汚染水の海洋放出について、引き続き読者のみなさんからのご意見を紹介します。ペンネーム「かなちゃんまま」さんからいただいたのは、海の汚染を防ぐために世界各国が結んだ「ロンドン条約」に違反するのではないか、という重要なご指摘でした。ぜひお読みください。(トップ画像は福島の海)
【「かなちゃんまま」さんからのご意見】
ロンドン条約
かなちゃんまま
放射性物質の海洋投棄を禁止したロンドン条約に違反していないのか、ずっと疑問に思っています。なかなか法学者も取り上げてくれず、ここまできてしまいました。なんとか話題にして一石投じられないかと思っています。
【ウネリウネラから】
とても重要なご指摘だと思いました。ロンドン条約とは、廃棄物の投棄による海の汚染を防ぐための条約です。外務省ホームページによると、2018年現在日本を含めて87か国が締結しています。
ロンドン条約 第1条 締約国は、海洋環境を汚染するすべての原因を効果的に規制することを単独で及び共同して促進するものとし、また、特に、人の健康に危険をもたらし、生物資源及び海洋生物に害を与え、海洋の快適性を損ない又は他の適法な海洋の利用を妨げるおそれがある廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染を防止するために実行可能なあらゆる措置をとることを誓約する。
このロンドン条約は海洋への「投棄」を禁じています。
ロンドン条約
第2条(抄)
締約国は、投棄によつて生ずる海洋汚染を防止するための効果的な措置をとる。
第3条(抄)
「投棄」とは、次のことをいう。
1)海洋において廃棄物その他の物を船舶、航空機又はプラットフォ-ムその他の人工海洋構築物から故意に処分すること。
まともに考えれば「汚染水の海洋放出は条約に違反している」と思うのではないでしょうか。しかし、経産省の考えはちがいます。
経産省「陸からの排出は条約に違反しない」
海洋放出がまだ「本決まり」ではなかった2018年、政府は一般向けの説明・公聴会を開きました。その時、参加者から「ロンドン条約違反になる可能性がある」という指摘が出ました。それに対して経産省はこのように回答しています。
ロンドン条約は海洋汚染の原因の一つである廃棄物等の海洋投棄を国際的に規制するための締約国がとるべき措置について定めるものであり、条約の適用対象を「投棄」に限定し、「投棄」を「海洋において廃棄物等を船舶等から故意に処分すること及び海洋において船舶等を故意に処分すること」と定義しており、陸上からの排出を禁止していないと解されるため、5つの処分選択肢(※)は、いずれもロンドン条約違反にはあたらない。
公聴会参加者の指摘に対する経産省の回答(※当時は海洋放出のほかに水蒸気放出、地層封入、地下埋設、水素放出が選択肢として挙げられていた)
ロンドン条約は船などからの投棄を禁じているだけ。陸上からの排出は禁止していない。これが経産省の見解でした。
でも、海底トンネルは…
その後日本政府は2021年4月、海洋放出の方針を決めました。政府の決定を受け、東電が具体的な計画をつくりました。その時に決めたのが「原発から海底トンネルを掘り、1キロ先の沖合から放出する」ということです。
ここで再び疑問が生じます。ロンドン条約について、経産省は「陸上からの排出は禁止していない」と述べていました。しかし、「1キロ先の沖合から放出する」ことになったのです。
ロンドン条約の条文を思い出してください。
ロンドン条約
第3条(抄)
「投棄」とは、次のことをいう。
1)海洋において廃棄物その他の物を船舶、航空機又はプラットフォ-ムその他の人工海洋構築物から故意に処分すること。
ロンドン条約は船や飛行機からの処分だけでなく、「プラットフォ-ムその他の人工海洋構築物」からの処分も投棄に当たると定めています。海底トンネルは「人工海洋構築物」に該当するのではないかでしょうか。
日本政府の見解は?
この点、どうなのでしょうか? 経産省の担当者に聞きました。
「予定している海底トンネルからの放出はロンドン条約に抵触しないと聞いております。詳しい理由は条約の解釈の話になりますので、外務省に問い合わせてください。」
経産省・資源エネルギー庁原発事故収束対応室
外務省の担当者に聞いてみました。
「海底トンネルからの放出はロンドン条約に抵触しないというのが日本政府の見解です。条文の細かな解釈については各国の判断に委ねられています。日本政府としては、今回の排出はロンドン条約が定義する『投棄』には該当しないと考えております。」
外務省・地球環境課
条文の「人工海洋構築物」について、何が「人工海洋構築物」に該当するかは各国が決められる。日本政府としては「海底トンネルは『人工海洋構築物』に該当しない」と考える。こういうことでしょう。
筆者としては納得できません。海底トンネルの出口には「排出口」があります。これは立派な「人工海洋構築物」だと思います。また、どこから流したとしても、結局は1キロ沖合という「海洋」に廃棄物を捨てるのですから、海を守るというロンドン条約の目的に反していると思います。
国際社会の見解は?
