政府と東京電力は福島第一原発の事故で発生している汚染水(※)の海洋放出を始めました。政府・東電は漁業者との約束を守りませんでした。有識者が示している代替案を真剣に検討しませんでした。燃料デブリの取り出しはわずか数グラム分しかめどが立っていないのに、急ぐ必要のない海洋放出を強行しました。まさしく「大義なき海洋放出」であるとウネリウネラは考えます。
放出は少なくとも30~40年続くと言われています。冷静になって問題点を検証し、放出の中止を求めていくことが大事だと思います。ウネリウネラでは今後も読者のみなさんからいただいたご意見をもとに考えていきます。今回のテーマは「トリチウムの分離技術について」です。(ウネリウネラ 牧内昇平)
※政府の定義では、ALPSで処理する前の液体が「汚染水」で、処理後の液体は「ALPS処理水」です。しかし、実際はALPSで処理後もトリチウムを筆頭にさまざまな放射性物質が含まれています。そこでウネリウネラは処理後の液体もあえて「汚染水」と呼びます。
【古野伸夫さんのご意見】
希釈放流でなく、希薄ー濃縮分離、減容して保管! 原発という途方もない事故の、汚染水処理をアルプス処理と呼ぶ処理の不全の健全化を先送りした挙句の放流、海洋投棄は、早晩、実害が出る。アドバンテージと呼ぶ技術のまやかしを公開して、官民総力でより良くしてほしい。水素同位体の知見を広く公開すれば、軽水素のみを電気分解で採取できて、水素社会の基礎エネルギーにできて、重水、トリチウム水が濃縮できて、超貴重な資源が得られます。希釈放流は始まっても早晩行き詰まるでしょうが、できるだけ早く気づいてほしい。
【ウネリウネラから】
古野伸夫さんは「トリチウムの分離」に関わる投稿を書いてくれました。この点をめぐる経緯をまとめます。
トリチウムは分離できない?
東電福島第一原発の敷地内にたまる汚染水は、多核種除去設備(ALPS)で処理後も大量のトリチウムを含んでいます。(※トリチウムの他にも炭素14、ヨウ素129、ストロンチウム90などさまざまな放射性物質がALPS処理後も残ります)
ところが、トリチウムを分離する技術が全くないかというと、そういう訳ではありません。経産省は汚染水の処分方法を考える「ALPS処理水の取り扱いに関する小委員会」という有識者会議を開いていました。2020年にまとめられた小委員会の報告書によると、カナダや韓国の原発などではトリチウムの分離が行われています。しかし、これらの技術は福島第一原発にたまる汚染水には応用できないと報告書は指摘しています。
これまで実用化されているトリチウム分離技術については、処理濃度の観点で福島第一原発の ALPS処理水と比較して1万倍以上であり、また、処理量については数十分の一以下である。工学的技術においては、桁が一つでも違えば、別の技術課題として扱われる。トリチウム含有水の量も濃度も桁が相当異なるのであるから、今まで研究開発されてきた技術は当然のことながらそのままの形では適用できない。このため、福島第一原発で実用化するためには更なる研究開発が必要となるが、現時点においても、福島第一原発にただちに実用化できる段階にある技術は確認されていない
2020年「小委員会」報告書
実績があるのは「高濃度、少量の水」中のトリチウム分離技術であり、福島第一原発のような「低濃度、大量の水」中のトリチウムには使えない、ということのようです。
当初は政府も分離技術を募集した
小委員会開催前の2013~16年には、経産省は別の有識者会議を開いていました。「トリチウム水タスクフォース」といいます。この会議の中では、経産省も今回の汚染水からトリチウムを分離する技術を探していました。
当時の会議資料によると、「トリチウム分離技術検証試験事業」というものを行い、国内外の企業や大学などが7件の試験を行いました。参加したのは米国の原子力企業キュリオンや、ロシアの国営原子力企業傘下のロスラオ、東芝や北海道大学などです。しかし経産省が事務局を務める「タスクフォース」は、これら7件のアイデアを検討した結果、「直ちに実用化できる段階にある技術は確認されなかった」と結論づけています。
ただし会議の議事録を読むかぎり、7件のアイデアのうち少なくともいくつかは「完全にダメ」ということではないようです。
2016年4月に開かれたタスクフォースの14回目会合です。事務局の経産省職員は7件のアイデアについて、「実用化に向けては様々な課題がある」と指摘しました。「試験データにばらつきがある」「データの取得が十分ではない」「コスト見積もりが過小評価」などの理由が挙げられていました。
