伝承館は何を伝承するのか~みなさんの声⑧

 福島県内に昨年オープンした「東日本大震災・原子力災害伝承館」(伝承館)の「あるべき姿」を考えていきます。企画の狙いについては前の記事「企画のはじめに」をお読みください。

 議論の材料として、館内の展示フロアに掲示されている「文章」をアップしてきました。以下のページにまとめていますので、ご覧ください。

→ 伝承館は何を伝承するのか(展示資料の記録一覧)

 好評の「みなさんの声」シリーズです。八回目は、岩手県花巻市在住の鈴木太緒さんのご投稿を紹介します。鈴木さんは先日アップした「ウネリウネラの意見②」への応答といった形で書き進めてくれています。とても共感しました。ぜひ、お読みください!


【鈴木太緒さんからいただいた文章】

題名:放射能問題に関する記述の仕方について

ウネリウネラ様

この度は「伝承館は何を伝承するのか」の企画をありがとうございます。

投稿された記事を改めてじっくりと拝読させていただきました。

私はまだ伝承館には行ったことがありませんが、連載を通して展示内容を細かく(特に館内の展示フロアの文章を)知ることができ、感謝です。また、投稿された皆様からのご意見、ウネリウネラ様のご意見も大変参考になりました。

ありがとうございました。

記事を読んでみて、展示フロアの文章のほぼすべての項目に課題・問題点を覚えましたが、特に私が問題を感じたのは放射能問題に関する記述の仕方です。

ウネリウネラ様も1月11日の記事「伝承館は何を伝承するのか~ウネリウネラの意見②(放射線被ばくの危険性について)」で展示パネルに「放射線の危険性」についての記述が見当たらないことについて記してくださっていました。まさにご指摘して下さっている通りの疑問を私も感じました。

展示パネルには「放射線は危険なものである」ことの記述はまったくなく、原子力(核兵器と原発)は地球環境とそこに生きる生命を、人間の生業を、長期間にわたって深く傷つけ得る――時に取り返しのつかないほどに――ものであることへの警鐘の言葉もありません。《「放射線被ばくの危険」を語らなければ、原発事故を原発事故たらしめている根幹を見失うことになります》との一文はまさにその通りであると思います。

今後、絶対に原発事故は繰り返されてはならないものですが、もし万が一事故が起きた場合、どのようにして放射線被ばくから自分たちの身を守らねばならないかの記述も見当たりません。

原発事故が起こったら、甲状腺がんを防ぐため直後に安定ヨウ素剤を飲まねばならないことは、津波が生じた際はめいめいに逃げるという「津波てんでんこ」と同じように、次の世代に真っ先に伝承すべき事項だと思いますが、その基本的な情報も記されていません。

もし安定ヨウ素剤の服用について記すなら、福島の原発事故が起こった際、一部の自治体が自主的に配布した事例を除いて、安定ヨウ素剤が県内在住の方々に配られることがなかった事実と反省も、教訓として後世に伝承する必要があるでしょう。

展示パネルの文章全体に共通して言えることですが、失敗や過ちから学んでそれを次の世代に伝えようとする姿勢が欠如していることが残念です。

ウネリウネラ様もご指摘くださっているように、低線量被ばくについては、科学的にいまだ影響が分からない部分が多くあります。「分からない」部分があるなら率直に、いまだ「分からない」部分があると記す必要があると思います。

健康被害との因果関係が現時点では「分からない」部分があるということは、視点を変えれば、今後さらに5年、10年経ってから因果関係が分かってくる可能性もあるということです(ただし甲状腺がんが多発している状況に限って言えば、現時点でも明らかに因果関係があると受け止めざるを得ません)。因果関係が「分からない」ことと「ない」こととは決してイコールのことにはならず、両者の間には大きな隔たりがあります。

であるならば、私たちは今後も健康への影響について、慎重に、長期的に対応してゆくことが求められるでしょう。影響が「ある」かもしれないならば、これからも定期的な検査や保養を継続してゆくとともに、できるだけ無用の被ばくは避けるよう行動してゆくことが必要でありましょう。

