【原発事故汚染水の海洋放出】代替案の議論が足りない

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 東京電力福島第一原発にたまり続けている汚染水(※)について、「海に流す」以外の処分方法は本当にないのでしょうか? 8月17日、海洋放出に反対する市民たちと政府・東電との話し合いが行われました。市民側は「モルタル固化」という代替案について意見を求めましたが、政府・東電は代替案がだめな理由をきちんと説明しませんでした。説明責任を果たしているとは言えない状況です。(文・写真/ウネリウネラ 牧内昇平)

※政府の定義では、ALPSで処理する前の液体が「汚染水」で、処理後の液体は「ALPS処理水」です。しかし、実際はALPSで処理後もトリチウムを筆頭にさまざまな放射性物質が含まれています。そこでウネリウネラは処理後の液体もあえて「汚染水」と呼びます。


海洋放出の代替案とは?

 海洋放出の代替案にはどんなものがあるのでしょうか。大学教授や原発問題に取り組む市民団体、プラントエンジニアらが参加する「原子力市民委員会」は、以下の2つのアイデアを提案しています。

●長期タンク保管案
石油備蓄用などに使う大型タンクに汚染水を長期保管する案。数十年~100年単位で保管し、トリチウムの量が減るのを待つ。
●モルタル固化案
汚染水をセメントや砂と共に固化し、コンクリートタンクの中に流し込む案。米国のサバンナリバー核施設で実施済みだが、セメントや砂と混ぜるため、水として保管するよりも約4倍の容積(要するに敷地)を必要とするのが課題。

 また、米国人科学者のアルジュン・マクジャニ氏も「コンクリートで固めて建造物などに使用する」などいくつかのアイデアを出しています。マクジャニ氏は、海洋放出問題に重大な関心を寄せるフィジーやマーシャル諸島などPIF(太平洋諸島フォーラム)諸国が専門家として招聘している人です。

 汚染水を「すすんで海に捨てたい」と言う人はいないでしょう。代替案があるならば、それを十分に検討すべきです。政府や東電の担当者とアイデアを出した人たちが公開の場で議論を行えば、代替案の実現可能性が見えてくる。ウネリウネラはそういう議論の場所がないかと以前から考えていました。

8月17日の政府交渉

 そうした議論に触れるチャンスが訪れたのは、8月17日のことでした。

 国際環境NGO「FoEジャパン」が中心となって開催された政府・東電との話し合いです。FoEが事前に出していた質問状の中には、モルタル固化案についての項目が含まれていました。当日の話し合いには「原子力市民委員会」のメンバーも参加しており、政府・東電と市民委員会の有識者がどのような意見交換をするか、筆者は注目しました。その日のやりとりを紹介します。

FoEジャパン事務局長の満田夏花氏:原子力市民委員会はかねてからモルタル固化処分を提案していますが、その反論として挙げられている水和熱の発生は、分割固化、水和熱抑制剤投入で容易に対応できると考えられますが、いかがでしょうか。

東電の担当者:コンクリート固化による処分についてはALPS小委員会において検討が行われていまして、固化時の水分蒸発のみが課題というわけではございません。また、ご指摘の水和熱の発生についても対応できたとしても、水分の蒸発がなくなるわけではなく、ご提案のような方法をとったとしても、根本的な解決にはならないと考えています。

 コンクリートが固まるときには、材料である水とセメントが反応して熱(水和熱)が生じます。発熱時に水分の蒸発が増え、水に含まれているトリチウムも一緒に大気中に出ていってしまうーー。この「水和熱」が固化案の課題の一つとされてきました。

 「抑制剤を入れれば蒸発量は少なくできる」というのがFoEジャパン満田氏の意見ですが、「固化案の課題は『水和熱』だけではない。また、仮に水和熱がある程度抑えられても、トリチウムを含む水分の蒸発がゼロになるわけではない」。東電の担当者はこのように説明しました。

 この回答に対して、原子力市民委員会でモルタル固化案を考えた中心メンバーの一人、元プラント技術者の川井康郎氏が以下のように反論しました。

川井氏:たしかにモルタルを固化する時には水和熱が発生します。ただ、これはあくまでも混ぜ始めて数日間、20~30度の温度上昇です。水和熱抑制剤を使うこともでき、影響は些末なものです。水分の蒸発がゼロになるわけではないけれども、そこに含まれるトリチウムは極めて少ないと断言できます。それに対して海洋放出というのは、タンクにたまっている約800兆ベクレルのトリチウムを100%海に放出するんですよね。海洋放出する際のトリチウムの量と、固化する際の水分蒸発にわずかに溶け込んだトリチウムの量。これを比較することは全くできないと思います。それを同じ土俵で考えて、モルタル固化案を否定するのは技術的な考え方ではありません。
 また、(経産省が有識者を集めて処分方法を検討した)2016年のタスクフォース報告書では地下埋設案が出ていますけれども、その際は地下水への影響とか、規制の必要とかが指摘されました。規制は作ればいいだけの話なのですが。私たち原子力市民委員会がこの間ずっと提案してきたのは、米国のサバンナリバー核施設で実施しているものです。モルタル固化して廃液の墓場にしようという極めて単純な考え方なので、それを具体例として取り上げてみてはどうかということです。
 タスクフォースが検討したのは地下水レベル以下に埋める案ですが、サバンナリバーで実施されているのは「半分地下、半分地上」という案です。これをまじめに検討してみたらどうかという提案が、一切考慮されていません。高等な技術を使うわけではありませんし、それを検討しないのはあまりにも不合理であると思います。