ところがタスクフォースの委員の一人である山西敏彦氏(※会議当時は国立研究開発法人「量子科学研究開発機構」に所属)は、会議で以下のようにもコメントしています。
ロシアのロスラオ社というのは、水蒸留とCECE(※)を組み合わせたもので、ほとんど実規模のところまでつくって試験をしたというのでは非常に貴重なデータなんですけれども、このレベルのプラントになりますと、立ち上げてから1点データを取るのに1週間近くかかっている。そうなると、再現性とかも勘案していきますと、データを取るだけで1年近くかかるのは当たり前ぐらいの状況になります。そういう意味で、キュリオン、ロスラオ社については、可能性は十分あると思いますけれども、直ちにこれから適用できるというレベルにはないという判断をしたということになります。個人的には、可能性はあるのは、ロスラオのような水蒸留とCECEの組み合わせだと思いますけれども、そういう意味でもこのデータをもとにすぐ適用可能というところにはまだないという結論になっているというふうに理解しています。
トリチウム水タスクフォース第14回会合議事録
※CECE法とは、電気分解などの技術で水分中のトリチウムを徐々に濃縮させていく方法のこと。
このコメントを読むと、可能性ゼロというわけではないように思えてきます。「データを取るだけで1年近くかかる」と指摘されていますが、海洋放出が終わるのは30年以上先のことです。じっくり検討する余地はあるのではないでしょうか。
分離技術の検討を東電に任せてしまった
解せないのは、経産省が分離技術を自ら検討する努力をやめてしまったことです。トリチウム水タスクフォースは「今すぐ実用化できない」と指摘しただけです。「今後も可能性ゼロ」とは言っていません。むしろ、有識者が公の場で「可能性は十分ある」と指摘したアイデアもあるのです。それなのに経産省はこのタスクフォースの後、分離技術の募集・検討をやめてしまいました。
代わりに始めたのは東電です。東電は、政府が海洋放出の方針を決めた2021年4月13日の翌月から、分離技術の募集を始めました。公開資料によると昨年末の時点で124件の提案があり、そのうちの14件が「実⽤化に向けた要件を将来的に満たす可能性がある」とされています。今後、福島第⼀原発構内での実証試験などを行う予定だそうです。
しかし、一つ心配なのは「東電が本気で分離技術を検討するのか」という点です。海底トンネルまで掘り、(東電からしてみれば)ようやく実現した海洋放出です。今さら他の選択肢を本気になって探すでしょうか。日本政府、経産省は東電任せにせず、自ら分離技術の検討を進めるべきです。
日本政府は責任をもって代替案を検討すべき
海洋放出を始めるに当たって、岸田首相は「政府が責任をもつ」と言いました。「責任をもつ」という言葉の中には本来、「ダメだった時にはなんとかする」という意味も含まれているはずです。しかし日本政府は海洋放出を強行するばかりで、海洋放出に問題が起こった場合にどうするかを考えていません。
これから30年、40年何事もないと考えているのでしょうか? ALPSはそのあいだずっと正常運転を続けるのでしょうか? 何かあった場合に備えて代替案、分離技術の検討は、少なくとも続けておくべきではないでしょうか?
政府が2021年4月13日に発表した基本方針にはこう書いてあります。
ALPS 処理水については、希釈して放出していくこととするが、引き続き、新たな技術動向を注視し、現実的に実用化可能な技術があれば、積極的に取り入れていく。
東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針
現状はこの基本方針に反しているように思います。
古野伸夫さんのご意見をきっかけにトリチウムの分離技術についてまとめました。これは素人考えかもしれませんが、「高濃度、少量」で分離が可能なら「低濃度、大量」でも時間とお金をかければ実現可能なように思います。要するに「お金の問題か?」ともいぶかってしまいます(もちろん、トリチウムが分離できたとしても他の放射性物質の問題は残ると思います)。
古野さん、ご意見ありがとうございました!(ずいぶん前にご投稿いただいたのに掲載が遅れてしまいました。大変申し訳ありませんでした。)
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