東京電力福島第一原発事故によって発生している汚染水について、海洋放出に反対する市民団体は7月23日、福島県郡山市内で政府(原子力規制庁)・東電と交渉を行いました。筆者にとって最も印象深かったのは、同県新地町の漁師、小野春雄さんが「海に流さないでください」と何度も何度も頼んでいたことです。
話し合いは3時間ほど続きました。会議室の最前列に座った小野さんは、時折マイクを握り、自分の思いを切々と語りました。その言葉をまとめて紹介します。(文・写真/ウネリウネラ牧内昇平)
新地町の漁師、小野春雄さんの話
あんたたちはいいですよ。30年後、40年後、どうなってるか分かんないんだから。自分たちは異動もできるし、辞めることもできるけども。事業者とかここにいる皆さんは、福島県を捨てることができないんですよ。漁業者は特別、海を離れることができないんですよ。仕事場だから。現実これだけの肉体的苦痛、精神的苦痛。岸田総理大臣に聞いてもらいたいですよ。本当に。われわれの声を。 ということですから、ぜーったいに海に流さないように、お願い、お願いをします。ほーんとに。お願いしかないです。 ◇ 前回の集まり(7月18日に行われた相馬双葉漁協と政府との意見交換会)で私が不思議に思ったのは、トリチウム水のタンクが満杯になっていると。そしてトリチウムってのは何年かたてばだんだん減っていくと。ほんだったら流す必要ないでしょ! 集まりに出てた女の人が「飲み水にしたらいいべ」とか結構厳しいことを言ったんですよ。そしたら、経産省は「私は飲んでもいいんだが、法律上、飲むことはできない」と言ったんですよ。これ、どうなってんだか。飲むことはできるけど法律上だめって矛盾してるよね。本人は飲んでもいいんだって。でも法律上は飲んでもだめなんだって。そういう答えだったんですよ。 トリチウムはだんだん減ってくんだったら流す必要ないというのと同じで、矛盾だらけなんですよ。意味がわかんないんですよ。これはどういうことなんだか。答えを知っている人にわたし聞きたいんですよ。 ◇ この問題の原因はなにかっつうと、一番の原因をつくったのは麻生さんなんですよ。麻生さんがなんつったか言ってくださいよ。元総理大臣の麻生さんはなんつったの、あんとき? 飲んでもだいじょぶじゃねって言わなかった? あんとき。それが気になってんでしょ。 子どもたちがまちがって飲んだらどうすんですか? 国はどっちの味方なんですか? 国が大事に思うのは国民でしょ? 守るべきは。子どもが勘違いして飲む可能性だってあるわけですよ。これはわかんないとこだね。根本的にこの原因をつくったのは麻生大臣ですよ。麻生大臣に謝ってもらいたいですよ。だから飲んだらいいべとか風呂にしたらいいべとか、話が出てくるわけだべ。国家の元の総理大臣がそういうこと言ったでしょって。飲んでもいいとか。国のトップが言える問題じゃないでしょ! われわれ福島県民を馬鹿にしてますよ。ほんとに。 ◇ われわれは一生懸命になって、死に物狂いではたらいてんですよ。今後のためにと思って。こんな暑いのに。漁師は命がけでがんばってんですよ。倒れた人だっているんですから。漁師は魚を獲りたかったら本気になるんですよ。日射病で倒れた人もいるんですよ。3年前に亡くなっている人もいるんですよ。そういうふうに一生懸命仕事してるんですよ。われわれは。生活のために。今後のために。未来を夢見て。 これを流したら、未来がないでしょ? どうするんですか! 我々にやめろってことですよ。海に流すっつうのは。われわれを守ってくださいよ。いちばん守るべきはわれわれでしょ? 方法がないんだったら、わたしだって理解しますよ。方法があるでしょ? いろいろな方法、おれは何度も言ってるでしょ。 ◇ いちばん大事なのは、「夏頃」っつうけど、いまは夏でしょ? いま春? 冬? 小学生も夏休み入ったでしょ? この前も官房長官が「夏」って限定してたけど、なんで夏って限定するんですか? われわれにとって一番大事なのは消費者なんですよ。消費者が納得するなら、われわれは文句言わないですから。関係者ってわれわればっかでないですよ。われわれは獲ってくるだけ。消費者の方が福島県の魚はいらないと言ったら、われわれ獲る必要なくなるでしょ。関係者ってのは、海外も含めて消費者でしょ。みんなが納得して流せば福島県の魚だって買うんですよ。納得してなけりゃ買わないでしょ。 国のトップの官房長官が夏頃だなんて、なんで限定するんですか? いちばん肝心なのは、一度立ち止まって、皆さんの話を聞くことでしょ。 関係者が話し合って、納得したんだったら、トリチウムを流させてくださいと。ここに総理大臣も来て土下座でもして、流さしてくださいっつうんだったら分かっけんども、現場にこなくて何が分かるんですか? あんたたちにここで言ったことが全部あがってくならいいですよ、絶対あがっていかないでしょ? 現場の声わかんないでしょ。岸田総理大臣は。 ◇ 私はずっと魚を獲ってきたんですよ。海については100%答えられるけっど、放射能については答えることできないですよ。私はお願いしてるんだから。お願いしてるんだから、どうぞ。海は、一回汚せば、除染はできないし、われわれだけじゃなくて子子孫孫に多大な迷惑がかかるんだから。ほんとに。隣の宮城県だって、もう風評被害が始まってるっていうんだから。実害ですよ。 ◇ ほんとにお願いしたいのは、ね、岸田さんが「待ったなし」って。なにが「待ったなし」なんだか。「待った」はあるんです。いっかいほんとに立ち止まって、冷静に考えれば、子どもでも分かるんです。答えが。 流せば、福島県がなくなる可能性もありますよ。福島県を捨てるんですか? 自分は放射能を知らなかった。これはね、自分も悪かった。ただ、いま流せば、またとんでもない事態が起きますよ。これ、あわてちゃだめですよ。冷静に考えて、いちど立ち止まって、「待ったなし」なんて、岸田総理は「私の判断で」なんて言わないで、冷静に考えれば子どもでも分かるんです。海に流しちゃだめだっつうことは。 どうか、お願いします。海に流さないでください。