しかし、展示パネルの文章においては、この度の事故で放出された放射線による健康への影響は「ない」と読み手が受け止めるように誘導する仕方で記述がなされています。これは公正ではない、偏った記述の仕方であると言わざるを得ません。

パネルの本文においては健康への影響が「ない」とははっきりと述べられてはいませんが、福島県立医大の安村誠司教授のインタビューを資料映像として流すことで、間接的にその(一方的な)結論を来場者に示していると言えます。放射線による直接的な健康への影響は「ない」。むしろ長期的な避難生活やそのストレスが間接的に健康に影響をもたらしているのだ、と。

健康に影響を与えているのは放射能そのものではなく放射能への不安とそのストレスであり、取り除く必要があるのはそれら不安とストレスであるというのが、この10年の間の県や国や電力会社の一貫した立場でした。インタビュー映像もそれを補足する資料として使用されているのでしょう。

放射能問題の受け止め方は、人それぞれです。この度の新型コロナウイルスの受け止め方についても、それぞれに相違があるように――。置かれた環境、これまで経験してきたことが一人ひとり異なるので、違いがあるのは当然のことでありましょう。

ただ、国や県などの責任ある立場の方々が、放射能問題を単なる「心(個人の気の持ちよう)の問題」とみなすのはとても危険なことであると思います。もしもいま現に放射線による健康被害が起きているとしたら、それらが見過ごされ放置されてしまう危険性があるからです。またそして今後、放射能の影響に無防備にさらされる人々がさらに増大してゆく危険性があるからです。特に、未来ある子どもたちがこの先、無用の被ばくにさらされてしまうことを危惧しています。

低線量被ばくの影響についてはまだまだ未知の部分が多いからこそ、責任ある立場の方々には、今後も慎重に、長期的に対応し続ける姿勢を堅持していって頂きたいと願います。

また、放射能の問題を「心の問題」にすりかえることは、放射能から逃れて避難をし、困難な生活を強いられ続けている方々の尊厳を傷つけ、その生活をさらに困難なものに追い詰めてゆくことにつながっています。 

もちろん、不安やストレスも私たちの健康に深刻な影響を与えます。不安やストレスが少しでも軽減されてゆくことは私たちが生きてゆく上で大事なことです。しかしこの度の原発事故に関して言えば、不安やストレスが生じている、そのはっきりとした原因があります。原発事故によって想像を絶する量の放射性物質が福島を中心として東日本の広範囲に放出されたという厳然たる事実です。そしていまも、私たちが放射線被ばくの影響にさらされ続けているという事実です。この事実に向き合うことなく、放射能問題を個々人の心の問題にすりかえている展示パネルの文章は、とても納得できるものではありません。根本原因が解決されない限り、原発事故後の世界を生きる私たちの不安もなくなることはありません。

伝承館の展示パネルの文章はある特定の立場に基づいて書かれたものであるので異なる意見が反映されることはすぐには難しいかもしれませんが、それらの展示を材料として、私たち市民が対話を再開してゆくことはできるのではないかと思います。今年は震災と原発事故から10年のメモリアルな年です。この度のウネリウネラ様の企画も、対話や議論を再開する大切な機会を提供してくださっているのだと受け止めております。

対話をする際は、互いの意見の「正しさ」をジャッジするというより、この10年、それぞれが抱き続けてきた痛みや複雑な想いを受け止め合う姿勢が大切であると思っています。原発事故以降、特に放射線の影響が大きかった地域の方々は、先が見えず「答え」も見えない中、悩み苦しみつつ懸命にご自分の次の一歩を選択してこられたことと思います。置かれた立場、被害の大きさ、事故と放射能問題の受け取め方、そして結果的として選び取った道はそれぞれ異なれど、事故によって大きな痛みを被ったことに違いはありません。

放射線の影響が少ない地域に住んでいる方々も含め、それぞれの想いや痛みが改めて広く共有されてゆくことにより、これから、原発事故と放射能問題がより多面的・総合的に理解されてゆくことを願います。

