新潟市水道局で働いていた男性(当時38)が上司からのいじめ・パワハラを苦にして自死した事件で、新潟地裁は職場の責任を認め、遺族への損害賠償を命じた。この判決結果に対し、新潟市水道局は28日、控訴しない方針を発表した。しかし遺族は「反省の気持ちが見えない」と感じている。判決が確定するかどうかにかかわらず、水道局は誠実に遺族の声を聴き、事件の本当の意味での「解決」のために全力を尽くすべきである。
以下、今日までの経緯を書く。
「判決は、上司の圧力を受け、助けを求めることができない職場であることと、これを改善しなかった市および水道局の使用者としての責任を認めました。新潟市および水道局には、判決を真摯に受け止め、このような職場環境を改善することが早急に求められます」
判決言い渡しから一夜明けた11月25日、男性の妻Mさんは新潟市役所を訪れ、水道局幹部と朝妻博副市長に「要請書」を手渡した。
要請の趣旨
一、11月24日判決に対して控訴を行わないこと。
二、判決を真摯に受け止め、遺族である妻と子に対し直接謝罪を行い、再発防止策を協議する場を早急に持つこと。
市役所6階の会議室。Mさんが読み上げた要請書は、前日の夜、Mさん本人や弁護団、支援団体「Mさんを支える会」の人びとが急いで書き上げた文書だ。控訴期間は2週間。なるべく早く新潟市と水道局に遺族側の意思を伝えなければいけない、という判断だった。
水道局のK総務部長に要請書を手渡した後、話し合いの参加者一同が席についた。北西側のテーブルにMさん、新潟市議の中山均氏、同じく市議の青木学氏、「支える会」のメンバーたちが座る。向かい合う南東側には水道局のK総務部長、K総務課長ら。
水道局の幹部たちを見すえ、Mさんは語りかけた。
「夫の遺書を読みます。それを聞いて、今の気持ちをお聞かせください」
手元に紙を広げる。すべて頭に入っているけれど、万が一言い間違えることがないように最善を尽くす。
〈どんなにがんばろうと思っていてもいじめが続く以上生きていけない。・・・〉
遺書を読みながらMさんの脳裏によぎったのは、15年前のさまざまな出来事だった。
――2007年5月7日、
夫は係長に電話をかけた。
「今日は休ませてください」
ずる休みではなかった。Mさんと幼い子が熱を出していた。今日だけ休んで家事・育児を手伝ってくれたら、とても助かった。
係長との通話時間は短かった。ものの数分だ。しかし夫は電話を切ったあと、両手で頭を抱えてしゃがみ込み、動かなくなってしまった。
「どうしたの?」
恐る恐る声をかけた。答えはない。しばらく経ってやっと顔を上げ、語ってくれた。「今日だけなのか!」と強い口調で詰問されたという。
係長のことを心の底から怖れている、とMさんは思った。
――翌朝、
Mさんは心配しながらも努めて笑顔をつくり、「行ってらっしゃい」と送り出した。それから1時間も経たない頃、警察から電話があった。
「詳しいことは話せませんが、これから迎えに行きますので、出かけられる準備をしてください」
狼狽した。言われるままに支度をしていると、ほどなくしてインターホンが鳴った。若い警察官が沈痛な面持ちで、「少し長く出かけることになります。戸締りをしっかりしてください。私が手伝います」と言った。Mさんは乳飲み子を抱え、パトカーの後部座席に乗せられた。
――翌々日、
通夜が終わり、子どもを寝かしつけると、何もできることがなくなった。気持ちが真っ暗になった。眠ることもできない。リビングルームのパソコンの電源を入れた。夫はパソコンに不慣れで、Excelを使いこなせなかった。それが仕事で苦しむ要因の一つになっていた。嫌な記憶が染みついているパソコンが、この時なぜか気になった。
Windowsを起動させると、遺書が見つかった。
――数日後、
Mさんは水道局を訪れた。「退職の手続きに来てください」と呼び出されていた。受付には担当職員が待っていて、まずは夫が働いていた部屋に案内された。机に残っていた筆記用具などの私物を受け取った。別室に案内され、職員係の係長が退職手続きの説明をはじめた。それが終わったところで、Mさんは遺書のことを切り出した。