 川井氏の指摘を受け、FoEジャパンの満田氏が東電に再び問いました。

満田氏:水分の蒸発量を東電では試算しているのでしょうか?

東電の担当者:ちょっと今、その情報を持ち合わせていません。2020年に小委員会報告書が出されていて、そこでは、地層処分、水素放出、地下埋設という処分方法については〈規制的、技術的、時間的な観点から課題が多い〉と書かれていたと認識しております。

 実際の蒸発量がどのくらいになるかというデータを持ち合わせないまま、東電の担当者は「トリチウムを含む水分が蒸発するからモルタル固化案はダメ」と説明していたことが判明しました。処分方法を検討する経産省の委員会(「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」)で「地下埋設案」がすでに否定されていることを持ち出したのは、ほかに話せることがなかったからだと思います。

 FoEジャパンの満田氏が追及を続けました。

満田氏:経産省の小委員会では、東電の説明がそのまま報告書にされてしまった、と私は思っています。かつ、小委員会などで議論されていたのは「地下」埋設ですよね。原子力市民委員会が提案し、東電にも経産省にも提出しているのは、似てはいますが、モルタル固化して「半地下」で処分するという案です。つまり地下埋設の弱点である「モニタリングがとても難しい」とか「費用がかかる」とかそういうところを改善した案なんですよね。それについては一顧だにせず、公の場では議論がされてきませんでした。それにもかかわらず、「議論したからいいんだ」という感じで却下されるというのはいかがなものかと思います。どうなんでしょう?

東電の担当者:我々としては、報告書の結果を受けて今回のような(海洋放出という)選択肢が政府の方針として決められて、それに基づいて行っているというところでございます。

 要するに「政府の方針に従っているだけだ」ということですね。それでは当の日本政府、経済産業省はどう考えているのかが気になります。この件に関してずっと黙っていた経産省の担当者に対して、満田氏が聞きました。

満田氏:経産省さんはいかがでしょうか。

経産省の担当者:ええと…。処分方法の決定にあたっては、6年以上、トリチウム水タスクフォースやALPS小委員会で議論がなされていたところであります…。

 経産省の担当者の回答はこれだけでした。「6年以上議論しました」と言うだけでは説明になっていないでしょう。これには原子力市民委員会のメンバーの一人、東芝で原発の設計にたずさわっていた後藤政志氏が怒りました。

後藤氏:小委員会で専門家が技術的な検討を重ねたと言っていますけれども、少なくともその結果に関して、皆さんからの疑問に対して正面から答えられないような、そんな委員会であるならば、存在価値がないわけです。委員会を作るならば、「なるほど」とみんながそれなりに納得できるものでなければいけない。今の段階でみんなに説明できないようなのでしたら、全部持ち帰って一から答えを作り直してください。

【ウネリウネラから一言】

 17日の話し合いは消化不良に終わりました。その責任は経産省と東電にあると思います。市民側の提案が実現できないならば、その理由をきちんと説明すべきです。FoEジャパンは事前に質問状を出していました。回答を準備する時間はあったはずです。海洋放出の代替案を議論するせっかくのチャンスが一つ失われてしまったのが残念です。

 24日にも海洋放出が始まると言われています。放出を強行してはいけないとウネリウネラは考えていますが、仮に始まってからでも、代替案の検討は続けるべきです。放出は30年、40年以上も続きます。早めに中止し、代替案に切り替えることも可能です。今後も話し合いの継続を望みます。

皆さまのご意見を募集します

 海洋放出問題について、皆さまのご意見を募集します。長いものも短いものも、海洋放出を支持する声も反対する声もすべて歓迎です。お待ちしております。

※これまでにもたくさんのご意見をもらっておきながら、「みなさんの声」シリーズの更新が遅れております。誠に申し訳ありません。また、いただいたご意見に対しては、ウネリウネラから掲載の可否を聞くメールを送っています。メールで直接意思確認できた人のみ、サイトへの掲載・編集作業をしています。もし「投稿したのにメールが来ない」という方がいましたら、恐れ入りますが、uneriunera@gmail.comにご一報ください。

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