また今後、人々の切なる声を受けて、少しずつでも伝承館の展示の内容がより良いものになってゆくことを期待します。

伝承館には原発事故を証言する様々な物や遺構が展示されていると伺っております(まだその数は多くはないようですが……)。私は実際に現物を見たわけではありませんが、その物言わぬ展示物が、来場者に多くのことを語ってくれていることと思います。その展示物の一つひとつの背後にかけがえのない人生があり、記憶があります。一つひとつの展示物を通して、その背後にある人々の痛みや想いが共有・伝承されてゆくことを願います。それぞれの痛みを受け止め合うことが、これまでの対立や分断を乗り越えてゆく一つの力になってゆくのではないかと思います。

また、それぞれの痛みや無念の想いに思いをはせることが、「このような悲劇を二度と繰り返してはならない」との決意にもつながってゆくのではないかと思います。この決意こそが、本来、次の世代に伝承すべき一番のものなのではないでしょうか。

私自身は原発事故が起きた当時は東京におり、事故による避難を経験したわけではありません。ですので、事故によって故郷や住まいを奪われた方々、生業を奪われた方々、健康を損なわれた方々、心ない差別や誹謗中傷を経験した方々、大切な人との関係が引き裂かれた方々の痛みや無念の想いは、想像することしかできません。これまで、原発事故で被災された方々のお話を伺ったり、様々な証言や本を読む中で、少しずつ自分なりに理解を深めきました。いまも学んでいる途上です。

直接避難を経験したわけではない自分が声を上げることにためらいを覚える瞬間もありますが、原発事故と放射能問題は――置かれた立場、被害の大きさ、被った痛み、事故と放射能問題の受け止め方などに様々な違いはあれど――私たち日本に生きるすべての者が当事者であり、それぞれの仕方で向かい合ってゆくべき最重要課題の一つであると受け止めております。


【ウネリウネラから一言】

 大切なご指摘をたくさんいただきました。

原発事故が起こったら、甲状腺がんを防ぐため直後に安定ヨウ素剤を飲まねばならないことは、津波が生じた際はめいめいに逃げるという「津波てんでんこ」と同じように、次の世代に真っ先に伝承すべき事項だ

 <「津波てんでんこ」と同じように>と書いておられたのが印象的でした。花巻市在住の鈴木さんはこの言葉にも特別な思いを持ってらっしゃるのだと感じました。

(低線量被ばくと健康被害との)因果関係が「分からない」ことと「ない」こととは決してイコールのことにはならず、両者の間には大きな隔たりがあります。

 その通りだと思います。はっきり「クロ」とは言い切れないが、「グレー」だなという状況の時、どうするか。数年、数十年後に「クロ」と判明した時には深刻な事態が予想されるなら、「グレー」の段階で手を打っておくべきだと思います。こうした「予防原則」の考え方が実行されてこなかったのが残念です。

異なる意見が反映されることはすぐには難しいかもしれませんが、それらの展示を材料として、私たち市民が対話を再開してゆくことはできるのではないかと思います。

 同感です。伝承館の展示は不十分だと思います。しかし、どんな団体がこういう施設を作っても不十分な点はあるでしょう。大事なのは、どこがどう不十分かを考え続けることだと思います。

 結びの文章も印象深かったです。

直接避難を経験したわけではない自分が声を上げることにためらいを覚える瞬間もありますが、原発事故と放射能問題は私たち日本に生きるすべての者が当事者であり、それぞれの仕方で向かい合ってゆくべき最重要課題の一つであると受け止めております。

 私たちウネリウネラも2011年以降、埼玉や東京で暮らしてきました。3・11や原発事故について書くときは(この企画もそうですが)、「自分たちは何も分かっていない」という前提で、おずおずと書いています。そんなかたちでも、向かい合ってゆくべきテーマだと思っています。

 鈴木さん、ありがとうございました。 鈴木さんはキリスト教会の牧師さんだそうです。傍らで執筆活動もなさっています。小説『ネアンデルタールの朝』はインターネットでも読むことができます! 小説はこちらから↓

ホーム – 小説『ネアンデルタールの朝』 (neanderthal-no-asa.com)


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