「こういうことが書いてありました」。読んで聞かせると、職員係長はこう言った。
「いじめはありませんでした」
いじめを言下に否定した当時の職員係長がいま、Mさんの目の前にいる。総務部長に昇進したK氏だ。この人に遺書を読んで聞かせるのは二回目ということになる。だからMさんの心には「今度こそ」の思いが強まる。
今度こそ、真剣に謝ってほしい。
K総務部長はテーブルの上で両手を組み、表情を変えず、こう答えた。
「大事な職員が亡くなったのは痛恨の極みです。判決を重く受けとめています」
謝罪の言葉はなかった。「判決を重く受けとめる」と言う。もちろんそうすべきだが、判決以上に、亡くなった者の思い、あるいは遺族の思いを、重く受けとめるべきではないのか。
本当に「痛恨の極み」と感じているのか。自分たちが悪いと思っているのか。K総務部長の、いかにも「前もって用意してきました」という感じのコメントは、Mさんを苦しめた。
状況が一変したのは週が替わった月曜日、28日の朝だった。地元紙「新潟日報」に記事が載った。
〈市が控訴断念の意向 きょうの市議会で説明〉
Mさんは寝耳に水だった。急いで市議会に向かった。午前11時半、市議会第4委員会室で環境建設常任委員会の委員協議会がはじまった。水道局側がこの案件の方針を伝えるために特別に開いた協議会だった。
冒頭、水道局トップの佐藤隆司・水道局長(水道事業管理者)がこう語った。
「司法判断を真摯に受けとめ、判決を受け入れ、控訴せず、判決金額の支払い手続きを進めることとしたい」
しかし、Mさんの気持ちは少しも晴れなかった。その日の夕方、Mさんは筆者に電話をくれた。
「水道局長の言葉や態度からは、残念ながら反省の気持ちが全く伝わりませんでした。『控訴しない』とは言っていましたが、遺族への『おわび』の言葉は一切ありませんでした」
「水道局は裁判で、私が彼を病院に連れて行かなかったことを根拠に『家族にも責任がある』と主張してきました。私はとても傷つきました。きょうの委員会で市議の中山均さんがそのことを指摘してくれましたが、水道局長は『間違っていた。悪かった』とは言いませんでした。内部調査だけでいじめを否定したことについても、『調査は客観性が保たれていた』の一点張りです」
「そもそも、順番がおかしいです。控訴しない方針を決めたのなら、なぜ私に最初に伝えてくれなかったのでしょうか。私に連絡がきたのは28日の午後です。新聞に載り、議会に伝え、私はずっと後回しです」
「こんな状況で、水道局は反省したと信じられるでしょうか? たとえ今謝罪に来たとしても、心の底からの謝罪だとはどうしても思えません」
ここからは筆者の私見を述べたい。
水道局は控訴しないことを決めた。これはこれでいい。当然だ。すでに公務災害認定を受け、「仕事が理由の自死」と認められた事案である。今回さらに法的な賠償義務まで認定された。この期に及んで控訴したら、新潟市という行政への信望は地に落ちる。
むしろ問われているのは、水道局の今後の対応だ。3点指摘する。
まずは、遺族が最も強く求めている「謝罪」である。
水道局は現時点では、「水道局長をはじめ局内の代表者がご遺族に対して個別に謝罪を行う」という考えである。要するに中原八一・新潟市長は謝りに来ない、ということだ。
事態を軽く見すぎてはいないか。ひとが一人、職場の責任で亡くなっているのだ。当然トップ中のトップが遺族に直接謝るべきだ。
次に、「A係長」をどのようにして事件と向き合わせるか、という課題がある。
水道局は遺族に対して謝罪する意向を示しているが、A係長に対してはなんらのアクションも予定していないようだ。これでは困る。
水道局には誤解しないでほしい。いじめ・パワハラを事実認定しなかったとはいえ、地裁判決は係長を「無罪放免」していない。極端な言葉をあえて使えば、むしろ「断罪」している。地裁判決の中核部分に当たる一段落を全文引用する。
