【新潟市水道局職員自死事件】再発防止策の前に…

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 亡くなった男性の命日の2日後のことだった。5月10日午後3時半、新潟市内の公民館の一室で、再発防止に向けた当局と遺族の話し合いが行われた。水道局からはK総務部長とA総務課長、Y職員係長が出席。遺族はMさん一人。新潟水道労働組合のS委員長とY書記長も参加した。

 こんなやりとりがあった。

A総務課長「5月8日は水道局にとってとても重要な日であると認識しております。その日から1週間を職員一人一人が自らの職場環境や部下への対応を振り返る期間にしたいと思っております」

Mさん「ぜひその方向で実現していただけるとありがたいです」

S委員長「命日をきっかけにというのは理解できますが、一番いいのは日常的に意識して過ごすことだと思います。1年に1回、大切な日にだけ考えるということにならないように、日常的に職場に浸透させる方法も合わせて考えていくべきです」

 二度とこのようなことが起こらないように、水道局は再発防止策を徹底する。遺族もその話し合いに参加する――。これは昨年12月の判決確定以降の交渉で、両者に異存が無かった点だ。判決から半年近くがたった頃、本格的な話し合いがようやく動き出した。

K総務部長「Mさんの方からは何かありますか?」

Mさん「パワハラで一番問題になっているのは、やっているご本人が自分の行為に自覚がない点だと思います。研修をしっかり行って、『こういうことはパワハラなんだよ』ということを周知してほしいです。また、夫の場合誰かに相談した形跡は全くありません。唯一私には帰宅してからいろいろ言ってましたけど…。なので、相談体制を強化してほしいです。深刻な事態になってしまってからでは、本人は相談することもできなくなってしまうと思います。第三者による相談窓口を設け、早い段階で気軽に相談できるようにしてほしいです」

K総務部長「ありがとうございます。検討します」

 ◇ ◇ ◇

 会合の前々日の5月8日から、水道局は1週間かけてハラスメント研修を行っていた。しかしこの研修は遺族と話し合ったものではなく、内容も十分とはいえない。

 厚生労働省が作った「あかるい職場応援団」というサイトにハラスメント対策の動画がいくつかアップされている。そのうちの一つを1週間の業務時間の中で職員各自が視聴し、レポートを提出するというだけだ。ハラスメント関係の動画研修は新型コロナの問題が発生して以来、2年ほど続けているものだという。要するにこの研修は、男性の事件とは関連するものの、一般的な内容を少し学ぶにすぎない

水道局が研修に使ったハラスメント対策動画=厚労省ウェブサイトから転載

 水道局のK総務部長はこう話す。

 もちろん本格的な再発防止策の検討は、これからご遺族とも十分に話し合って検討を重ねていきます。動画研修はあくまで今までやってきたものを今年も実施しただけです。

K総務部長

 本格的な再発防止策は今年の夏以降に始めるという。遺族も納得するような対策の検討を水道局に求めたい。

5月8日、男性の命日に黙祷を行う水道局幹部=新潟市内、筆者撮影

 ◇ ◇ ◇

 再発防止は大切だ。だが、その前にどうしても考えなければならないのは、水道局が「何を反省し、何の再発防止に取り組むか」だろう。5月8日、男性の命日に流れたアナウンスはこういう内容だった。

<新潟地方裁判所において、当局側の職場内コミュニケーションを活性化させ、積極的に質問しやすい環境を構築すべき注意義務を怠った過失を認める判決が下されました。当局はこの事件について事業者としての責任を痛感し、深く反省すると共に、職場内コミュニケーションを活性化し、風通しのよい、より働きやすい職場環境の構築に向けて取り組みを進めていきます。>

新潟市水道局、黙祷時に流れた放送内容

 水道局が現時点で認め、反省しているのは、「風通しのよい働きやすい職場ではなかった」という点だけだ。本当にそれでいいのか。男性の遺書を再度紹介する。

<どんなにがんばろうと思っていてもいじめが続く以上生きていけない。人を育てる気持ちがあるわけでもないし、自分が面白くないと部下に当たるような気がする。>

男性の遺書

 「風通しのよさ」だけで片付けられる問題だろうか。この点を再検討しなければ、本当の意味での再発防止策など講じることはできないだろう。

 水道局は男性が亡くなってから終始一貫、「パワハラはなかった」と主張している。最大のポイントはここだ。

 この事件については第三者機関の審査で「著しく理不尽なひどいいじめであった」と指摘され、公務災害が認められた。しかしその後も水道局は自前の内部調査によってパワハラを否定し続けた。それを理由に遺族への損害賠償をも拒んだ。裁判で遺族が勝訴した今も、「パワハラはなかった」という考え自体は改めていない

2007年 5月男性が亡くなる
2009年 1月男性の自死が「公務外」と認定される(地方公務員災害補償基金)
2011年11月男性の自死が公務災害と認められる(同基金の審査会)
2012年 3月男性の遺族が水道局に損害賠償を請求
    8月水道局、遺族に対して公務災害の認定に使われた資料の提出を要求
※資料請求の理由を「円満に解決するため」と説明
    9月水道局、いじめについての内部調査を実施
    11月水道局、遺族側に「賠償には応じられない」と回答
2015年 9月遺族が損害賠償を求めて新潟市(水道局)を提訴
2022年11月新潟地裁、新潟市に対して遺族への損害賠償を命じる判決
    12月新潟地裁判決が確定
2023年 3月中原八一新潟市長が遺族に謝罪
新潟市水道局職員自死事件の経緯

 確かに、新潟地裁判決も「A係長によるパワハラ行為」の認定は避けた。「男性を死に追いやったのは係長の対応を含めた職場の注意義務違反が原因」と認めるにとどめている。しかし、これは「いじめ・パワハラの証拠が出なかった」というだけで、「いじめ・パワハラはなかった」ことを意味しない