国際社会にはどのような意見があるのでしょうか。
ロンドン条約の事務局は、国際海事機関(IMO)という組織が務めています。IMOはUNESCO(国連教育科学文化機関)などと同じ国連専門機関の一つで、約180の国・地域が加盟しています。
そのIMOが2015年8月にある文書を出しました。タイトルは「ロンドン条約およびロンドン議定書についての解釈:事務局ノート」といいます。条文の解釈について、事務局であるIMOの考えをまとめたものです。
海底トンネルからの放出はロンドン条約が禁じる「投棄」に該当しないのか。さらに細かく言うと、海底トンネルは「その他の人工海洋構築物」ではないのか。IMO事務局ノートにはこう書いてありました。
陸上からのパイプライン排出がロンドン条約/議定書の適用範囲に含まれるかどうかという問題は、締約国の判断に委ねられている。
IMO事務局ノート
ここまでは外務省の説明と同じです。しかし、IMO事務局ノートには続きがありました。他の条約との関係など法的問題を整理したあとで、IMOノートはこのように指摘します。
ロンドン条約/議定書の締約国は、「排出管(※outfall pipes)」がロンドン条約上の「その他の人工海洋構築物」に当たると判断することができる。そのような区別を明確にするために条約を改正したり、決議を求めたりすることができる。
IMO事務局ノート
最終的には各国の判断になるけれども、基本的にはパイプラインは人工海洋構築物だと判断できる(むしろそう判断すべきだ)。筆者はIMOの見解をこのように読み取りました。
IMOノートにある「パイプライン」と福島第一原発の「海底トンネル」が同じものかは明らかではありませんが、一考の価値はあると思います。
このことを外務省の担当者に聞いてみましたが、やはり前と同じ反応でした。
「くり返しになりますが、条文の解釈は各国の判断に委ねられています。また一般的に言って、事務局の解釈が主権を有する各国の判断を縛るものではありません。」
外務省・地球環境課
外務省の担当者はこう言っていましたが、筆者は日本政府が「無理を通そうとしている」と感じます。一般常識から考えて、これはロンドン条約違反ではないでしょうか。
「かなちゃんまま」さんに感謝
「かなちゃんまま」さんからのご指摘で筆者も調べ始め、こういうことになっているのかと知りました。他の読者の皆さんにもぜひ知ってもらいたいと思って詳しく紹介しました。調べるきっかけを与えてくださった「かなちゃんまま」さん、ありがとうございました!
※IMO事務局ノートについては自分で一から調べたわけではありません。「チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西」や「原子力資料情報室」などの市民団体・グループが公開していた政府との交渉資料の中から見つけ、IMOの公式サイトで原文を確認しました。皆さんのに敬意を表しつつ、使わせていただきます。
意見交換会@会津でも議論に
また、ロンドン条約の件は7月6日に会津若松市内で開かれた市民と経産省・東電との意見交換会でも議論になりました。
実行委メンバー:日本は1980年にロンドン条約を締結していますよね。投棄禁止対象の規定には、放射性物質も含まれています。海洋放出はロンドン条約違反だと思いませんか? 経産省 木野氏:液体放射性廃棄物を排出するというのは、原子炉等規制法という法律で認められているわけです。これは「海洋投棄」ではないのです。 実行委メンバー:私には理解不可能なんですけども。ロンドン条約のいう「投棄」ではないというご説明でしたが、一般的にはそんなに深く考えませんよね。皆さんに分かる説明をしてください。 経産省 木野氏:「海洋投棄」というのはですね、船で廃棄物を海に捨てるとか、いろいろなやり方があると思うんですけど、原子力発電所というのは事業を行うためにはどうしても放射性廃棄物が出てきてしまうんですよね。それを捨てないと事業活動が全くできないわけです。なので、原子炉等規制法という特別法があって、法律上の基準以下に薄めれば人体への影響は非常に低くおさえられるから、放出は認められると。そういう特別法なんですよね。一般から見れば「投棄だ」と言われるかもしれないんですけど、事業活動として認められているものなんです。
実行委メンバーの質問は「ロンドン条約違反だと思いませんか?」です。経産省の木野氏はこの問いに直接答えませんでした。また、通常運転している原発から出る廃水と、原子炉がメルトダウンした東電福島第一原発から生じる汚染水とを同列に論じることはできないと思います。
皆さまのご意見を募集します
海洋放出問題について、皆さまのご意見を募集します。長いものも短いものも、海洋放出を支持する意見も反対する意見もすべて歓迎です。お待ちしております。
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