〈これらの状況(日頃の執務等を通じ、A係長においてこれらの状況は認識していたか、少なくとも認識し得たはずである。)に照らせば、平成19年4月当時、A係長には、自分自身の●●(亡くなった男性)を含む他の職員に対する接し方が係内の雰囲気に及ぼす悪影響や、●●との人間関係の悪化による悪影響によって、●●が係内で発言しにくくなり、他の係職員に対し業務に関する質問をしにくくなっている給配水係内のコミュニケーション上の問題を踏まえて、初めて担当する●●にとって比較的難しい業務であった修繕単価表の改定業務に関し、①●●による業務の進捗状況を積極的に確認し、進捗が思わしくない部分についてはA係長または◆◆主査が必要な指導を行う機会を設けるか、又は、②A係長において部下への接し方を改善して給配水係内のコミュニケーションを活性化させ、●●がA係長又は◆◆主査に対して積極的に質問しやすい環境を構築すべき注意義務があったというべきである。〉(※傍線や記号は筆者が入れた)
地裁判決は①必要な指導、②質問しやすい環境づくり、の2点を具体的な注意義務として挙げた。それは誰の義務だったかというと、〈A係長には①②の注意義務があった〉と明記している。判決が直接的に指摘しているのは「職場の注意義務違反」ではなく、「係長の注意義務違反」なのだ。
もちろんこの指摘によって「職場の責任」が減じるものではない。いじめ・パワハラ事件の責任を「加害者個人の問題」だけに帰結させてはならない。しかしそれと同時に、「A係長の非」が判決に明記されているということも忘れてはならない。
A係長はすでに水道局を退職している。しかし、それで免責とはならないはずだ。それでは、退職者に対してどんな責任追及の方法があり得るのか。選択肢の一つは、水道局が退職金や給与の返還を求めることだろう。
この点について水道局は筆者に対して以下の見解を述べている。「退職金などの返還請求は、現役職員だった頃の懲戒処分相当の非違行為が発覚した場合には可能です。しかし、今回の地裁判決は、パワハラを認定せず、注意義務違反を認定しただけです。これを『懲戒処分相当』と考えるかというと、難しいと思います」(水道局総務課)。
ひとが一人亡くなっているのだ。本当に「懲戒処分相当」と言えないのか、筆者は疑わしく思っている。
しかし同時に、退職金返還請求などの外形的な責任追及を筆者は重視していない。問題はそういったことではなく、A係長の「内面」だ。
A係長は裁判の証人尋問で、遺族に対して謝罪する気持ちはないと話した。反省の気持ちが少しも感じられない態度だった。これでは、遺族の怒りはいつまでも晴れない。
遺族は「心の底からの反省」を求めている。この事件を「解決」と言えるような状態に少しでも近づけたいなら、新潟市や水道局という組織だけでなく、A係長本人が心から反省する必要があるだろう。A係長と話し合い、この事件に正面から向き合わせ、最終的には遺族に謝罪させる。そうする責任が、水道局にはある。
最後に、「内部調査の再検討」が必要な点を書いておく。
地裁判決は係長によるいじめ・パワハラを「証拠不足」とした。だがこれは、「地裁判決が水道局の内部調査にお墨付きを与えた」という話では全くない。水道局がおこなった内部調査の是非については、仮に判決が確定したとしても、今後も検証を重ねなければいけない。
水道局が裁判で主張したのは、「自分たちは客観的に調査した。だから客観性は保たれている」という理屈にもならない理屈だ。「調査結果の概要」は裁判所に証拠提出されているが、調査時の録音テープなど、さらに詳細な資料は証拠として出されていない。遺族は数年前から録音テープの開示を求め続けている。
控訴しない方針を決めた今だからこそ、水道局は各方面から批判を受けている内部調査について、自ら検証すべきだ。調査結果の信用性、客観性を自負するならば、詳細な証拠を開示して遺族に納得してもらえばいい。なぜそれをしないのか?
「控訴しない」という方針決定はただのスタートラインにすぎない。遺族の信頼回復を図るという長い道のりがこれからはじまる。新潟市水道局にそれができるのか、するつもりはあるのか。筆者は注視し続ける。
(ウネリウネラ・牧内昇平)
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