 公務災害認定の時は、同僚のZ氏の証言(陳述書)が決め手になった。しかし裁判では、このZ氏が証言を拒否した。このため裁判所はいじめ・パワハラを認定できなかった。

<Z主査の陳述書の記載内容を本件訴訟において直ちに採用することは困難であると言わざるを得ず、他に本件において、原告ら(Mさん親子)が主張するパワハラやいじめに関する事実について、不法行為を構成するほどの違法性を有するA係長の行為を認めるに足りる証拠はない。>

新潟地裁判決

 筆者は今のところ、水道局の主張は間違っているのかどうか、断言できない。だがこういうことははっきりと言える。水道局が今やるべきことは、地裁判決を追い風にして「やはりいじめ・パワハラはなかった」と言い張ることではない。遺族ともう一度話し合うことだ。

 内部調査の結果をどのように分析したのか。誰がいつ、遺族への損害賠償を拒否するという方針を決めたのか。結論を下す前に遺族と話し合わなかったのはなぜなのか――。

 ◇ ◇ ◇

 水道局がいじめ・パワハラを否定するまでの経緯は明らかに不自然だ。

 そもそも水道局は内部調査を行う前、遺族に対してこう説明していた。「関係者の処分を行います。処分された職員が不服申し立てを行う可能性があります。その時にきちんと処分理由を説明するためには、詳しい調査が必要です」。そう聞いた遺族は、公務災害認定のために第三者機関に提出した同僚たちの陳述書を水道局に渡している。つまり「いじめ・パワハラはあった」という前提で調査は始まっていたのだ。

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 しかし、そうして始まった調査の結果、水道局は当初の方針を翻すことになる。「いじめ・パワハラはなかった。関係者の処分はできない」。調査前の遺族への説明に嘘がないならば、これは当時の水道局にとってもかなり予想外の展開だったはずだ。だとしたら、当時の担当者たちはなぜ、下記のように考えなかったのか。

――いじめ・パワハラは「なかった」と言い切れるのか。われわれが「発見できなかった」だけではないのか。調査の仕方も含めて、専門性のある第三者機関に相談すべきだ。ご遺族に対しては、意外にも「発見できなかった」ことを伝え、今後のことを話し合うべきだ。

 なぜ、そういう行動をとらなかったのか。水道局には説明責任がある。

 遺族はいじめ・パワハラがあったという「結論」だけを求めているのではない。なぜ男性が命を絶たなければならなかったのか。そのことを水道局と一緒に考えるという「過程」の共有を求めている。裁判も終わり、すべてをさらけ出せるタイミングが来たのではないだろうか。

 内部調査から損害賠償の拒否に至る過程の文書、職員同士の打ち合わせの記録、それら一切のものを開示し、「本当にいじめ・パワハラはなかったのか?」を遺族と一緒に考えることはできないだろうか。もしそれができた場合、両者の結論が100%合致しなくても、遺族はそれなりの納得を得られるのではないだろうか。逆に言えば、そうしないと、いつまでたっても遺族と水道局は「手に手を取って歩む」関係にならないのではないか。

 ◇ ◇ ◇

 このところMさんは毎晩のように、ある書類を読み返している。公務災害が認められた時の「裁決書」だ。

 地方公務員の病気や事故は、地方公務員災害補償基金という機関が、仕事が理由の「公務災害」に当たるかどうかを決める。Mさんは最初の申請では「公務外」とされたが、同基金の審査会に再び申請したところ、「公務上の災害」と認められた。その時に渡されたのが、この裁決書だ。

<他の職員のいる前で連日のように執拗に説教がくり返されていたこと、同様にいじめの対象とされたとする職員も退職までをも考えざるを得ない程精神的に追い込まれたものであったことなどに照らすと、A係長の被災職員(亡くなった男性)に対する言動は、著しく理不尽な「ひどいいじめ」であったもので、その心理的負荷の強度は大(3段階で分けたときの最高段階のもの)であったと判断される。>

「裁決書」地方公務員災害補償基金新潟市支部・審査会

 裁決書は全部で28ページ。読み返していると、Mさんは悔しくて涙が出てくる。

 <ひどいいじめ>とはっきり書いてあります。遺族である私が自分勝手に主張しているのではありません。第三者機関がそう認定しています。それなのになぜ、水道局は否定するのでしょうか? 

Mさん

 Mさんは何度も水道局に聞いている。「なぜいじめ・パワハラはなかったと断言できるんですか?」「身内が行った内部調査できちんと調べられるんですか?」。水道局は「いじめ・パワハラはありませんでした。丁寧に調査を行いました」と言うばかりだ。

 5月10日に行われた再発防止の協議の前日、Mさんは電話で筆者にこう話した。

 本当は再発防止の前に、夫がなぜ亡くなったのかをはっきりさせなければいけません。本当の反省のないところに、実効性のある再発防止策など講じられるわけがありません。

 でも、内部調査について問いただしても、水道局は「丁寧に調査しました」と言うだけです。結局、私は水道局に馬鹿にされているのかなと思います。こんな人たちと話をしていても仕方ない、と思うこともあります。

 そうは言っても、私は明日の話し合いに出席するでしょう。私にはこれしかないんです。夫が帰ってこない以上、水道局と一緒に歩むしかないんです。

 もう混乱した状態です。どうしたらいいか、よく分かりません……。

Mさん

 Mさんの声は打ちひしがれていた。遺族がこのような気持ちになっていることを水道局は知るべきだ。

(文・写真/ウネリウネラ牧内昇平)

(続く)

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