命の在り方

 「命の選別」という言葉が、このところよく目に入ってきて、参っていました。

 以前「ウネラのブログ」で、「『(人間の)生産性』というワードに相当やられていたが、友人が手を差し伸べてくれた」というようなことも書きました。

 そうした言葉への過敏な反応は、私自身が小学生~中学生だった3年8カ月の間、脳死の兄と生きてきたことに起因している、と自覚しています。

 子どもの私には(もちろん大人にも)言い尽くせないほど衝撃的なことでしたし、自分が生きていること自体が揺らぐというか、望むと望まざるとにかかわらず、「生命に対する問い」から逃れられなくなった、常にそれを迫られるようになったことは、間違いありません。

 兄のことはなるべくきちんと書き残したいと思いつつも、やはりなかなか筆が進みません。兄が亡くなってから20年以上経った今、ようやくそのことと少しずつ向き合えるようになってきた、というくらいです。

 脳死の兄が15歳だった3月。一般的には公立高校受験の結果がわかり、中学3年生が卒業を迎える時期の、ある日のことです。兄の病室のドアの前に、使い古された一着のバスケットボールのユニフォームとともに、一通の手紙が置いてありました。兄が小6で倒れる前からの、親友からのものでした。

 本当は一切手を入れず、その全文をここに掲載したいくらいなのですが、今現在私がご本人とすぐにはコンタクトをとれず、先方の意向を聞けないため、以下、ご本人やその周辺が特定される情報をできるだけ削ぐなどの編集をした上で、一部を引用します。


~前~中略~

 別に体のどこが不自由でもないのに、自分の人生を恨む俺を、お前の心臓の鼓動が、生命の息吹が、励ましてくれる。支えてくれる。俺が社会の役に立つ人間になれば、俺を支えているお前は、法律がどうだこうだよりもずっと生きている意味があり、権利がある

 お前は十分だ。支えられているのは俺だけじゃないはずだ。お前のおやじもおっかあも、妹も、じじいもばばあも、たくさんいる。胸を張って生きろ。精一杯生きろ。~中略~

  ここに俺は、俺のためにとお前のために、立派な人間になることを誓う。「お前、いい友を持ったな。」俺もいい友を持ったと思う。

 こんな事、口で言うのはこっばずかしいので手紙に書いた。お前は、おきたいときにおきろ。おきれるときにおきろ。だが、勝手に死ぬなよ。頼むぞ。高校になって大変になるかもしれないが会いたいときに会いに来る。(いいだろう。)

  俺の涙や汗のにじんだユニフォームだ。俺をわすれんなよ。忘れたら思い出せ。このやろー。(このやろーなんていったらおこられるな。)

  きったねー字で悪ぃ。


 この頃、両親はいわば兄に「完全看護」、付き切りの状態で、3時間ごとのバイタルもほぼ自分たちの手で行っていました(母が看護師であったことがそれを可能にさせた部分も大きいと思われます)。

 子どもである私がそこに介入することは不可能ですから、闘病期間中の多くは、半日~一日ごとに兄と両親に面会する状態が続きました。兄の変わり果てた姿には、正直目を覆いたくなるような思いもありましたが、一方で、看護にあたる父母が日に日に憔悴仕切っていく姿にも、危機感と恐怖を感じました。半日ごとに大いに衰弱していく様子が見てとれるのです。

 「このまま看護を続けたら、両親が持たないかもしれない」

 そう考えていたたまれなくなったことは数知れません。

 ですが一方で、先の兄の親友の手紙にあったように、またそれ以上に、両親には「兄が生き延びていること」によって自身の生命を支えているようなところがみられました。それは、誰にも侵すことのできない領域なのではないでしょうか。

 私はここまで述べてきた体験談を美化したいとはけして思っていません。むしろ、そのことによって背負ってきたものの大きさに、今更ながら愕然としています。背負うことがなければ楽だっただろうと考えることも数知れません。

 「いつまで死人の看護を続ける気か」

父に、面と向かってそう言ってきた人もいたそうです。

その方はおそらく、当時30代の、いわゆる「働き盛り」の父が、回復の見込みの極めて低い子どもの看護に費やす時間を「もったいない」「お前(父)にも生きる道がある」といったニュアンスで捉えていたのでしょう。

 けれど同じことを、前述した、当時中学3年生の兄の同級生は「俺を支えているお前は、法律がどうだこうだよりもずっと生きている意味があり、権利がある」と言っています。

両親は、兄の看護をし続けなければ生きていくことが難しい心境に追い込まれていました。また、いわゆる「健常」な人たちが、「脳死の人(兄)の生に支えられている」という状況が、少なからず存在していました。脳死の人の生を支えに自身の生命を保っていたという人たちが、確かにいたのを、私は子どもながらに見つめていました。

 私が言えることは、それくらいです。

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