先日、「東日本大震災・原子力災害伝承館」に行ってきました。感想やら、考えたことやらを、2回くらいに分けて書きたいと思います。

 まずは、紹介から。(よくご存じの方は飛ばしてください。)

 伝承館は今年の9月、福島第一原発がある福島県双葉町にオープンしました。道路をはさんだ隣の土地は、除染土などを保管する「中間貯蔵施設」になっています。ホームページを見ると、こんな理念がかかげられています。

「原子力災害と復興の記録や教訓の『未来への継承・世界との共有』」

 50億円を超える国の予算を使い、福島県が施設の中身をつくっています。県が集めた資料24万点のうち、およそ170点を展示しているそうです。

2020年10月24日牧内昇平撮影

 前置きはここまでで、今日書きたいのは、伝承館を訪れた人が「はじめに見なければならない映像」のことです。

 伝承館に行き、入館料(大人600円)を払ってチケットを買うと、まずは1階部分にある真っ白なホールに案内されます。ここで5分ほどの映像を見てはじめて展示コーナーに入れる。言い方を変えればここで映像を見なければ展示コーナーに入れない、という流れになっています。

 はじめから先入観を植えつけられそうで、いやな展開だと思いながら、私も映像を見ることにしました。時間になると、目がチカチカするほど明るかった室内の電気が暗くなり、スクリーンに映像が出てきました。おおむねこんな内容です。

 冒頭はアニメーションから始まる。画面いっぱいに映し出された大きな本棚。分厚くて古めかしい本がぎっしり詰まっている。(よく見ると、すみっこには福島県の名物、赤べことこけしが飾ってある。)その本棚の真ん中にある分厚い本、背表紙に「archive」と書かれた一冊がひとりでに飛び出してきて、ページがパラパラと開く。ナレーションが入る。

 「日本は高度経済成長の真っただ中。1971年3月には、東京電力福島第一原子力発電所1号機の運転が開始され、つくられた電気は、毎日首都圏に送られて、日本の成長を支え続けたのです」

聞き覚えのある声。俳優の西田敏行さんだ。

 画面はほのぼのしたアニメーションから原発建設工事のニュース映像などに切り替わる。西田さんのナレーションは「原発が日本の経済を支えてきた」とさらっと語ったあと、(安全神話で原子力への不安を覆い隠してきたことなどには全く触れないまま)、急に声を落とす。

「そして40年後の2011年3月11日・・・東日本大震災。マグニチュード9・0。日本観測史上、最大規模の地震が発生しました。」

 ここから津波で町が流されたシーンや、人びとが避難生活を強いられたシーンなどが始まる。この場面の映像はすべてモノクロだ。

第一原発は津波によって電源を失い、原子炉を冷やすことができずにメルトダウンした。水素爆発が起き、大気中に放射性物質が放出された。ここも西田さんのナレーションは、ごくさらっと流し、こう続ける。

「たーくさんの人が、避難生活を強いられました。今、皆さんがいる、この建物が立つここも、あれから長ーいこと、避難指示区域だったんだじぇ」

 ここから、地域の祭りや日々の暮らしなどの映像が入る。地元の観光資源として有名な「富岡・夜の森さくら」が満開のシーンなど、美しい映像が随所に差しはさまれる。ナレーションが「まとめ」に入る。

「復興は残念ながら、まだまだ道半ば。光もあれば、影もあります。発電所の廃炉作業は、まだまだ続いて、私が生きてるうちに、見届けられっかどうか…、無理かもしんねえなあ。震災後も事故のこと、復興のこと、これからの未来のこと、この場所で、皆さんと一緒に、考えることができたら。そう思ってます」

(映像終わり)

  私がこの映像から感じたのは、「ノスタルジー」です。あたたかい映像と音声で包まれながら、「よかった時代」を懐かしみ、恋しがる感覚。

 冒頭のアニメーションからふり返ります。

 厳めしくも優し気な本棚に、こけしや赤べこがちょこんと乗っかっている姿は、映画「もののけ姫」のワンシーンを思い起こさせます。鬱蒼とした森の中に精霊の「こだま」がたたずんでいるシーン。いきなりノスタルジックな印象です。ああいう映像を見せられると視聴者は、ごく自然に「心地よさ」のようなものを感じてしまう気がします。

 しかし、震災や原発事故は、“心地よく”学べることでしょうか。経験した人にとっては、とてもとてもつらい出来事のはずです。学ぶ側も、砂をかむ思いで学ばなければならないことではないでしょうか。

 津波など被害のシーンは、なぜかモノクロです。

 4K・8K映像の時代に、白黒の映像を見せられると、なんとなく遠い「昔のこと」「終わったこと」というイメージが刷り込まれてしまう印象です。

 被災された方をはじめ、気分を悪くする可能性があることを心配したのかもしれませんが、それならば、「来場者がはじめに見なければならない」という流れ自体を改めるべきでしょう。

 そして最大のポイントは、ベテラン俳優・西田敏行さんによるナレーションでしょう。

 あの独特の、やさしい、甘ったるい声の質は、大切な「なにか」を忘れさせてしまう効果があるような気がするのです。

発電所の廃炉作業は、まだまだ続いて、私が生きてるうちに、見届けられっかどうか…、無理かもしんねえなあ。

 情感たっぷりに、西田さんは語ります。おなじみの「泣き笑い」が目に浮かんでくるようです。こちらもついうなずいてしまいそうな、「一緒に泣いて一緒に笑おう」というような変な気持ちにさせられるのです。

 こんな事故が起きた「原因」は何だったのか。誰に「責任」があるのか。世界中で二度とこんな事故を起こさないための「教訓」とは何なのか。そういう大事なことを考えるために、人びとはこの施設を訪れるはずです。

 しかし、西田さんのある意味「包容力のある」ナレーションを聞くと、本来の目的意識を忘れてしまいそうになります

 「原因」や「責任」、後世に伝えるべき「教訓」のかわりに、映像からほとばしり出てくるのは、“誰かのせいにせず、自分ができることをやろうよ”という「善良さ」を求めるメッセージです。善良に過去をなつかしみ、善良に新しい生活を踏み出そうという雰囲気が、全体に漂っています。

 しかし、ここでその「善良さ」が映像によって押しつけられているのだということに、気づかなければならないと思います。「善良さ」は常に、自分の内から涌き出てくるもののはずです。押し付けられた「善良さ」はときに、大切なものを覆い隠してしまう気がします。

 くり返しになりますが、伝承館の来場者はみんなはじめにこの映像を見させられます。わかりやすい善良さを「魔法の粉」のようにふりかけられてから、展示コーナーに案内されるのです。小学生や中学生、高校の生徒たちも、大型バスに乗ってたくさん訪れているようですが、年が若ければ若いほど、この「魔法の粉」の効果は大きいように思うのです。


 はたしてこの映像は、いいものなのでしょうか?

 正直言って私は、「自分の子どもたちに見せなくて本当によかった」と思いました。

 最後に付け加えておくと、この映像はとても見づらいです。

 新聞では「七面マルチスクリーン」などと紹介されていましたが、正面だけではなく、足元の床の部分にも映像が出たりして、けっこう混乱させられます。私ははじめ、最前列の一番はしっこに座っていましたが、あまりに見づらくて、中央の一番後ろに移動しました。「よく見えなかった」「はっきりわからなかった」という人も、たくさんいると思います。

(続く)

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