーキはあまり食べないけれど、それに「おらほのチーム」というのがよく分からなかったけれど、いつもお世話になっているので検討してみようと思った。

 それよりも、わたしが気になったのは冷凍の丸鶏のほうだった。家族が多いのでスーパーでももの焼いたのを買うと結構高くつく。手間をかけて自宅のオーブンで焼くのも楽しみの一つだった。ということで、生協の丸鶏は毎年恒例になっており、これが来てくれないとわが家のクリスマスははじまらない気分なのだ。

 おらほさんはきちんと届けてくれるだろうか。その場でメモをとったり端末をいじったりした形跡はない。でも、ネットで注文したら二羽届いてしまうかもしれない。それも困る。次の週、彼に聞いてみた。

「鶏のほうは大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですっ。ちゃんと頭に入れてあるんで!」緑色の帽子の上から自分の頭を指さし、おらほさんは言った。

 そしてその次の週、わたしは仕事で手が離せなくてウネラが玄関先に出た。おらほさんが言うのが聞こえる。

「お待たせしました。丸鶏でっす!」

 やっぱり持ってきてくれたんだ。リビングにいたわたしは胸をなでおろした。あくまでイメージだが、おらほさんが冷凍された鶏を抱え上げている姿が目に浮かぶ。まるでカツオの一本釣り漁師みたいに。おらほさんを疑った自分を、ちょっと反省した。

 実は、丸鶏を持ってきてくれたその日がおらほさんの最後の日だった。

「ルート変更がありまして、次回から新人に代わります。こいつです!」。その声に合わせて「よろしくお願いしまーす」と若い声が聞こえる。おらほさんに比べると、ずいぶん元気がない。というか、前任者が元気すぎるだけか。

「ちゃんと教育しときますから、よろしくお願いしまっす!」とおらほさんが言う。

「今までありがとうございました」とウネラがお礼を伝えると、「こちらこそ!」と答えたおらほさんはこう切り出した。

「最後にナンですが、お正月の企画商品はいかがですか?」

 そうか。クリスマスの次はお正月か。

「どんなのがありますか?」とウネラが聞く。

「はいっ。ありがとうございます。おらほのチームのオススメは……この『特大えび天4本セット』です!」

 えび天か……。うちは〝かき揚げ派〟なんだよな……。今回は見送ろうと思っていた。すると玄関からウネラの声が聞こえた。

「へえー。おいしそうですね」ウネラはわたしに輪をかけて〝かき揚げ派〟だ。ぜったいに話を合わせているだけだった。

 だが、おらほさんはその言葉を聞き逃さなかった。新人に語っている。

「ほらな。こうして熱心にオススメすれば、きっと買ってくださるから!」

 おいおい、こちとらまだ買うとは決めてないぜ。と思ったが、おらほの最後の日でもあるし、ウネラは首をたてに振ったようだ。年末最後の宅配日、新人は『特大えび天4本セット』をもってきた。だが、わが家は五人家族だ。大晦日、スーパーでえび天を1本とかき揚げを二つ三つ買い足した。うーむ、おらほの商売上手。

 次に来た新人さんを「郡山くん」と呼びたい。郡山に住んでいるからだ。そして来るたびに郡山の話をしてくれるからだ。

 郡山は今朝さむかったっすよーとか、郡山はきょう地面凍ってましたよーとか。食品を渡し終わると郡山ネタを少し入れてくれる。

 時間きっかりのおらほさんとは好対照に、郡山くんはゆっくり仕事をこなし、まったりと雑談していく。このイカフライ、いいっすよねー、おれもこの前食べました、とか。おっ、味噌をつくってるんですね、この『手前みそ仕込みセット』おれもやりたいと思ってたんすよー、とか。そんな感じで特集の商品とかも勧めてくるので、なんとなく食べてみようかなという気持ちになり、一つ二つ注文してしまう。たしか節分かひな祭りだったかは、そんな感じで何か買ってしまった。