【ウネリウネラから一言】
小野春雄さんの言葉に説明の必要はないと思いますが、「飲めるのか?」問題に関連して、23日の話し合いの内容を紹介します。
まず、7月18日に相馬双葉漁協と政府・東電との意見交換会というものが行われたようです。報道陣にも公開されたようですが、ウネリウネラはその情報を入手しておらず、直接取材はできませんでした。
福島県の相馬双葉漁協組合長「賛成するわけにはいかない」 意見交換会で改めて表明 処理水海洋放出(7月19日付福島民報)
その意見交換会で、汚染水(政府が「ALPS処理水」と呼んでいるもの)を「飲むことができるのか?」という質問が会場からあったようです。それに対して、経産省からは「飲むことはできるけど、放射性物質だから法律上飲むことが禁止されている」という回答があったそうです。
このあたりについて、23日の意見交換会に出席していた政府(原子力規制庁)の職員と東電社員は以下のように説明していました。
ALPS処理水はトリチウムが濃度限度を超えているので飲めません。トリチウムを十分に希釈すれば排水していいだろうという規制にはなっています。これを飲めるかということに関しては、海水で希釈しているので飲料水として改めて検査しなければ、恐らく無理だろうと思います。飲めるか飲めないかは原子力の規制の対象外になります。
原子力規制庁職員の回答
飲めるのか飲めないのか、法令上の扱いは先ほど規制庁さんからもありましたけれども、我々の認識としましては、希釈前の処理水はトリチウムが高い濃度であるし、保管しているあいだは放射性液体廃棄物と位置付けられているので、法令上口にできないと認識しております。が、適正な形で処理、あるいは希釈することによって環境に放出できるということで、そういう状態になれば、放射性物質という観点から言えば、飲んでも環境や体には影響ないものだと認識しております。その状態で飲めるか飲めないかというのは、飲用に適した状態かどうかというところかと思っております。
東電社員の回答
問題は、政府が全国の学校現場に配ったチラシの中では、「飲むことができない」はずの液体が、まるで「飲める」かのように描かれていたことです。
電通が受注「ALPS処理水は安全チラシ」学校配布に福島の保護者が困惑(女性自身)
復興庁のホームページには今でもこのチラシが紹介されています。
これはおかしい。海洋放出の当事者である東電や、安全性をチェックする原子力規制庁はこの件をどう考えているのか――。23日の意見交換会で、市民側がこの点を指摘しました。規制庁と東電の返答は以下でした。
申し訳ありません。チラシを配っていることは存じておりますが、現物を見ていないものですから、イラストの内容などに対して今日コメントすることはできないということでございます。
原子力規制庁職員の回答
チラシの件は報道等にもあったと思いますので、学校中心に配布されたということは承知しておりますけれども、私もちょっと実物は拝見しておりませんので、どういった記載になっていたかは分からない状況でございます。ただですね、今ご指摘あった、処理水関係のご理解を深めていただくためのリスクコミュニケーションというのは大変重要なところだと思っておりますので、われわれ東京電力としていろいろな資料を作りながら説明を尽くさせていただいているところはありますけれども、すみませんちょっと、いろいろアンテナ高く、見られればよかったというところはございますけれども、そういう状況でございます。
東電社員の回答
原子力規制庁も東電も、担当者は「チラシの現物を見ていない」と話していました。あまりにも当事者意識が薄いと感じざるを得ませんでした。
今回紹介した政府・東電との交渉は、以下の10市民団体の呼びかけによって開催されたものです。
脱原発福島県民会議、双葉地方原発反対同盟、福島原発事故被害から健康と暮らしを守る会、フクシマ原発労働者相談センター、原水爆禁止日本国民会議、原子力資料情報室、全国被爆2世団体連絡協議会、原発はごめんだ!ヒロシマ市民の会、チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西、ヒバク反対キャンペーン
みなさんの意見を募集します
海洋放出問題について、皆さまのご意見を募集します。長いものも短いものも、支持する意見も反対する意見もすべて歓迎です。お待ちしております。
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