 ただ、だいたいどこの家でもそんな話をしていくんだろう。予定の時間より三十分、一時間遅れることがあった。まあ、楽しそうに働いている人を見るのはこちらも楽しいので、それもいいと思っていた。

 雪がとけた頃、家のそばでトラックを運転する郡山くんを見かけた。あごマスクで口笛を吹きながら、悠々と交差点を左折していった。

 その郡山くんも半年ほどで交代になった。コロナの影響で生協のお客が急に増えていた。そのため運転手たちのルートは目まぐるしく変わっているのだそうだ。

 次にわが家を担当してくれたのはメガネをかけた男性だ。この人は前任の二人とはまたちがい、極端に口数が少ない。不機嫌というわけではないが、シャイなのだと思う。「こんにちは」と「ありがとうございます」くらいしか言わず、黙々と仕事をこなし、帰っていく。時間にはとても正確である。生協さんというよりも、銀行とか役場に勤めていそうな人だ。

 この人については、こちらが勝手に心配していることがあった。もしかしたら営業が苦手なんじゃないか。ということだ。あのシャイさでは、「おらほのチームのオススメは!」と正面突破はできないだろう。「これいいっすよねー」みたいな話の自然な流れからの売り込み方もできまい。さて、彼はどうするのか。見ていると十一月に入った頃から少し浮かない顔になったような気もする。もしや「チーム」のボスから年末営業のプレッシャーをかけられているんじゃないかと、心配になってしまった。

 宅配の日の午後、生協の加入者であるウネラの携帯に留守電が吹き込まれていることがあった。彼からだった。

《きょう配達の時にお伝えし忘れたんですけど、クリスマスの商品のオススメがありまして、注文カタログに同封したチラシを読んでいただければと思います》

 直接は話しにくいのかな。商品を受け取りに出たわたしに問題があったのかも。いかにも子どものお使い然としているから話にならない、と思ったのかもしれない。わたしの能面のような無表情を見て(ほんとは感情豊かなのだが……)無碍もなく拒絶されると思ったのかもしれない。次回はウネラに玄関に出てもらうように頼んだ。

 次の週、わたしはリビングで気配を消していた。ウネラが出たが、やはり年末商品の話にはならない。午後、またもウネラの携帯に留守電が入っていた。

《きょう配達の時にお伝えし忘れたんですけど……》

 わたしとウネラは顔を見合わせた。

 さらに翌週、わたしはもう一度リビングに隠れた。わたし以上に彼のことを心配しているウネラが、ついに口火を切った。

「あの、うちではいつも丸鶏を頼んでます!」

「あっ、ありがとうございます!」彼のうれしそうな声が聞こえてきた。リビングに戻ってきたウネラによると、「あの人の目がキラーんと光った!」そうだ。

 クリスマス商戦のあとは、わたしがまた玄関先に出るようになった。彼はこれまでのように黙々と、牛乳やら卵やら、いつもの商品をわたしに渡してくれる。年末の特集商品のことは話さない。

 わたしの方から言いたかった。

「今回のチームのオススメは何ですか? 何を頼むとあなたが営業に貢献したことになりますか? 言ってくれたのを注文しますよ」。

 そう言ったら喜んでくれるような気がしたし、どうせ寝正月だから食べものなら何を買っても無駄にはならないと思った。そうは思ったのだが、いったいどんな顔でそれを口に出したらいいのか分からなくて、つい口に出さないうちに、彼は帰ってしまった。

 自分も彼と同じくらいシャイなのか……。なんとなく残念な気持ちになった。ウネラと一緒に考えて、とりあえずおせち用の紅白かまぼこをネットで頼んだ。これで彼のポイントになればいいのだが……。

 こうしてわが家の二〇二一年は暮れていった。生協さん、来年もよろしくお願いします。

 追伸)特大えび天セットは頼まなかった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました